米利下げ、関税および物価

投稿者 曽我純, 9月22日 午前9:08, 2025年

米利下げは既成事実化され、織り込み済みとみられていたが、そうではなく、利下げ後、米株式は最高値を更新した。これに日本株も連れ高。0.25%pの小幅な利下げが、実体経済に及ぼす影響などほとんど無視できるものだが、金融経済には予想以上の影響を与えた。今年中にさらに50bpの利下げが行われることまでを視野に入れた動きなのだろうか。

金融政策公表後、米10年債利回りは上昇、週末には4.12%と約2週間ぶりの高い水準を付けた。債券利回りの上昇は株式を押し下げる要因なのだが、もし米株式が変調を来たせば、FRBとトランプが金融政策を総動員して救済してくれるとの大前提で、博打にのめり込んでいるようだ。FRBとトランプが一体になれば、怖いものはなにもない。米株式市場を楽観的にしているのは、国家が株式を管理しているからなのだ。共産党支配の中国を批判するけれども、米国や日本の株式も国家管理型であり、今の株式市場は資本主義とは相容れないものなのである。

0.25%の利下げが実体経済になにがしかのプラス効果をもたらすと本気で考えているのだろうか。そうであれば、FRBはなんとお目出たい組織なのかと揶揄されて当然だ。

現状の米国経済から判断すれば、利下げする理由はない。物価はFRBの目標を上回っており、雇用も依然緩やかだが、拡大している。株式は過去最高値を更新しており、バブルと言って良いだろう。FRBは自らの信念を曲げ、トランプと富裕者のご機嫌取りの政策を採り、彼らに迎合したのだ。常日頃、独立性を強調しているが、過去の行動をみても身内の金融機関の救済には積極的に取り組んできたが、それを除けば、いたずらに政策金利を弄んできたといえるだろう。

そもそも金融政策が「雇用と物価」を適切な水準に導くことができると信じ込んでいることが、間違いの元なのである。日銀と同じように、実体経済から掛け離れた水準に政策金利引き上げたり引き下げたりすることが、どれほど経済を攪乱させ、所得・資産分配を歪めてきたかを思い知るべきだ。今日のような歪んだ経済社会になったのは、自然にそうなったのではなく、税制と金融政策といった人為的操作で作り上げられたのである。

2025年第2四半期までの過去10年間の米名目GDPは年率5.20%であり、利回りはこれを下回っている。先行きの米国経済の成長テンポが低下することを債券利回りは織り込んでいると言える。金融緩和をさらに推し進めることになれば、期待成長率の上昇を招き、債券利回りは押し上げられるはずだ。

同期間、日本の名目GDPは年率1.66%と米国の3割程度である。実質では0.47%(米国は2.35%)にすぎない。現在、名目GDP成長率と10年債利回りはほぼ釣り合っており、日銀は政策金利を変える必要はない。だが、0.5%はあまりにも低い。長期の名目経済成長率の水準まで引き上げ、異常な低金利政策は止めるべきだ。

ゼロ金利やマイナス金利を続けても、結局、日本経済を復活させることはできなかった。金利をいくら引き下げても実体経済には効果がないのだ。家計の利息がなくなる一方、企業の利払い減は巨額なものになり、株式を舞い上がらせ、賃金と利潤の分配を歪め、資産格差を拡大させただけだ。日銀は長期GDP成長率(10年移動平均)に相応しい金利を設定するだけで、後はなにもすべきではない。日銀がさまざまな金融政策を実行すればするほど、日本経済を正常な軌道から遠ざけることになる。

