低労働生産性と給与を抑制し続ける日本企業

投稿者 曽我純, 3月17日 午前8:47, 2025年

日本の10年債利回りは1.5%を超え、昨年末比50bpほど上昇する半面、米債は同26bp低下し、ドルに対して円は5.9%上昇している。米国が仕掛けた関税合戦が続くのであれば、それなりに物価を押し上げることになるだろう。一方、世界的に貿易の伸びは鈍化し、世界経済にマイナスの影響を及ぼすはずだ。つまり、関税は物価を引き上げる一方、経済を冷やすことにもなり、これからの世界経済に暗雲を漂わせそうである。

バブル化している世界の株式は厳しい局面に直面している。日本株も例外ではなく、債券利回りが1.5%まで上昇すれば、株式配当利回り(プライム加重平均、1月2.11%)の優位性は薄れ、債券利回りがさらに2%にでも上昇すれば、株式は大打撃を受けることになる。同時に、不動産も深刻な不況に陥るだろう。1990年代のバブル崩壊を彷彿させるような事態に再び遭遇するかもしれない。

そもそも株式のプライマリー(発行)市場は開店休業状態であり、セカンダリー(流通)市場だけが超活況である。まさに博打場の株式流通市場が、いつまでも現状の回転売買を維持できることなどあり得ないからだ。しかも日本経済がこれから飛躍するとでも期待できるのであれば、納得もいくが、現実はその正反対であり、微妙な綱渡りをしている状態なのである。無様な政治と惰性で遣り過ごしている企業を直視するならば、日本株が崩れてしまうのはそう遠い先のことではあるまい。

政府が株式を推奨すること事態まともなことではないのだ。政府の言うことを真に受けて株式に手を出せば取り返しのつかないことになる。ほとんど紙屑同然になったとしても、自己責任にされて、塗炭の苦しみを味わうだけだ。バブル崩壊後、そのような事例をたくさんみてきたではないか。最近では原発や新型コロナワクチン、もっと言えば、第2次世界大戦のことを思い出すべきだ。いかに政府がでたらめなことをやってきたかを。政府の口車に乗って国民は命まで奪われてしまったことを。

関税によって直ちに表面化するのはコストの上昇だ。25%も一気に上がることになれば、消費者は買い控えるだろう。自動車などの耐久消費財にたいする需要はかなり冷え込むことになる。日本の自動車にも関税が適用されれば、国内自動車メーカーは相当な打撃を受ける。2024年の自動車輸出額は17.9兆円、総輸出額の16.7%(同部分品を含むでは21.9兆円、20.4%)、そのうち対米自動車輸出は6.0兆円である。これが兆円規模で縮小すれば、自動車産業の稼働率は低下し、利益率が落ちることは避けられない。日本産業の最大の部門ということだけでなく、自動車産業の裾野は広く、さまざまな産業に影響は及び、日本経済は深刻な不況に陥るだろう。

財務省の『法人企業統計』によれば、自動車・同付属品製造業(資本金10億円以上)の業績は昨年第3四半期以降、2四半期連続の減収減益である。これまで円安ドル高という追い風によって業績は続伸してきたが、その為替が150円を割り込んできていることから今年第1四半期以降の業績はさらに冴えなくなるだろう。

こうした自動車産業の減収減益によって、昨年第4四半期の大企業(資本金10億円以上)の売上高は前年比-0.4%と2022年第4四半期以来2年ぶりの減収となったが、営業利益と経常利益は2.9%、6.5%それぞれ前年を上回った。売上高が減少しても営業利益がプラスになるということは他社からの購入を減らしたり、賃金を抑制するなどコストを削減したからに他ならない。売上原価と販管費を削り、営業利益をプラスにしたのだ。

人件費を削減しているが、もっとも減らしたのは福利厚生費、次が従業員給与であり、役員の給与と賞与は増額、従業員賞与も増やしている。売上高が減少すれば、人件費等のコスト削減で増益を達成するという一番やり易いいつもながらの方法を取っている。企業にとって利益を出すことは最重要課題だが、給与等の削減はマクロ経済にはマイナスにしかならない。賃金を減額すれば消費意欲は減退し、消費から生産という循環がスムーズにいかなくなるからだ。

