米国が仕掛けたウクライナとロシアの戦争は結局、米国が手を引く形で停戦が実現されるのではないだろうか。すでに、戦争が始まってから3年経過したが、ウクライナの勝ち目はほぼゼロだ。勝ち目のない戦争を無理やり継続させれば、毎日、おびただしい数の死傷者が出るだけだ。制裁など広大な国土を持つロシアには効かない。米国と欧州が束になって挑んでもロシアに圧倒されている。欧米からの供給によって、ウクライナが兵器で勝ると考えられていたが、そのような状況には至っていないようだ。ロシアの兵器生産力が欧米を凌駕しているのかもしれない。食料とエネルギーを保有する国は強いことを思い知らされた。
米国のGDP統計によれば、2024年の米国防費は1.069兆ドル、3年前の2021年から17.7%増加している。同期間、名目GDPは23.2%、政府支出は18.7%それぞれ増加しており、国防費がGDPと政府支出の伸びをいずれも下回っている。しかも、ウクライナに巨額の軍事支援をしていながら、国防費は政府支出の伸びさえも下回っているのだ。2022年の国防費・GDP比率は3.6%と前年から0.2%p低下し、戦後では最低を更新した。2023年も3.6%、2024年は3.7%に上昇したが、それでも戦後2番目の低さである。ウクライナを軍事支援しながら、それでも相対的にみれば、国防費の伸びは抑えられているのである。
こうしたマクロの数字をみれば、米国は積極的に兵器生産に取り組んでいるとは考えにくい。あるいは、そもそも兵器生産を拡大することができないほど製造業は衰退しているのかもしれない。おそらく生産を拡大したいのだが、さまざまな制約があり、思うように生産できていないのだろう。
米鉱工業生産指数(IP、2017=100)をみれば、様子は異なる。今年1月の製造業は98.95であり、2017年の水準を下回っているが、1月の国防・宇宙生産指数は122.8とIPを大きく上回っている。2022年1月の104.98を底に拡大を続けており、2025年1月は122.8である。これまでの国防・宇宙生産指数の最高は2019年12月(116.7)であったが、2023年12月にこれを抜き、過去最高を更新している。過去最高を更新しつつあるが、今年1月は2019年12月よりも5.2%拡大しているだけだ。国防・宇宙生産指数のIPに占める割合は(1.77/100)と微々たるものであり、この分野が拡大したからといってIPに影響を及ぼすほどではない。それでもウクライナ戦争が始まってから、国防・宇宙生産指数は上昇し続けており、それなりにウクライナ支援に注力している姿勢が窺える。
今回の国防・宇宙生産指数の伸びは1980年代や2000年代の10年間の拡大に比べればその生産の伸びは小幅だと言える。一方、製造業受注のなかの国防航空機・同部品は2022年、前年比3.3%減、2023年11.9%、2024年3.7%減と言う具合にプラスは2023年だけであり、戦闘機等の生産を拡大する明確な意図は感じられない。国防資本財受注は2022年以降、3年連続のプラスであり、国防関連の設備投資は増強されている。
2月の米非農業部門雇用者は1億5,921万人、そのうち1,276万人が製造業で雇用されている。全体の8.0%にすぎない。20年前の2005年2月の製造業雇用は1,427万人、全体の10.7%を占めていた。過去20年間で非農業部門雇用は19.7%増加したが、製造業雇用は10.6%減と最大の減少部門であり、意外だが情報も3.4%減。他の部門はすべて増加しており、政府は2,361万人、8.6%増加し、割合は14.8%である。因みに、日本の製造業は今年1月、1,057万人、雇用者(役員を除く)の18.2%を占めている。米国はGDPで日本の約7倍の規模だが、製造業雇用では1.2倍の違いしかない。米国では、いかに製造業の人手が少ないかを示している。
1997年から2023年までの米製造業の生産額は1.84倍になったが、総産業の生産額は3.14倍に拡大した。実質では、同期間、製造業は1.11倍しか増加していない。これだけ製造業の力が相対的に落ちていることは、軍需関係の生産についても当てはまるのではないか。大砲や装甲車の生産を拡大したいのだが、設備も人も不足していて、生産が限界に達しているのだろう。
2023年の米製造業生産額は7.21兆ドル、2024年の米財輸出・輸入額は2.05兆ドル、3.26兆ドルであり、純輸出額は-9,088億ドルであった。財だけの純輸出額は-1.21兆ドルだが、これを改善することは容易ではない。輸出を増やすか、輸入を減らすかだが、1970年代半ば以降50年間も赤字が定着し、しかも赤字額は拡大した状態が続いているからだ。米国の製造業が繊維、自動車、半導体等で競争力を失ってきたこと、中国が2001年、WTOに加盟し、生産拠点を中国に移していったことが国内生産の空洞化に繋がった。いまさら、国内でものを作ると言っても工場はないし人もいないのである。ものの輸出入を等しくするには1.21兆ドルの赤字の解消を、いずれかの方法で図らなければならない。設備もなく人もいない、生産ノウハウもないという状況下で、そうした米国で競争力のある製品を作り出すことは不可能だ。そうであれば輸出によって赤字額の減少を図ることはできないということである。輸入を関税によって強制的に絞ったところで、国内で供給できないため、値段が高くなり、消費者の懐を痛めるだけである。
米国のウクライナ支援が途絶えることで、欧州は切羽詰まった状況に追いやられており、右往左往している。が、EUの鉱工業生産指数(IP、2021年=100)をみると、2023年2月(104.3)までは上昇していたが、そこをピークに生産は低下しており、2024年12月は97.7に落ち込んでいる。昨年12月のEUは前年比1.7%減、EUの盟主であるドイツは4.0%のマイナスである。なかでもEUの資本財は前年比-7.5%ものマイナスである。ウクライナ支援を強化するというが、実際、EUが結束したとしても兵器生産をさらに拡大することが可能なのだろうか。EUの大半は小国であり、兵器を生産する余裕などない。ドイツが兵器生産の核にならなければならないのだが、独実質GDPは2023年(-0.3%)、2024年(-0.2%)と2年連続のマイナスとなり、不況は深刻になっている。不況を打破するために、先週、5,000億ユーロのインフラ基金の創設などを打ち出した。兵器生産も不況策として注力していくのだろうか。しかし、米国の抜けた穴を埋めるには生産設備や人材の確保など種々の問題を解決しなければならない。兵器という特殊な生産システムを構築するには時間と資金が掛かる。今、大砲や戦車がほしいといわれてもどうすることもできないのだ。しかも、独10年債利回りは先週末2.83%に跳ね上がっており、資金調達コストは上昇、設備投資を難しくしている。ウクライナは停戦に応じる道しか残されていないのである。
世界銀行によれば、ウクライナの人口は1994年に前年を0.5%下回ってから、今に至るまで減少し続けている。戦争が始まった2022年には前年比-7.6%、2023年は-8.4%もの急激な減少に見舞われている。2022年と2023年の両年計の減少数は674万人になる。2024年は公表されていないが、もし300万人減少していたとすれば、総人口は3473万人となる。2021年から約1千万人もの人が戦争の犠牲になったり、国外へ脱出したりしてウクライナからいなくなったのだ。一方、ロシアの人口は2022年、前年比-0.4%、2023年-0.3%にとどまっており、2024年も同程度の減少を見込めば、2024年は2021年比で132万人の減少に収まっているだろう。ウクライナとロシアでこれだけの人口減の違いがロシアを有利に、ウクライナを不利にしている。戦争前に比べて人口が20%超も減少している現実に目を向けるならば、ウクライナの取るべき道は戦争の早期終結以外にはない。