『毎月勤労統計』によると、賃金は伸びているが、CPIの上昇率に追い付かず、4月の実質現金給与総額は前年比-1.8%と4カ月連続のマイナスだ。所定内給与に限れば、伸びはさらに低くなり、4月は2.2%であり、2024年の2.1%並みである。2023年の1.2%に比べれば、倍近い伸びになり、2024年の現金給与総額は2.8%増となったが、実質では-0.3%と3年連続の前年割れなのだ。所定内給与の伸びが低く、実質でプラスにならないことが、消費者の購買意欲を削いでいる。
『家計調査』によれば、二人以上の世帯の昨年の消費支出は360万円だった。自民党は選挙公約に国民1人に2万円、子供と住民税非課税世帯の大人1人に4万円を給付すると言うが、2万円では昨年の米消費額(25,968円)にも満たない。因みにパン34,212円、麺類20,556円であり、パンは米よりも31.7%も多く食している。米は数量では昨年、60.2㎏と価格が高騰したにもかかわらず2023年(56.65kg)よりも増加している。買いだめしたとしか考えられない。新型コロナによって2020年も3.7%増加したが、その時よりも2024年(6.3%)のほうが拡大しており、需給バランスが崩れ価格が高騰した。ただ、米の消費量は2000年には99.24kgであり、昨年の1.65倍も食べていた。
2024年、二人以上の勤労者世帯の平均消費性向は62.2%、前年よりも2.2%p低下した。世帯主が40歳未満54.3%、40~49歳58.1%と若いほど平均消費性向は低く、貯蓄する割合が多くなっている。こうした平均消費性向の低い世帯の消費意欲を高めるには、2万円の給付金ではなく、少なくとも、360万円×3.5%(5月CPIの伸び)=12.6万円の支給が必要だろう。だが、先行きの経済や賃金に明るい見通しが描けなければ、2020年の給付金のように、大半は貯蓄されてしまう。相当思い切った政策を打ち出し、将来が良くなるような政策を実行しなければ消費は変わらないだろう。
10%も取られている消費税を廃止すれば、2024年度で24.3兆円分が家計の負担から消えることになる。逆進性の消費税は低所得者ほど負担が増す税であり、富裕層にとっては痛くもかゆくもないのだ。所得税の累進性を緩和し、法人税の税率も下げ、富裕層と企業を優遇した結果、過去数十年間、過去にない不景気が出現した。自然にそうなったのではなく、自民党の政策によって、人為的に作り出されたのである。
経済が成長路線を歩んでいた時の政策や税制を取り戻すことができるならば、今よりも相当ましな経済を取り戻すことができるだろう。1980年代に世界的な潮流となった市場万能主義により、民営化が推し進められ、三公社五現業は胡散霧散した。所得税の最高税率や法人税率は大幅に引き下げられ、代りに消費税が導入された。市場万能ということは、公的部門はできる限り減らし、必要最小限に止め、競争によって最適な価格形成と分配が可能になるという考えである。だが、実際には弱肉強食が露わになり、独占による価格支配力は強まり、強いもの勝ちで、分配は歪み、所得・資産格差は著しく拡大した。『World Inequality Date Base』によれば、1980年、日本のトップ10%の所得シェアは35.2%だったが、2022年には44.9%に上昇する一方、ボトム50%の所得シェアは21.0%から16.8%に低下している。
2024年度の所得税は20.1兆円だが、過去最高は1991年度の26.7兆円であり、法人税の過去最高は1989年度の18.9兆円と2024年度(18.0兆円)をやや上回る。2024年度の名目GDPは1989年度の1.48倍だが、1989年度ころの税制に基づけば、所得税は39.5兆円、法人税は28.0兆円、合計67.5兆円となり、酒税、揮発油税、関税、印紙など7兆円を加えると税収は74.5兆円となり、2024年度の税収73.4兆円を上回る。
