空疎な高市演説に騙されてはならない

投稿者 曽我純, 2月23日 午前8:59, 2026年

「責任ある積極財政」がよほど気に入っているのか、これを高市政権は政策の核にしている。だが、2025年度までの10年間に政府の一般会計で発行した国債総額は471.4兆円、平均すれば年47.1兆円もの国債を発行し、資金調達している。2015年度までの10年間の発行総額は403.1兆円、2005年度までの10年間は311.7兆円であり、国債発行額は増加の一途をたどっているわけだ。「積極財政」を唱えていることから2035年度までの10年間では国債の総発行高は600兆円に近づくのだろうか。

すでに、これだけ巨額の国債を発行しているが、実体経済が良くなる兆しは、まったくみえない。昨年第4四半期の実質GDPは前年比0.1%と2四半期連続で成長は低下し、水面すれすれである。民間需要は1.3%増だが、公的需要が0.3%減少し、純輸出もマイナスに寄与したからだ。日本経済は公的需要が伸びなければ、成長がほとんど止まってしまうという問題を抱えたままである。因みに、同期の米国の実質GDPは前年比2.2%と底堅く、ドイツは0.4%と低空飛行を続けている。

2025年の実質GDPは前年比1.1%と2年ぶりのプラスとなったが、2025年までの10年間の実質GDPは年率0.48%だった。2015年までの10年間の0.61%を下回っており、国債発行額は増加したけれども、経済は一層停滞を強めたのである。

これから言えることは、国債を増発し、財政を拡大しても日本経済はそれに比例して成長しないということだ。「積極財政」といって財政の規模を大きくすることだけでは、日本経済を強くすることはできない。1990年代以降、経済と財政の関係については、すでに十分な実証結果が得られており、その結果は期待に応えるものではなかった。

つまり、いくら薬を投与してもその効果を認めることができなければ、普通、その薬の効能はないと判断しなければならない。だが、高市政権はまだ効果はあるのだと強がり、効かない薬をさらに投与するという。これまでの自民党がしてきた政策を顧みることなく、「積極財政」を宗教の念仏のように唱えるだけでは、日本経済は衰退の道を辿るしかない。

もちろん、財政措置は必要だが、日本経済が病みから回復できないのは、自民党が取ってきた財政政策は病を治癒する方策としては適切ではなかったからだ。自民党を支持する大企業や日本医師会等のさまざまな支援圧力団体の利益確保を優先する政策では、法人税率の引き上げや金融課税の強化などの政策は俎上に上げない。飲食料の消費税をゼロにする、それも2年間に限るという一時凌ぎで、でたらめな策でごまかす。

他方、財源のことなど少しもふれることなく、防衛費は増額する。2026年度の政府一般会計予算案によれば防衛関係費は8.98兆円、文教科学費6.04兆円を3兆円弱上回る。2022年度までは文教科学費が防衛費を上回っていたが、2023年度以降は逆転した。「経済力の基盤となるのは人材力です」といいながら、文教科学よりも防衛により多くの資金を割り当てる。高市首相の考えがこれに集約されている。

2025年までの10年間の実質GDPは年率0.48%だったけれども、家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)は-0.28%とマイナスだった。2025年のGDPに占める家計最終消費支出の割合は41.2%、2015年よりも3.3%pも低下している。民間最終消費支出の対GDP比も2015年の54.9%から2025年には52.2%に低下しており、最大の問題は過去10年間でマイナス成長となった家計最終消費支出にあることはあきらかである。家計最終消費支出が増えなければ、財政に頼るほかなく、日本経済は民需による自律的成長からますます遠のいていく。

これほど、問題がはっきりしていても、高市政権を始めこれまでの自民党政権は家計消費低迷の問題にメスを入れてこなかった。あくまで企業が潤う政策に注力してきたのであり、いまもその姿勢にいささかの変わりもない。この度の『施政方針演説』からも、政官財が強く結びつき、かれらがうまい汁を吸うという体制が、高市政権の下でさらに強固なものになることが窺える。

