GDPの16倍超の金融資産をいかに実体経済に活かすか

投稿者 曽我純, 12月22日 午前9:02, 2025年

政策金利を米国は下げ、日本は上げた。だが、僅かの0.25%pだ。これっぽっちの金利操作で、なにがかわるのだろうか。中央銀行は0.25%pについて、長い議論を交わす。よほど中央銀行の人たちは暇なのだろう。暇つぶしのために、ああでもないこうでもないとさも重要な事案であるかのように振舞っているのだ。まさに時間と金の無駄使いである。

過去30年、日銀は政策金利をゼロ近辺に釘付けしていた。それでも実体経済はほとんど変わらなかった。いくら金利を下げ、買いオペを駆使しても実体経済は微動だにしなかった。こうした厳然たる事実を目の当たりにしても、なお日銀は0.25%に拘るのである。

日本の企業の多くも、大事なことはさておいて、議論するに値しない話題を延々と、しかも一方的に喋って終わりとなる会議が、いかに多いことか。このことも日本の生産性が低い理由のひとつではないだろうか。

そもそも、金融政策では物価を制御することはできない。できると思っているのは貨幣数量説信奉者のひとたちだ。ミルトン・フリードマンに代表される自由原理主義者であり、経済は政府の介入をなくし、ほっておけば最適な経済に至るという。いま、そのように市場原理にまかせているような国はどこにもないのだが。今の経済は、資本主義ではなく社会主義に近い資本主義なのだ。米国でさえもGDP(2024年)のうち公的部門は17.1%を占めており、日本は25.8%と8.7%pも米国を上回っている。公的部門なくすことなど、絶対に不可能、即座に、経済は破綻してしまう。

今年11月の日本のCPIは前年比2.9%だが、そのうち1.76%pは食料であり、これを除けば1.14%ということになる。食料の上昇率は下がりつつあるが、まだ6.1%と高い。食料が高止まりすれば、CPIも下がらないことになる。元来、食料価格は総合指数の伸びよりも低く、食料指数・総合指数比率は1970年以降、1を下回る状態が2020年3月まで約50年間続いていた。それが、新型コロナ発症以降、食料指数が総合指数の上昇を上回り、1を超える状態が常態化した。2006年以降、当比率は上昇傾向にあったが、新型コロナ以降は上昇角度が一層強くなった。農業従業者の減少、物流の問題さらに円安などさまざまな要因が考えられるが、構造的な原因で食料価格が上がるようになっていれば、日本の物価、特に食料価格の上昇はなかなか収まらないだろう。

FRBは物価を抑えたいのだが、単に、CPIの伸び率が鈍化する動きに遅れて政策金利を引き下げているだけ。だが、2008年のように仲間の金融機関が危機に陥ったときには1年でゼロまで4.25%pも引き下げた。そして巨額の資金を金融機関に注入し、救済したのだ。日銀はもっと大胆に金融機関や証券会社を支援した。政府と一体となり、資金供給、合併、さらには株式購入など中国並みの強い指導力を発揮し、資本主義経済、市場経済の掟をことごとく蹂躙した。その場その場の都合で資本主義と社会主義を使い分ける。FRBも日銀も究極の目的は金融機関を救済することなのである。

金融機関を救済するために、1930年代の大恐慌のときにも取られなかったゼロ金利やマイナス金利が導入され、こうした極端な金融緩和が金融経済を膨張させ、実体経済から遊離させ、資産・所得格差を広げ経済を歪めてしまった。ITバブル後のFRBの利下げは徹底しており、実体経済と掛け離れた1%まで引き下げられ、過去最低となった。このような異常な利下げの経験から金融証券の市場関係者は、もしなにかことが起きれば、FRBはゼロまで利下げし、潤沢な資金供給が期待でき市場は回復するだろうとの見通しから、積極的に思うがままに市場にのめり込んでいった。もしデジタルバブルが破裂すれば、FRBは政策金利を短期間で今の3.5%からゼロまで引き下げてくれるだろう、との前提で博打に明け暮れているのだ。

日本は0.75%に上げたが、今年第3四半期の名目GDPが前期比マイナスになったように経済の足取りはたどたどしく、体調はすぐれない。物価は気に掛かるけれども、経済がおかしくなれば元も子もないので、上げた政策金利は、いつ下げに転じても不思議ではない。

