そもそも「社会全体としては『固定している』投資」(ケインズ、『一般理論』、1936年)を極度に流動的なものにしたことが禍の元なのである。株式市場の害悪を救うには「投資物の購入を恒久的な、あたかも結婚のごとく、死とかその他重大な原因による以外には解消することのできないもの」(同上)にしなければならない。
それにしてもトランプ大統領は自国のことをどれだけ理解しているのだろうか。関税を高くすれば、その分輸入物価は上昇し、消費者はそれまでのようには買わなくなるだろう。米国経済は個人消費で成り立っており、その個人消費が不振になれば、米国経済はすぐにおかしく成る。高関税を破棄しなければ、今年後半には世界経済は深刻な景気後退に陥るだろう。まさにトランプショックが起きようとしている。
2024年の米国のモノ輸入額は3兆2,634億ドル、これにたとえば20%の関税を適用すれば、6,526億ドルが関税となる。30%であれば1兆ドルほどになる。これだけ米国の消費者の負担は増加することになる。2024年の米個人消費支出(PCE)は19.82兆ドル、名目GDPの67.9%、そのうちモノ(PCEG)は6.12兆ドルである。モノの輸入がすべてPCEGに向かうとすれば、PCEGの半分以上は輸入に頼っていることになる。米国内で生産され消費されているモノは、PCEGの半分にも満たない。たとえば関税を20%、PCEGが2024年と同じであると仮定すれば、PCEGの価格は約10%上昇することになる。モノの輸入が20%も上昇すれば、消費意欲は大幅に減退することは必至であり、米国経済は急減速となる。PCEGだけが5%減少するだけで、GDPは約1%低下する。PCEの減少は他の部門にも波及し、特に、民間設備投資の落ち込みは大きくなり、2025年の名目GDPは2020年以来のマイナスになるだろう。
2024年会計年度の米歳入に計上されている関税は810億ドル、歳入の1.6%に過ぎない。20%の関税が適用されれば、これの8倍超の関税が得られる。2024年の歳入不足額1兆9,090億ドルの34.2%に当たる。「1817年から南北戦争が始まるまで、連邦政府が課していた税は一つだけだった。輸入品に対する関税である」(エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズックマン『つくられた格差』、2020年)。トランプ大統領はこのような時代に郷愁を覚えているのだろうか。関税の強化で個人所得税の減税を目論んでいるのだろうか(2024年の個人所得税は2兆5,100億ドル)。所得税は南北戦争中に導入されたが、1871年、ニューヨークで反所得税協会が設立され、その翌年の1872年には所得税は廃止され、その状態は1913年まで続いた。トランプ大統領は所得税ゼロを理想としているのかもしれない。トランプ大統領は大富豪だが、確か、所得税を払っていなかったと記憶しているが。
突然、20%もモノがたかくなれば、米国の消費者は購入を控える行動を取り、輸入量も関税前を下回ることは間違いない。輸出国は対米輸出の減額分を米国以外の国への輸出で補おうとするだろう。だが、米国のモノ輸入額は世界のモノ総輸出額の13.0%(出所:世界銀行、2023年)を占めており、容易に代替国を見つけることは難しい。特に、日本の自動車産業のように、高級車を米国に輸出していれば、これを他の国へ振り向けることはなかなかできないことだ。
2023年の米国モノ輸入・世界モノ輸入比率は13.0%だが、1960年以降では決して高い比率ではない。過去最高を付けたのは2000年の18.9%であり、その後、急低下し、リーマンショックの前年には12.5%に低下、2011年には12.2%まで下げた。一方、米国モノ輸出・世界モノ輸出比率は2023年、8.4%と、2年連続で上昇しているが、トレンドを見る限り、低下傾向にある。1960年の16.0%をピークに、1972年には12.3%まで低下し、それ以降、大きな変化はなかったが、2002年から比率の低下が顕著になっていった。IT、AIの中心国でありながら、米国のモノの輸出競争力は低下の一途をたどっている。輸出競争力が衰えているから、輸入に頼らなくてはならないのだ。輸入依存体質は米国経済に沁みついており、短期的にこの構造的を変えることは不可能である。
