市場原理主義は日本独自の終身雇用と年功序列賃金を壊し、会社への帰属意識や労働意欲を低下させた。個人主義や自己責任が問われ、意識の変化が、じわじわと企業経営に浸透していることも、日本経済低迷の原因のひとつではないか。終身雇用の崩壊とともに、パートなどの非正規雇用が急増、男女間の賃金格差は埋まることなく、そうした雇用コストの抑制によって企業は利益を嵩上げしてきた。
『国民所得統計』によれば、1994年から2023年までの29年間で、賃金・俸給は1.102倍とほとんど増えていないのに対して、非金融法人の所得は2.816倍に増加している。企業でも個人企業の所得は0.768倍へと減少しており、企業所得は大企業に偏っていることが明らかだ。家計の財産所得については、日銀のゼロ・マイナス金利によって、利子は0.207倍へと激減する一方、配当は6.616倍に急増している。
このような事態に陥っても国の政策は「パンよりも大砲」なのである。アイアンドームが通用しないことは日本の防空システムなど、ほとんど役には立たない。危機意識を煽りあたかも戦争が起こるかのような政治姿勢こそが、日本を危機に招くことではないか。まったく常識が通用しない政治家を一掃しなければ、日本は変わることはできない。野党は乱立しているけれども、その多くは、基本的には与党・自民党と大同小異であり、期待できる政党ではない。
各党、減税や給付金で有権者を釣ろうとしている。一時的な措置では、消費者は消費を増やすような行動は取らない。過去に給付金で消費増を図ろうとしたが、失敗した。超高齢化の持続によって、将来のためにできるだけ多くの資金を溜めておかねばならないと考えている。現役世代が少なくなり、年金受給者が増えているが、年金をペイゴー方式で続けることは可能なのだろうか、という不安が、まだ年金受給者を支えている現役世代の貯蓄志向を強めているのではないか。要するに、多数の人は消費よりも貯蓄第1なのである。
基幹統計である『国民生活基礎調査』(2024年)が厚生労働省から公表されたが、2023年の1世帯当たりの平均所得金額は536万円、前年より2.3%増加したが、2014年比では1.1%減である(ピークは1994年の664.2万円)。しかも平均所得金額を下回る世帯が61.9%を占めており、さらに所得の少ない300万円未満世帯が35.6%もいるのである。バブルピークの1989年の300万円未満世帯の割合は27.4%と2023年よりも8.2%pも低かった。
所得の伸び悩みによって、生活が「大変苦しい」世帯の割合は2024年、28.0%を占め、5年前の2019年(21.8%)から6.2%pも上昇している。「大変苦しい」に「やや苦しい」を加えれば、58.9%と世帯の6割近くに達する。日々の生活が苦しいなかでも貯蓄している姿が痛ましい。
日銀によれば、今年3月末の家計金融資産は2,194兆円、そのうち現預金は1,119兆円、これだけ巨額の資金を金融機関に預けているのだ。金融機関は資金を金庫に寝かせていては利益を生まないため、貸出や有価証券で運用する。
家計の負債は住宅資金の借入(237兆円)が主だったものだが、純資産は1,793兆円もあるのだ。一般政府(中央政府+地方公共団体+社会保障基金)の債務証券は1,173兆円であり、家計の現預金ほどである。国債等の債務証券は巨額だが、一般政府は現預金を始め国債、株式、対外証券投資などの資産を保有しており、純債務額は533兆円である。中央政府の国債等969兆円の借金ばかりが報じられているが、一般政府のバランスシートは言われるほど悪くはない。むしろ、いままで約1,000兆円もの国債を発行し、その資金で国が消費や設備投資をしてきたからこそ、今の経済状態にとどまることができたとも言える。ただ、使い方は間違っていた。少子化や生活が苦しい世帯、男女賃金格差是正、農業、エネルギーなど生活基盤に関わる分野に投下していれば、今よりより暮らしやすい社会になっていたはずだ。
『国民所得統計』によれば、2023年末の一般政府の金融資産は826兆円だが、非金融資産が874兆円あり、資産計は1,700兆円。一方、1,442兆円の負債を抱えているが、資産を下回り、純資産は258兆円となる。2018年末には純資産は66兆円まで減少していたが、3年連続で回復している。さらに一般政府を拡大し、公的部門で捉えると2023年末の純資産は430兆円、これは1999年(458兆円)以来24年ぶりの大幅黒字なのである。
公的部門に民間部門を加えた純資産は2023年末、4,158兆円、2015年末を底に8年連続で増加しており、過去最高を更新した。これは政府の1,000兆円の国債残高の約4倍である。一般政府でも黒字であり、しかも国全体では4,000兆円を超える純資産を保有している超黒字国なのだ。年間に数十兆円の国債発行で国の財政がおかしくなるなどあり得ないことだ。
貯蓄と投資の関係からみれば、日本は1990年代以降消費が振るわず、超過貯蓄状態にある。超過貯蓄を放置しておけば、消費不足によってGDPは減少することになる。1,000兆円もの国債を発行して超過貯蓄を貯蓄=投資に近づけた。貿易収支が黒字であれば、超過貯蓄を縮小できるが、常に黒字を維持することは難しく、最終的には政府支出を増やすことにより、超過貯蓄の解消を図ることになる。
超過貯蓄があるからこそ国債発行による追加的な政府支出が可能になるのだ。1994年度末から2024年度末までに家計の純金融資産は1,005兆円増加したが、1994年末から2023年末までに一般政府の債務証券は936兆円増加している。これからも超過貯蓄の状態が続くことになれば、国債は引き続き発行され、税収を超える政府支出が可能になる。超過貯蓄が持続すれば、政府の国債残高は今の1,000兆円から2,000兆円、3,000兆円になるかもしれない。
給付金や消費税廃止等を実施すれば、どこからその金を都合するのか、財源を示せと指弾する。国債をむやみやたらに発行すれば財政を悪化させ、次世代に付を先送りすることになるという。すでに日本の債務残高(対GDP比)は先進国で最悪の水準にあり、これ以上債務を増やすべきではない、等々の指摘がなされている。それでは他になにか良い方策はあるのか、といえば答えに窮する。
すでに1,000兆円も国債を発行していながら、その間、発行については何の問題も起こっていないのである。ということは、日本では国債を発行し、追加的な財政支出が可能だということである。国債が発行できる根拠は何か、答えは、日本は超過貯蓄の状態にあるからだと。したがって、国債が発行できるかどうかは、超過貯蓄の多少によって決まることになる。先はみえない、高齢化は持続するなどから貯蓄行動に変化は起こらず、超過貯蓄状態は長期的に持続するだろう。財源が喧しく追及されているが、国債の財源は超過貯蓄なのだ。国債を発行しながら、所得税の累進性と金融資産課税の強化、法人税率の引き上げを推進していかなければならない。