10年債利回りは週末、2.015%と1999年8月以来約26年ぶりに2%を超え、株式配当利回り2.2%に近づき、リスク資産である株式を考慮すれば、もはや株式が有利な状況ではなくなった。30年住宅ローン金利は5%に近づき、これからの住宅市場は様変わりになるはずだ。債券利回りの2%超は株式、不動産に相当大きなインパクトを与えることになる。そのような不安な兆しがみえれば、市場関係者のあいだには利下げ期待が高まることになる。利下げ期待は円安ドル高傾向を強め、CPIに悪影響を及ぼす。利上げは景気を冷やし、利下げは物価を引き上げる。どちらの金融政策を取っても日本経済を好ましい経路に乗せることは難しい。こう考えてくると、日銀では成すすべはないことになる。

日本経済は小手先の対応で改善するような病ではない。構造的な改革を実行しない限り、現状から抜け出すことはできない。まずは所得税、法人税、消費税、金融課税等の税制を根本的に見直し、消費者や家計を労わる税制にすべきだ。

 週末の日経平均株価は昨年末比、24.1%高であり、これで3年連続増である。過去3年間の上昇率は92.6%とおよそ2倍である。物価の3%上昇は許せないが、株式の24.1%増は問題ないのだ。政府・日銀にとっては、むしろ株式はいくら値上がりしても値上がりは大歓迎なのだろう。株式バブルが崩壊すれば、即座にゼロ・マイナス金利という手がある、心配はいらないという考えなのだ。

 30年間も1%に満たない異常な低金利を続けていれば、経済はそれに慣れ切っている。金利の条件が少し厳しくなるだけで、金融経済は打撃を受けることになる。2023年までの29年間の日本の年率成長率は0.51%であった。一方、金融資産は2.27%、なかでも株式は2.65%、現預金は3.03%とGDPの5倍、6倍の伸びであった。

2011年までは金融資産・名目GDP比は12倍未満だったが、日銀の超緩和策が功を奏したのか2012年以降は金融資産の伸びが高まり、2021年には16.31倍まで上昇した。国民所得のストック統計は2023年までしか公表されていないが、2023年も16.22倍と過去最高の水準にある。

1980年の金融資産・名目GDP比は5.89倍であったが、1980年代の株式、不動産バブルによって、1989年には金融経済はピークに達し、実体経済の10.55倍へと格差は開いた。現状は、このバブルの頂点のときを大幅に上回っており、当時のバブルの比ではない。

 米国も金融資産がGDPの伸びをはるかに上回っており、2024年の金融資産・名目GDP比は13.11倍に拡大している。だが、日本ほどではなく、日本がいかに金融経済に依存しているかがわかる。日本でこれほど金融資産が多いのは現預金と債務証券が株式の規模を上回っているからだ。株式・GDP比率は日本の1.72倍(2023年)に対して、米国は3.22倍(2024年)である。株式・金融資産比率は米国24.5%だが、日本は10.6%であり、変動の大きい株式の影響は米国経済により強く現れる。

 GDPの16倍もの金融資産を保有する国に日本がなったのは、貯蓄が投資よりも大きい超過貯蓄国だからだ。超過貯蓄は需要不足であり、需要不足を補うために国債の発行を余儀なくされる。国債発行は国が民間からお金を借りることだが、その民間から借りたお金は消費や設備投資に費やされ、再び民間部門に戻ってくる。こうして債務証券と現預金が増加し、金融資産が膨れていくのだ。民間部門の需要が弱いままだと公的部門に頼ることになり、金融資産は肥大化せざるを得ない。

 金融資産の肥大化に終止符が打たれることなく、肥大化傾向は長期的に持続するだろう。超高齢化と急激な少子化によって、人生設計を考える上での重要な点は貯蓄である。だれにも頼ることができないとなれば、貯蓄は最重要課題だ。超過貯蓄が金融資産を作り出す源なのである。

国が国債を発行して借金をするには、できる限り金利が低いほうが良い。10年物債券利回りが0.1%のときと2%では元利合計は1.01から1.219に拡大し、負担は約20%増加する。国債費が増加すれば、それだけ社会保障や教育に回せる資金が不足することになる。国債に依存する財政では、利回りの上昇は深刻な問題となる。

実体経済は金融政策では操作できないが、金融経済は金融政策で操作できる。実体経済の16倍超の巨額金融資産をいかに実体経済に活かすことができるかが、最も大事な課題である。日銀が取り組まなければならないのは、この課題だ。

 

★年始年末のためしばらく休みます。

みなさん良い年をお迎えください。

Author(s)