日銀券、前年割れの長期化という異例の事態に

投稿者 曽我純, 7月14日 午前9:16, 2025年

日本のCPI(消費者物価指数)は今、3%台半ばで推移している。生鮮食品は低下したけれども、生鮮食品を除く食料が高止まりしているため、これだけでCPIを1.84%p引き上げた。ただ、今年1月の4.0%から緩やかではあるが伸びは鈍化している。2021年以降の資源価格の高騰と円安ドル高によって、CPIは2021年の前年比-0.2%から2022年2.5%、2023年3.2%に上昇したが、2024年2.7%に低下した。今年5月は3.5%で2024年を上回っており、2%程度にさがるには時間が掛かりそうだ。

1970年から2025年5月までの約55年間、CPI上昇率は年率2.40%だった。2.4%よりも高い年は石油ショックの時、消費税導入後の1990年と1991年、8%に引き上げた2014年、新型コロナによる2022年以降に限られる。経済活動が活発になり、需給が逼迫して物価が上がるようなことはなかった。石油危機の時を除けば3年も2.4%を超えることはなかった。だが、いつまでも3%台が続くことはなく、緩やかだが、低下していくだろう

例えば、消費税が導入されなければ、CPIはどうなっていたのだろうか。2025年5月のCPIは消費税分を除けば公表数値よりも10%下回っていたとの仮定で試算する。2025年5月までの55年間では、CPIの年率の伸びは2.17%と実際の2.40%よりも低くなる。消費税が導入される約1年前の1988年5月から2025年5月を比較すると統計値の年率0.74%に対して消費税抜きでは0.45%になる。国は消費税を引き上げることによって、デフレからの脱却を図ったとも考えられる。今は3.5%の物価上昇率だが、基本的には日本の物価は限りなくゼロに近づいていくだろう。

日銀の物価目標は2%だが、目標とする生鮮食品を除くは5月、3.7%であり、1月の3.2%よりも高くなっており、2023年1月(4.3%)以来2年4カ月ぶりの高い伸びなのである。目標を1.7%pも上回っていても翌日物金利は0.5%に据え置いたままなのだ。物価が上昇しているにもかかわらず、政策金利を引き上げない。日銀の物価目標とはなになのか、目標に掲げているだけなのか。

過去37年間のCPI実績(年率0.74%)に対して目標をなぜ2%にしているのだろうか。おそらく欧米がそうだから、と彼らに追随しているのだ。需要が根本的に不足し、超過貯蓄状態にあり、物価を押し上げる力がない、そういう経済では2%もの物価上昇は起こらない。

2024年までの30年間の家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)は年率0.57%だった。最近の物価上昇で嵩上げされても、この程度しか伸びていないのである。1%の半分ほどの0.57%の弱い消費で物価が上昇するだろうか。消費が低調で先行き物価上昇率は低くなると思っているから、さらに消費したいという気持ちにはならないのだろう。

過去の物価上昇の原因を調べれば、分かることだが、物価上昇は貨幣的要因で起こっていないのである。貨幣に関係ない現象を貨幣や金利で操作すること事態、無理なことなのだ。貨幣や金利を弄らなくても時間の経過とともに自然に物価はもとの水準にもどる。

翌日物金利を0.5%の超低金利に据え置いているが、現在、日銀券やマネタリーベース(MB)は前年割れの状態にある。特に、日銀券のマイナスは稀なことであり、1971年以降では1991年4月、2009年11月、12月、2010年1月のみだ。いずれも金融危機により信用不安・収縮が起こったからだ。今回の日銀券の前年割れは2023年12月から続いており、すでに1年7カ月に及び、統計が遡れる1971年以降では最長であり、かつマイナス幅も最大なのである。信用不安や収縮に見舞われているわけではないが、日銀券は異様な動きをしている。日銀券が前年割れだということは、経済の動きが鈍く停滞しており、それによって貨幣需要が落ちているからだ。1年7カ月も日銀券が前年比マイナスのときに、日銀の考え方だと政策金利を上げれば、ますます日銀券は減少していき、経済に悪影響することになる。そのようなシナリオが想定されるならば、利上げはできない。

日銀の翌日物金利は2023年6月、-0.077%だったが、2024年3月にマイナスを解除した。そして2024年8月には0.25%、2025年1月には0.5%へと引き上げ、現在に至っている。今の0.477%は2008年9月以来約17年ぶりの高い水準なのだ。1%の半分ほどの水準に上げるだけで、日銀券の需要は急速に衰える。政策金利を上げて、日銀券の伸びは前年割れになっても、物価は下がらない局面にある。日銀券やMBと物価にはなにの関係もないのだ。物価は需給でほぼ決まり、金利で貨幣量を操作することはできないことを裏付けている。

経常取引に使用される貨幣量をほぼ一定とみなせば、現預金から株式へ資金の移動が行われているのかもしれない。日銀券は2016年4月の前年比6.8%をピークに低下傾向にある半面、日経平均株価は同年同月の16,666円から今年6月末は40,487円、約9年で2.429倍、年率10.36%で高騰した。日銀券とCPIはランダムだが、日銀券と株価は反比例の関係にあるようだ。一方、住宅資金の貸付は2024年までの30年間で3.35倍、年率4.11%で拡大しており、家計消費の年率0.57%とは桁違いの勢いだ。日本不動産研究所によれば、今年3月末の東京都区部の商業地と住宅地は年率8.2%、6.6%それぞれ上昇している。このように株式や地価の値上がり率は物価上昇率をはるかに超えている。これは紛れもなく、日銀のゼロ・マイナス金利政策によるものだ。

日銀は物価を政策の中心に据えているが、同じように株価や不動産価格は政策の対象にはしていない。片手落ちではないか。株価や地価はいくら上がっても、日銀は政策金利を引き上げない。野放しなのだ。過去9年で株価が2.429倍に急騰しても不思議な事ではないのだ。上がれば上がるほど好ましいと考えている。実体経済の足取りが重いなかで、博打場だけが繁盛するという異様な状態をなんとも思わない。

株式は資金調達をする場なのだが、今では資金調達ではなく株式の売買の場としてのみ活用されている。つまり、売り買いするだけの博打場なのである。博打場だから、2.429倍に株価が急騰しようが、実体経済になにの影響もないのだ。国の優遇策でこれまで株式になにの関心もなかった大衆を巻き込み、派手な相場を演出しているが、いつまでも祭りが続くわけではない。

内国株式総括表によれば、2024年の市場合計売買代金は1322.7兆円、2014には643.1兆円であり、10年間で約2倍に拡大している。株数ベースの売買回転率は143.7%と1989年のバブル絶頂期をはるかに上回り、流通市場は異常な状態に陥っている。1989年の全取引所の売買代金は386.3兆円、2024年の29.2%にすぎない。

1999年4月に廃止されるまで株式売買には有価証券取引税が課せられていた。有価証券取引税は2兆円超えたときもあった。最初0.55%だったが0.3%、0.12%へと引き下げられ、その後廃止となった。現状の売買代金を前提にすれば6兆円以上の税収が見込まれる。今のような異常な超短期売買を鎮めるためにも有価証券取引税の再導入は必要だ。

★来週から夏休みに入り、しばらく休みます。

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