衆議院選の争点は物価・減税ではなく高市首相のイデオロギー

投稿者 曽我純, 2月2日 午前9:02, 2026年

前号で『なぜ物価が最優先課題なのか』と昨年12月のCPIに基づいて、そうではないのだと説明した。この主張をさらに強める指標が発表され、予想を上回る物価の低下が実現されそうだ。それは、全国CPIよりも早く公表される東京都区部CPIであり、先週末、今年1月分が公表された。それによれば、1月のCPIは前年比1.5%、前月よりも0.5%p低下、2022年3月以来約4年ぶりの低い伸びとなった。日銀が目標としている生鮮食品を除くも2.0%に低下し、目標としている2%に収まった。生鮮食品を除く食料は前年を5.6%上回っており、これだけでCPIを1.3%p引き上げた。これを除けば前年比0.2%とわずかにプラスとなり、物価高ではなく物価安が課題として浮上しそうである。

日銀は政策金利を引き上げる根拠を失いつつある。食料の価格低下がこのまま進むことになれば、CPIは前年比マイナスになるかもしれず、そうなれば政策金利は引き下げなければならなくなる。引き上げたとはいえ、あまりにももたもたした利上げで、政策金利は0.75%にすぎず、自ら金融政策の余地を狭め効果を発揮できなくしている。

1983年以降、新型コロナやウクライナ戦争が起こる前までは、CPIは超安定していた。安定を通り越しデフレも長期化した。物価が少し上がったのは消費税の導入とその後3回の引き上げのときだけであり、消費税がなければ、物価はもっと落ち込んでいた。

物価上昇率が下がることは、需要が供給よりも弱いからだ。総務省の『家計調査』によれば、昨年第3四半期の消費支出(季節調整済実質指数、二人以上の世帯、2020年=100)は99.6、10~11月98.8と2020年の水準を下回っている。なぜか、答えは簡単、所得が増えないからだ。勤労者世帯(二人以上の世帯)の実質実収入は昨年第3四半期、前年比0.1%、10~11月-1.2%というように、とても積極的にモノやサービスを買う気持ちにはさせない。国、経団連、連合のなれ合い、談合によって賃上げは掛け声だけで、賃金は伸びていないし、そもそも積極的に上げようとは思っていないのだ。

財務省の『法人企業統計』によると、1990年度から2024年度までの34年間に、全産業全規模(金融保険を除く)の当期純利益と配当は5.1倍、9.48倍にそれぞれ増加した半面、給与+賞与は1.43倍にとどまり、法人税等も1.28倍と利益拡大にはたらいた。賃金軽視と利益重視という分配により、2024年度の(給与+賞与)・税前利益比率は1.525と1960年度の統計開始後最低を3年連続で更新し、賃金と利益の分配格差がさらに大きくなっていることを裏付けている。これだけ賃上げを喧しく言っていても、企業に偏る分配は改善されないばかりか、分配の歪みを一層大きくしているのだ。

先週末の発表で、もうひとつ注目しなければならない統計があった。昨年の『新設住宅着工戸数』だ。2025年は74.0万戸、前年比6.5%減と3年連続のマイナスとなり、1963年(68.8万戸)以来62年ぶりの低い着工戸数である。ピークは、第1次石油危機に見舞われた1973年の190.5万戸、だが物価高騰により一気に落ち込み、第2次石油危機後の1983年には113.6万戸まで萎んだ。1980年代後半からはバブル景気により、1990年には170.7万戸まで回復した。しかし、その後、住宅着工は1990年を抜くことはなく、減少傾向にあるが、予想を上回る出生数減によって、住宅需要は落ち込みつつある。国債利回りの上昇が住宅の購入を難しくし、住宅価格を引き下げることにもなる。

いまだに方々で戦争は続行しており、しかもトランプの病的とも言える言動によって世界は振り回され、地政学的なリスクは高く、原材料を輸入に依存している日本にとっては、物価の先行きはわからない。だから、高市首相のように力ではなく外交に注力し、諸外国とうまくやる以外に日本の経済・物価の安定はない。だが、「教育勅語」の環境で育った高市首相の基本理念は天皇を神とする戦前の国家神道への復位なのだろう。1946年1月1日、昭和天皇は「人間宣言」し、現人神を否定したが、高市首相は究極には「人間宣言」を否定したいのだろう。吉田松陰の尊王思想に洗脳され、巣立っていった維新の志士たちをモデルにしているのかもしれない。高市首相の本音は憲法改正と軍備増強ではないか。戦後最大級の危険な思想の持主が首相になったのである。

今回の衆議院選で、自民党が過半数を獲得することになれば、憲法改正と軍拡へとまっしぐらに進むことになるだろう。今回の選挙のテーマは物価や減税ではなく思想面での争いなのだ。尊王の鎧を纏った高市首相の思想をあからさまにしなければならない。日本国憲法を守るのか、戦前の国体と軍国主義に逆戻りするのか、の瀬戸際にいる。

