債券利回りと食料価格の高騰

投稿者 曽我純, 2月24日 午前8:43, 2025年

10年債利回りは急上昇している。昨年末比で33.5bpの上昇であり、米国やイギリスの14bp、9bpのそれぞれの低下とは対照的である。独債は上昇しているが、それでも9bpにとどまっており、日本の上昇が図抜けている。先週末は2009年11月以来、15年4カ月ぶりの高い利回りとなり、株式や為替さらに不動産に影響を及ぼしている。

先週末、日米の利回り格差は昨年末比、48bp縮小していることから、円ドル相場は昨年末の157円87銭から先週末には149円29銭へと8円58銭の円高ドル安となった。米債利回りが4%台半ばで推移し、日本がさらに上昇することになれば、円高ドル安は継続することになろう。おそらく、FRBは政策金利を下げることはあっても、上げることはないはずだ。こうしたFRBへの期待も円ドル相場に影響している。

例え、関税が引き上げられたとしても、米国の個人消費支出(PCE)に占めるモノの支出は2024年、31.5%(因みに、日本は44.1%)であることから、関税が物価に及ぼす影響は大きなものではない。そして景気への影響も深刻なものとはならないだろう。もし、そのような懸念が生じることになれば、FRBは直ちに政策金利を大幅に引き下げると予想しているからだ。

2024年までの30年間の米名目GDPは年率4.73%で成長しており、こうした長期の観点から判断しても、4%台半ばの債券利回りは、実体経済に見合った居心地のよい水準だと言える。なかでも同期間PCEは年率4.89%とGDPを上回る伸びを見せており、特に、サービス支出は5.19%も拡大し、米国経済を牽引している。2024年のPCEに占めるサービスの割合は68.5%であり、1994年比5.5%p上昇している。こうしたサービスへの支出拡大傾向はこれからも続くと考えられることから、米国経済の基調は容易に腰折れすることはない。

トランプ大統領は政府効率化省(DOGE)のトップにイーロン・マスクを当て、歳出削減や省庁の改革に大鉈を振るっているが、GDP統計によれば、2024年の政府支出・GDP比率は17.1%と1953年の24.9%をピークに低下基調にあり、1953年以降では2023年に次ぐ小さな政府なのである。国防・GDP比率も朝鮮戦争の1953年には15.7%に跳ね上がったが、それ以降は低下しており、2024年は3.7%と2023年よりは0.1%p高いだけで、1953年以降では2番目の低い国防比率だ。こうした統計から言えることは、米国は小さな政府は実現されており、歳出の削減ではなく中身をどうするかを洗いなおす必要がある。もし経済が深刻な不況に陥ったとしても、米国は財政支出を思い切って拡大する余地が十分にあり、不況に対応する力が備わっていると言える。

一方、日本の2024年までの30年間の名目GDPは年率0.58%だった。家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)は0.57%とGDPをやや下回った。サービスも0.83%とモノの低迷を補うほど伸びなかった。家計最終消費支出に占めるサービスの割合は2024年、55.9%と1994年比1.6%pしか上昇していない。こうしたサービス支出の伸び悩みが日本経済の長期低迷の原因のひとつに挙げることができる。

こうした長期停滞下での債券利回りの急騰は、じわじわと実体経済にも響いてくるはずだ。年率0.58%の低成長でありながら、債券利回りは1.425%と0.845%pも債券利回りが上回っている。普通、これだけ格差があれば、資金需要は縮小していくはずだ。資金を借りても利益を上げることが難しいからだ。

今年1月の日銀券発行高は前年比-0.6%と前年割れは1年以上続いており、資金需要は細くなっている。超低金利の恩恵を受けていた不動産は住宅ローン金利の上昇によって、冷え込むことは避けられないだろう。1月末のプライム株式配当利回り(加重平均)は2.11%であり、債券利回りが2%に近づくことになれば、株式の優位性は失われることになる。