トランプ関税の悪影響は今のところ米国経済にあらわれていない。今年第2四半期の実質GDPは前年比2.1%と前期よりも0.1%p高くなった。FRBは今年第4四半期の実質GDPを1.6%と予測しているが、これを上回るのではないか。個人消費支出(PCE)は2.4%、民間設備投資は4.2%それぞれ伸びており、在庫のマイナスなどを考慮すれば、第3四半期も前年比2%程度の成長は可能。第2四半期のGDPに占めるPCEの割合は69.0%と高く、PCEの安定性が経済見通しを楽観的にさせる。名目だが、今年第2四半期の民間の賃金・俸給は前年比4.6%、可処分所得は4.5%それぞれ伸びており、雇用がプラスで推移するならば、PCEも実質2%前後で推移するだろう。

トランプは世間の注目を集めるために関税を持ち出したのだろう。世界を相手に関税を振り回せば、間違いなく注目されることになる。要するに目立ちたがり屋にすぎないのだ。突飛なテーマをぶち上げ、世界を翻弄し、それを楽しむという輩なのである。裸の王様を地で行っているのだが、側近のだれもが裸であることを忠言しない。

このような人物が米大統領になるということは、米国の民主主義はもはや機能しなくなっていることを示唆している。都市は危険で汚く、多くの浮浪者が徘徊し、肥満で身体は蝕まれ、犯罪の多発する国が民主主義国家といえるだろうか。トップ1.0%が所得の20.7%、富の34.9%(2023年)を所有する超格差が社会を不安定化させた最大の要因だ。これだけ所得格差があるにもかかわらず、最上位400人がボトム50%の平均税率よりも低いのだ(エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズックマン『つくられた格差』、2020年、光文社)。トップ400人には資本主義のルールが適用されず、ボトム50%には容赦なく資本主義が適用されるという国なのだ。所得・資産格差拡大によって、社会や文化の担い手となる中間層が薄くなってきたことも米国の民主主義衰退に拍車を掛けている。

税には抜け穴があり、富裕者ほどそうした抜け道を巧みにたどり、税金を逃れている。関税にしても、他国から製品を購入するしかない場合には、企業が関税の免除を申請できるなど抜け道が用意されているようだ。だから、米関税をまともに受け取ることはできない。どの制度も必ずうまくすり抜ける別の道があるのだ。

米国のモノ輸入は今年第1四半期、前年比15.7%と急増し、同第2四半期は0.5%へと大幅に鈍化したが、8月の小売業や製造業生産、さらにISMなどの指標から判断すれば、第3四半期の輸入が急速に落ち込むことはなく、むしろプラス幅は拡大するのではないか。米国経済は民間サービス部門が72.3%(今年第1四半期)を占め、製造業は9.7%にすぎず、サービス部門が好調であるかぎり、米国経済は成長する仕組みになっている。

名目GDPに占める米公的部門の割合は今年第2四半期、17.1%と2000年以降の四半期ベースでは最低に近い。軍事支出もGDPの3.7%であり、2022年第1四半期3.6%から0.1%pの上昇にとどまる。米国はウクライナを支援しているけれども、GDP統計からは軍事支出の拡大を読み取ることはできない。日本の公的部門25.1%に比べれば米国は8%pも低く、不況になれば、財政に頼ることができるのだ。

7月の米PCE物価指数は前年比2.6%、コアは2.9%である。関税が高くなれば、輸入物価は上昇し、さらにCPIに波及するはずだ。が、8月の輸入物価は前年比横ばいとなり、4カ月ぶりにマイナスから抜け出たものの、関税の影響は認められない。8月のCPIコアは前年比3.1%と前月と同じだった。高関税が国やモノにどの程度導入されているのかわからないが、課せられていればもっと上昇しているのではないか。非燃料の輸入物価をみても、8月は前年比0.9%と2024年11月の2.4%から低下傾向にあり、過去3カ月は1%未満である。

8月の米CPIは前年比2.9%の上昇だが、住居だけで1.27%p引き上げており、これを除けば1.63%の上昇なのだ。しかもその大半は持家の帰属家賃であり、物価を問題にするほどのことではない。PCE物価指数はFRBの目標を上回っており、実体経済が失速するような状態ではなく、政策金利を引き下げる理由は見当たらない。

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