高市首相は「責任ある積極財政」を連呼しているが、自民党が政権を担っているので「責任ある財政」といっているのだろうか。それならば当り前のことであり、「責任ある」はただ単に、有権者になにか特別の財政なのかな、そこで思考を停止させ、考えさせない騙し文句なのだ。戦後、ほぼ自民党が政権を握ってきたが、これほど長期に同じ政権が持続した国はほかにない。独裁的な政治をしてきたのであれば、「責任ある財政」を存分にやってこれたはずだ。

だが、自民党の「責任ある財政」が日本経済を痛めつけ、回復不能の状態に追いやり、これにも懲りず、財政にメスを入れることなく突き進む。毎年、繰り返される補正予算、こうした小手先の対応では、日本経済はなにの反応もしないほど痛んでいるのだ。すでに何度となく恒例行事のように財政出動するが、日本経済は微動だにしない。税制の根幹を変える財政制度改革や米国の新自由主義に素直に従い崩されてしまった社会の仕組みの再構築を行わなければ、決して日本は良い社会にはならない。

2025年度も18.3兆円の補正予算を成立させ、補正後の一般会計歳出額は133.5兆円に増加した。2024年度の決算に比べると10.5兆円増となる。ただし、国債費が増加し、歳出から国債費を除けば105.3兆円となり、7.9兆円増となる。だが、105.3兆円は2020年度~2022年度をいずれも下回り、過去4番目の規模である。これで「積極財政」と言えるだろうか。

2026年度の一般会計政府予算案によれば、歳出は122.3兆円、今年度補正後に比べれば11.2兆円の減であり、国債費が増加するため、実際に使えるのは91.1兆円、今年度補正後予算比14.2兆円も少なくなる。これでは「積極財政」ではなく「消極財政」ではないか。

新型コロナ対策を講じた2020年度の一般会計歳出は147.5兆円、国債発行額は108.5兆円だった。108.5兆円の巨額の国債を発行しても、10年物国債の利回りはゼロ前後で推移しており、なんなく消化されたのである。国債にこれだけ頼って大丈夫なのか、という声をよく耳にするが、まったく問題ないのである。108.5兆円の発行が問題ないことを証明しているではないか。

新型コロナにより、経済が急激に後退し、期待成長率も低下していった。こうした先行きへの悲観的な景気見通しが国債利回りを決めている。国債の発行額が100兆円を突破したからといって、国債利回りが急騰することはないのだ。2020年度から2022年度までの3年間の国債発行額は216.5兆円、これほどの国債発行でも国債利回りはほとんど変化しなかった。国債利回りが最も気にしているのは、長期の経済成長率なのだ。長期の期待成長率が3%ならば、3%前後で推移するだろうし、ゼロならばゼロ近くに低下するはずだ。

今に至っても、財源がどうの、巨額の債務で将来が不安だ、とたいていの人が感じているようだ。が、2026年度末の公債残高は1,145兆円(政府案)、1998年度末(295兆円)の3.88倍に急増しており、対GDP比は55%から166%に上昇している。これだけ国の債務が急増しても債務危機に陥らないのは、日本には国にカネを貸す資金があるからだ。

日銀の『資金循環』」によれば、昨年9月末の中央政府の国債・財投債残高は959.7兆円、このうち91.2%の875.3兆円を金融機関が保有、家計は17.6兆円、外人は69.0兆円にすぎない。日本は貯蓄超過国だから、国内資金で国債を購入することができる。また、超過貯蓄は必ず最終的には国が吸収することになる。しかも、内閣によれば、日本の国富(正味資産)は2024年末、4,549兆円もある。金融資産と負債は相殺されるので、国富は非金融資産(4,011兆円)に対外純資産(538兆円)を加えたものだ。対外純資産には外貨準備高等を含み、その残高は昨年末210兆円。

逆に言えば、これまでのような国債発行が行われていなければ、日本経済はどうなっていたのか。累積1,145兆円の需要が生まれていなければ、大不況になっていただろう。例えば、2024年度の名目GDPは642.4兆円だったが、国債発行は37.1兆円、GDPの5.8%である。GDPから国債発行を除いて、2024年度の伸びを計算すると-2.3%になる。

超過貯蓄を国が使うことによって経済が成り立つ仕組みになりきっている。国債依存から抜け出すには賃金の分け前を増やすしかない。企業への対抗勢力が現れてこないことを幸いに資金蓄積に集中している。企業はまるでカネの亡者に堕落してしまった。組合が存在しない状況では企業の強欲さを矯正することもできない。

企業の力が強くなれば、拮抗する勢力が現れるのだが、今の日本ではそのような元気のよい個人も組織も出てこないだろう。ひとつ考えられるのが人口減という要因だ。人口減はさらに進行することは間違いなく、人口減による人手不足が企業の経営方針を変えるほどの力を持つことになるかもしれない。

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