家計消費を伸ばすには所得税などの税制を変えることは不可欠。米国の市場原理主義によって所得税の累進性が弱められ、続いて消費税の導入、その後の引き上げが行われる半面、法人税が引き下げられたことが日本経済を狂わせてしまった。経済といえども、その国独自の家族関係や仕来たりなどの上に成り立っているけれども、米国流のグローバル主義に翻弄されてしまい、日本の終身雇用、年功序列賃金などの労働慣行は破壊され、組合は潰れてしまった。かつては労働者の地位も配慮されていたが、それよりもむしろ資本家や株主が主役として持ち上げられ、企業経営者は配当や自社株買いに邁進するようになった。

経営者は四半期でいかに好業績を作り出すかに心血を注ぐことになり、経営者の目線は超短期、株価に限定されるような経営になってしまった。こうした経営の短期志向は賃金よりも高利益、高配当がより優先されることになる。日々の株価が経営のメルクマールになっている。

政府・日銀と企業が一体となって、株式至上主義の普及と推進に躍起になっているのだ。株式至上主義はおそらくマスコミまで巻き込み、その考えを社会の隅々に浸透させている。株式至上主義も米国からの要望であり、米国化すればするほど日本経済は疲弊していくことになる。日本の良いところを米国流に改悪され続けたことが、今の家計消費不振の源なのだ。

財務省の『法人企業統計』によれば、2024年度の賃金(賞与を含む)・利益(税前当期純利益)比率(全規模全産業)は1.52と1960年度の統計開始以降で最低となった。2021年度以降4年連続で低下しており、賃上げが叫ばれてからも一向に賃金と利益の分配は利益に偏った、しかも極端に利益に偏重しているのだ。なかでも大企業(資本金10億円以上)の賃金・利益比率は0.67と賃金が利益を下回っている。2001年度の利益がマイナスになったときを除けば、過去最低であり、2013年度以降、当比率は最高でも1.35(2020年度)、12年間のうち6回は1未満という賃金<利益であった。大企業がいかに利益の最大化を目指しているかがはっきりと表れている。

なぜこれほど利益に拘るのだろうか。利益は株価に直結しており、経営トップの地位を保つためには、株価が下落してはこまるからだ。株価が上昇しつづけていれば、ハイエナのような投機家たちの機嫌を損ねず、その地位は安泰ということになる。地位を維持するためには、四半期業績は増収増益でなければならない。経営者の地位と株価が関係していること、株価が企業の社会的評価を高めること、などによって高利益、高配当が経営上最大の目標になるのだ。おそらく、これほど賃上げが喧しいが、経営者は賃金など眼中にないのである。2021年度に大企業の賃金・利益比率が1を割り込んでからも、さらに低下していることが、その証拠ではないか。企業は太り、家計は痩せるばかりである。

「積極財政」だけでは家計の所得は増えず、増えるのは企業利益だ。『施政方針演説』では、賃金を引き上げる具体策はなにも示されていない。戦略分野については総合支援策を講じるのだが、戦略分野が、本当に花が開くかどうかは、だれもわからない。これまで経産省主導で事業支援をしてきたけれども採算に乗った案件はどれだけあるのだろうか。経済社会は常に激しく動いており、ひと時も止まってはいない。だから、将来のことは不確実であり、うまくいくかもしれないし、だめになるかもしれない。戦略分野が将来も戦略分野である、と断言などできるものではない。

現在、ITやAIが花形産業だが、米国でさえ、「ウインドウズ95」が発売されてから2025年で30年になるが、1995年を境とした前後30年間の米実質GDP成長率を比較すると前の30年間の年率3.16%に対して後は2.48%と実質成長率はダウンしている。IT,AIは付加価値生産に乏しく、労多くして功少なしなのであり、情報通信革命の経済への影響力は想定よりも小さいのだ。車内の風景を見渡せば、IT,AIといっても内実は娯楽等で使われているのではないか。

一日の時間は24時間しかなく、そのなかの何時間かをパソコンやスマートホンで過ごすことになれば、これまでしてきたことが削られることになる。AIによって効率的になる場合もあるが、返って作業が煩雑になったり、作業量がふえたりする。しかもシステムダウンのリスクもある。プラスの面もあるけれどもマイナス面もあるのだ。ITやAIに頼れば人間のその分野は衰退することになる。

空疎な高市演説に騙されてはならない。

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