金急騰を過去に4回経験しているが、第1回目は第2次石油危機のインフレの時である。原油価格の引き上げで産油国には巨額のオイルダラーが流入し、それの一部が金に向かっていった。その後20年は穏やかな値動きであったが、2001年9月11日の同時テロ、同年10月7日、米国のアフガニスタン侵攻、さらに2003年3月20日からのイラク戦争、2008年9月のリーマンショック後のゼロ金利の長期化が、金需要に拍車を掛けた(第2回目)。イラク戦争が2011年12月15日に終結したことから金価格は下押しした。だが、新型コロナとゼロ金利で再び動意づき、2020年9月、2011年の最高値を更新した(第3回目)。そしてウクライナ戦争によって第4回目の急騰局面に入っている。
このように過去を振り返ると、金需要を高めたのは米国の中近東地域へ仕掛けた戦争とゼロ金利政策であったことが明らかになる。中東への米軍事介入が起こる度に、金への需要は強まっている。米経常収支は1982年以降2024年まで連続赤字、モノだけでは1976年以降49年間、黒字になったことは一度もない。しかも赤字額は拡大しており、2024年のモノ赤字は過去最大の1.21兆ドル、10年前の1.62倍である。2024年の経常赤字も過去最大の1.13兆ドルであり、これだけのドルが海外に出て行っているのだ。そこに中近東という地政学的、政治的不安が生ずれば、手持ちのドルを金に換える動きが起こる。
2022年2月以降の金の上昇は、米国の国際政治舞台での地位が急速に低下したことを反映している。ウクライナ戦争が始まってからの国連でのさまざまな政治のやり取りのなかで、世界を見渡せば、ロシア寄りの国がいかに多いか、ということが明らかになった。ロシアへの制裁に賛成した国は主に欧米であるが、世界人口に占める欧米の割合は9.71%に過ぎない。すでに米国の度重なる軍事介入の悲惨な結末によって、米国との関係を弱める国が増えていたが、今回の戦争によって一層米国との距離を置く国が増加した。そうした現実を周知させたウクライナ戦争だが、欧州や日本はそうした世界の政治動向に目を向けることなく、米国と絆を強めるという趨勢から外れた姿勢を維持している。日米欧の人口は9.08億人、対世界では12.7%と少数なのにもかかわらず。
世界を所得水準で分けると、高所得国の人口は世界の17.37%(出所:世界銀行)に対して中・低所得国人口は82.27%を占めており、特に、高所得国は低所得国(7.36億人、人口比率9.13%)への直接投資を増やし、そこで生産された製品・商品を輸入する体制を築き上げてきた。自由貿易と言いながら、かつての植民地と同じような仕組みで富を吸い上げているのである。低所得国は高所得国に搾取されており、欧米などとの関係は複雑である。
米国のモノ収支は2024年、1.21兆ドル(出所:BEA)もの赤字だが、すでに1970年代に赤字が定着しており、その後、赤字額はみるみる膨らんでいった。これは、米国の対外直接投資の動向と歩調が合っている。対外直接投資が増加するにつれて、モノのバランスは悪化している。より利益の出るところで生産するという自由貿易を振りかざし、米国を始め先進国は自国での工場を畳んで、海外に生産拠点を移していった。安くて良いものが作れる海外に進出し、外国工場で生産したものを国内に持ち込むという方法に変えたのである。その結果がモノの巨額な赤字発生と相成ったのだ。
トランプ大統領は主要製品に関税を課し、輸入を減らそうとしているが、今になって、国内で作ろうとしても人も工場もノウハウもないので、国内で生産することはできない。関税分の値上がりによって、消費者の購買意欲を冷やすだけだ。米国内で生産する場合には高賃金と高資本コストによって、製品の値段は関税分以上に値上がりするだろう。企業は海外で得ていた高収入を望むことはできなくなる。自由主義という名の下で行われた搾取構造を是正するには関税は有効かもしれない。
今回はロシアとウクライナの戦争だが、実質的には米国が誘導した戦争なのである。米国からウクライナに巨額の資金と武器が供給されているが、ウクライナは劣勢となっている。米国だけでなく欧州もそれなりに支援しているのだが、ロシアが優勢なのである。経済規模から判断すれば、2023年のロシアのGDP(出所:世界銀行、名目ドル表示)は2.02兆ドル、一方、米国は27.72兆ドル、EUは17.51兆ドルであり、両者計では45.23兆ドルとなり、ロシアの22.4倍の規模なのである。経済力では欧米はロシアを圧倒しているのだ。しかも、金融、エネルギーや輸出入等さまざまな制裁を加えられていることを考慮すれば、ロシアは経済も戦争も行き詰まると見るのが妥当であった。だが、現実は逆であり、ロシアの経済は拡大し、戦争もウクライナを劣勢に追い込んでいる。
普通に考えれば、経済規模に22.4倍の格差があれば、大人と子供のような違いがあり、とても勝負にならない。GDP統計は推計されたものであり、もはや実体経済を表していないと捉えるべきなのだろうか。武器、弾薬等の兵器は平時、使われない特殊なものだから、経済規模とはまったく無関係であり、計測できないのかもしれない。兵器生産の統計は作られてはいても、それを利用することはできないようになっているのかもしれない。戦争のような非常時にはその国の本当の経済力が問われるのだと思う。GDP統計ではみえない非常時の経済力ではロシアが欧米を上回っているのだろう。
戦争は3年超経過しているが、欧米の兵器生産能力は拡大していないのだ。このままの状態が続けば、近いうちにサイゴンやアフガンの二の舞になることも予想され、トランプ大統領はロシアとの停戦協議に躍起になっているのかもしれない。世界が米国から離反していることをひしひしと感じているのだ。最後は、ウクライナのことよりもわが身可愛さなのである。
ロシアは大国である。人口は1.43億人だが、面積は1,710万㎢(日本の45倍)、陸地の国境線は20,241㎞、18の国境のうち10はヨーロッパ、5はアジアにある。日本よりも2千万人多い人口で、これだけ広大な国土を守ることは、それだけで手いっぱいではないか。国境が長く、接している親ロシア国も多ければ、そこからモノのやり取りも当然行われているだろう。だから、欧米の制裁など効かないのだ。
米国は世界GDPの26.1%を占める超大国であるにもかかわらず、2022年の平均寿命は77.43歳(出所:世界銀行)だ。3年ぶりの上昇だが、ピークは8年前の2014年であり、2020年と2021年を除けば2022年は2003年以来の低い水準なのである。一方、ロシアの平均寿命は2019年がピーク(73.08歳)であり、2年連続で低下したが、2022年は72.54歳に回復している。1991年、ソビエトが崩壊してから、1994年には64.46歳まで低下、1999年にプーチンが登場してからもなかなか回復せず、2005年頃からやっと平均寿命は延びてきた。ロシアと米国の平均寿命は2004年には12.01歳も米国が上回っていたが、2022年には4.88歳まで縮小している。
乳児死亡率(出所:世界銀行、出生数1,000人当たり)は、2016年までロシアが米国よりも高かったが、2017年以降は逆転した状態が続いている。2022年はロシアの3.8人に対して米国は5.4人である(因みに日本は1.7人、ユーロ圏は2.91人)。2022年を2012年と比較すると、ロシアの4.1人減に対して米国は0.6人しか減少していない。GDPのパワーが極端に違うということは医療費についても米国が質量ともに充実しているはずなのだが、平均寿命を引き上げ、乳児死亡率を引き下げることができないでいる。それだけ、米国社会は病んでいるのだ。米国に倣うことの怖さを平均寿命と乳児死亡率から窺うことができる。