1997年と2024年の産業別付加価値を比較すると米名目GDPは3.4倍に拡大しているが、製造業は2.11倍にとどまっている。なかでも耐久財は1.88倍、さらに耐久財を細かくみるとコンピューター・電子製品1.58倍、電子部品等1.67倍、自動車・同部品1.7倍、家具等1.18倍と極めて生産が低調なっており、このような製品の多くは海外で作らせ、輸入していることがわかる。
名目GDPに占める製造業の割合は1997年の16.1%から2024年には10.0%に低下している。一方、割合が高くなっているのは金融、情報、法務・コンピューターシステムデザイン等の専門職ビジネス、医療サービスなどである。トランプ大統領は米国内で製造業を復活させるのだと宣っているが、そのような社会的基盤は失われており、製造業を復活させことは夢物語なのである。関税で米国を再び偉大な国にすると喚くが、関税はすでに弱体化している米国経済をさらに衰退させるだろう。
1960年から2023年までに世界モノ輸出は194倍に増加したが、米国102倍、日本176倍ドイツ150倍、EU83倍といずれも世界の伸びを下回っている。伸びているのは、先進国が安価な労働力を求めて進出した途上国、その最たる国は中国であり、世界の工場としてモノ輸出を爆発的に増やし、過去63年間で1314倍となった。
米国のモノ輸入・名目GDP比率は1960年代半ばまでは3%前後で推移していたが、1970年代以降、2008年の14.5%まで上昇していた。それが2024年には11.1%に低下しており、対GDPではモノ輸入は懸念するほどではない。そのことは純輸出・GDP比率が改善していることからも明らかだ。2024年の純輸出・GDP比率は-3.1%であり、2006年の-5.7%から2.6%pも改善している。2009年以降はほぼ3%前後で推移しており、現状が極めて深刻な事態に陥っているわけではない。2002年から2008年にかけての期間がより問題であったと言える。2024年の純輸出は9,088億ドルの巨額赤字だが、対GDPでは直ちに問題が出てくるような切羽詰まった状況ではない。むしろ、製造業をいかに立て直すかが、一番の課題ではないか。
円安ドル高によって、2024年・2022年比の日本の対米輸出は16.7%増加した。同期の輸出総額の伸び9.1%を対米輸出は上回っている。なかでも乗用車の対米輸出は39.7%の急増である。2024年の総輸出額は107兆円、そのうち対米は21.2兆円、約2割を占めている。輸送用機器は7.66兆円、対米輸出の36.0%を占め、対米では最大の部門であることから、関税の影響を最も受けるのは自動車である。24%も値上がりすれば売れ行きはかなり落ちるだろう。ただ、過去数年間、為替差益で得た利益を溜め込んでいることから、値上げしなくても、当面はやっていけるはずだ。長期では利益を圧迫することになり、輸出頼みの体制を見直さざるをえないだろう。輸出依存度が高いことのリスクは、これまで幾度も経験してきたが「喉元過ぎれば熱さ忘れる」であった。トランプショックを契機に、自動車産業は生産・販売体制を再構築すべきだ。
一番、関税によって、打撃をうけるのは関税を仕掛けた米国である。景気悪化を察知して10年債利回りは4.0%まで低下してきた。トランプ大統領はFRBに圧力を掛け、利下げ観測が浮上するかもしれない。為替は円高ドル安に変わりつつある。米国の景気後退の兆しが少しでも見えてくれば、円高ドル安は一気に進むだろう。貿易赤字を減らしたいトランプ大統領にとっては、関税の次はドル安誘導なのだと思う。
★次号以降、しばらく休刊の予定