昨年第4四半期の日本の実質GDPは前期比0.7%と3四半期連続増である。ただ、家計最終消費支出は0.1%にとどまり、前期よりも0.8%p低下した。寄与度をみると民需は-0.1%と3四半期ぶりのマイナスになり、外需によって伸びたことがわかる。名目では前期比1.3%伸びたが、家計最終消費支出の伸びは0.3%と低く、寄与度は0.1%にすぎず、民需の0.2%に対して外需は0.9%と外需主導の成長であった。このように消費は低迷していながら、デフレーターは前年比2.8%と前期よりも0.4%p高くなり、物価高が消費意欲を鈍らせている。

1月の消費者物価指数(CPI)は前年比4.0%と3カ月連続の伸び率上昇となり、2023年1月以来の高い伸びとなった。CPI上昇の主因は食料の値上がりだ。食料の寄与度は2.2%p、その内訳は生鮮食品が0.97%p、生鮮食品を除く食料が1.24%pとなっており、食料をのぞけばCPIは前年比1.8%となる。日本のCPIの食料のウエイトは26.26%と米国13.691%の約2倍であり、食料のCPIへの影響は大きい(エネルギーのウエイトは日本7.12%p、米国6.216%pと大差ない)。食料価格が落ち着くかどうかが、CPIの行方を決める最大のポイントになる。

食料は毎日消費するためほかのものに比べて、その値上がりは日々痛感することになる。1月の生鮮食品を除く食料は前年比5.1%と昨年7月の2.6%を底に6カ月連続で上昇を強め、生鮮食品は21.9%、昨年10月の2.1%以降、急騰している。これは2004年11月以来20年2カ月ぶりという異例の上昇なのだ。

特に、米類の急騰は異常である。昨年10月、前年比58.9%と1971年以降のこれまでの最高であった1975年9月(49.5%)を抜き、その後、さらに勢いを増し、1月は前年比70.9%と過去54年間で最高を更新するという異例の事態となっている。米類だけでCPIを0.44%p引き上げているのだ。野菜もキャベツ192.5%、はくさい109.9%、レタス68.2%等葉物を中心に高騰している。

1971年以降、米類の価格高騰は5回経験しているが、そのうち4回は高騰後、マイナスに転じており、今回も今年か来年には落ち着くかもしれない。ただし、2024年の基幹的農業従事者(ふだん仕事として主に自営農業に従事した世帯員)は111.4万人(推計)と20年前の2004年の219.6万人の約半分に減少している。しかも、65歳以上が全体の7割を占めており、農業が存続できるかどうかの瀬戸際にきている。田の耕地面積も毎年減少しており、2024年は231.9万haとピークに近い1956年の約7割の水準である。

食料自給率が4割にも満たないというリスクを抱えていながら、農業従事者の減少などから先行きさらに自給率が落ちる可能性は高まっている。農業従事者と耕地の推移をみると米の生産を増やすことの難しさが浮き彫りになる。米の増産が容易ではないことになれば、これまでのように米価格は安定的ではなく、投機的になるだろう。米価格の変動が大きくなると他の作物にも波及することになり、国民の生活は苦しくなる。

今回の米の価格高騰は年に一度しか収穫できないという特殊性を突いた投機的操作(出し惜しみと買い占め)によるものかもしれない。そして、米は投機商品だということ、食は思っている以上に脆いことを思い知らされた。

高くなったとはいえ、毎日、食べ物を口に入れているが、いつ食が途絶えても不思議ではないのだ。そのような危うい状態にあるにもかかわらず、日本の農業政策はナイフエッジのような危険なところを渡っているのである。

米と生鮮食品の高騰が債券利回りを引き上げているように思う。食料高は需要を押し下げ、債券利回りの上昇も景気に下押し圧力を掛けることになる。日本経済は景気低迷下での物価高という事態に陥っている。2%のような物価目標を掲げていることによって、国内景気が沈んでいながら、日銀は政策金利を引き下げられないというジレンマに直面している。欧米に倣って政策目標を決めたことの弊害が表れている。日本は日本に適した政策目標を策定しなければ、日銀は身動きが取れなくなってしまう。まさに自縄自縛である。

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