消費税を廃止しても現状程度の税収を得ることは可能なのである。直ちにはできないけれども時間を掛ければ、可能なはずだ。1974年までは所得税+住民税の最高税率は93%だった。1987年にはそれが88%、さらに1994には65%へと大幅に引き下げられた。1998年、最高税率50%へと一段押し下げられたが、1989年に3%の消費税が導入され、97年5%、2014年8%、2019年10%まで引き上げられた。
所得税+住民税の最高税率の引き下げは、高所得者の減税となるけれども、税率が下がったからと言って消費を増やすような行動は取らない。高所得者の減税は中・低所得者層の増税となり、彼らの消費マインドは冷えることになる。そうした消費マインドが悪化したところに、消費税の増税が追加され、中・低所得者層の消費は萎縮せざるを得ない状況に追い込まれた。高所得者にとって3%、5%支払が増えたところで、なにの問題も発生することはない。だが、低所得層にとっては所得税+住民税の負担に加えて消費税が上乗せされることは、所得が伸びないなかでは、消費を切り詰めなければやっていけないことになる。
市場万能主義の行き着く先は所得格差拡大による消費の低迷だが、消費が思わしくなければ、経済成長も止まってしまう。経済の低空飛行によって所得も伸びず、消費も足踏みするという悪循環に陥る。これから脱出するには意外性のある大胆な税制改革を打ち出す以外にはない。その一つは消費税廃止である。所得税の最高税率を引き上げ、法人税率も上げていく。そうした過程で、税収を確保するには金融課税を強化していくことが不可欠だ。
『家計調査』(貯蓄・負債編、二人以上の世帯)によれば、2024年の貯蓄から負債を差し引いた純貯蓄を世帯主の年齢階級別にみると40歳未満は-898万円、40~49歳-131万円とマイナスだが、50~59歳1069万円、60~69歳2,389万円、70歳超2,385万円と50歳以上では純貯蓄はプラスだ。40歳未満は負債が貯蓄を898万円超過しているが、5年前の2019年は-650万円であり、38.2%も純負債が増加している。
60~69歳の世帯分布は19.1%、70歳超は32.6%を占めており、60~69歳の総世帯が保有する貯蓄は164兆円、70歳超は280兆円、60歳以上の世帯で計444兆円の純貯蓄を保有していると予想できる(2023年の調査では総世帯5,445.2万世帯うち二人以上の世帯は3,595.7万世帯、単独世帯は1,849.5万世帯)。例えば、総世帯が同じ純貯蓄を保有していると仮定すれば60歳超の世帯の純貯蓄は671兆円となる。日銀の『資金循環』によれば、2024年末の家計純金融資産は1,833兆円、これの36.6%を60歳超の世帯が保有していることになる。
『World Inequality Date Base』によれば、2022年の日本の富のシェアはトップ10%が57.8%、トップ1%が24.5%、ミドル40%が36.5%、ボトム50%は5.8%と予測されている。これは金融資産だけでなく不動産なども含まれているが、金融資産にこのシェアを適用すると、昨年末、トップ10%は2,230兆円の金融資産の1,288兆円、トップ1%だけで546兆円を保有していることになる。これほどの富の集中は資産を有効に使用していないことでもある。金融資産が豊富な世帯は60歳超であり、しかも少数者に集中していることは明らかなのである。使い切れない巨額の金融資産が銀行などに眠っているのだ。家計だけでなく非金融法人も資金を持て余している。金融資産への課税を強化し、高齢世帯から若い世帯へ資産を贈与するような税を導入しなければならない。
平均寿命が延び、親から子供などへの相続が遅くなりがちである。お金を本当に必要とする30歳代や40歳代のときに贈与されれば、資金は生かされるだろう。向こう5年間に限り、贈与税を3,000万円まではゼロ、それを超えても20%の低い税率が適用されることになれば、眠っている金融資産は蠢くだろう。優遇期間後には現状以上の高い贈与税と相続税を課すことにすれば、5年間に多額の遊休資金が若い世代に移転し、消費を刺激することになるのではないか。