なによりも不思議なのは昨年第4四半期の大企業給与(賞与含む)が前年比0.4%減少したことである。大企業では大幅な賃上げが実現されたはずだが、マイナスだとは驚きである。GDP統計によれば、同期の雇用者報酬は前年比5.6%も伸びている。過去10年間では最高の伸び率である。これだけ雇用者報酬が伸びていても、大企業の従業員給与は前年割れなのである。これほどの違いを説明することはできない。統計的にみれば、GDP統計は推計された数値であるため、法人企業統計のほうが確かなのである。また『毎月勤労統計』によれば現金給与総額は昨年第4四半期、前年比3.5%、『家計調査』の勤労者世帯の世帯主収入(男)は6.0%も増加している。

名目でもこれだけ給与や収入が伸びていれば、日本経済は悪くはないはずだ。雇用者報酬が5.6%伸びても家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)は3.7%と雇用者報酬を1.9%pも下回っている。だから、実質GDPは前年比1.1%と2四半期連続のプラスにはなったものの勢いはない。先行き雇用者報酬が高い伸びを維持できるかどうかについて、消費者は楽観してはいない。大企業の給与がより実態を表していると判断すべきなのではないか。

大企業の売上高と給与(賞与含む)には相関関係が強く表れている。当然と言えば当然なのだが、給与が伸びなくては売上高を伸ばすことはできない。第2次オイルショックまでの給与は前年比2桁増であり、売上高もそのような高い伸びを示していた。その後、1桁に伸びは低下したが、株式・不動産バブル期には再び2桁増となった。だが、バブルの崩壊とともに給与の伸びは急速に低下し、プラス、マイナスを繰り返す展開になっている。売上高は給与に歩調を合わせており、給与が売上高を決定している。

2024年第4四半期までの65年間に大企業の給与は65.9倍(年率6.65%)、売上高は65.4倍と拡大幅は一致している。1991年第4四半期から2024年第4四半期までの33年間の売上高は1.264倍(年率0.78%)に鈍化、給与は1.108倍(年率0.34%)へと売上高の伸びを下回り、ほぼ横ばい状態になってしまった。一方、役員給与(賞与含む)は同期間1.373倍と売上高よりも高い伸びであった。バブル期までは従業員と役員の給与の伸びはほぼ同じであったが、バブル崩壊後両者の給与格差が拡大していることがわかる。このように給与を抑制し売上原価を売上高の伸び以下に抑えることによって、営業利益は過去30年間に2.326倍(年率2.85%)、営業外収益の拡大によって経常利益は4.054倍(4.77%)へとそれぞれ拡大した。大企業の利益は拡大し、多額の現預金を積み上げているけれども、それによって日本経済は長期超低空飛行を余儀なくされているのである。

大企業の一人当たり売上高は1990年までは増加基調をたどっていたが、その後は概ね横ばい状態である。過去最高はリーマンショック直前の2008年第1四半期であり、いまだにこの生産性を抜くことはできずにいる。ITやAIが導入されているにもかかわらず、生産性が向上しない。あるいは大学進学率が59.1%(2024年度)まで高まっているが、こうした教育も生産性にまったく寄与していないのである。

営業利益・固定資本比率で収益率を表わすことにしよう。2024年第4四半期は1.66%である。1973年には5%程度の収益率であったが、バブルのピーク時には2.98%に低下しており、1992年には2%を割り込み、その後はほぼ1%台で推移しており、収益率は改善していない。

労働力不足と言われているが、過去30年以上、労働生産性が横ばい状態であることは、経営者の労働者の扱いや適材適者の配置などが実施されていないからではないか。非正規労働が37.7%(今年1月)も占めていることも生産性に悪影響しているのかもしれない。また、2015年1月の非農林雇用に占める65歳超雇用は7.8%の432万人であったが、2025年1月には11.1%の680万人へと増加している。このように65歳超の就労者が著しく増加していることも生産性に少なからず影響しているのではないだろうか。

終身雇用と年功序列賃金体系が1990年代に崩されてしまったことが、やる気を削いでしまい、そのことが労働生産性の低下の最大の原因ではないかと思う。終身雇用と年功序列賃金体系から実力主義への移行と労働生産性には密接な関係がありそうだ。欧米流の実力主義は日本には馴染まないのである。そもそも実力を測定することなどできないのだ。新自由主義の考えを咀嚼することなくそのまま鵜呑みにしてきた付が回ってきている。

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