FRBは政策金利を4.25%-4.50%に据え置いた。昨年12月の米CPIは前年比2.9%と上昇気味だし、同個人消費支出(PCE)物価指数も2.6%と3カ月連続で伸びは高くなっている。また、昨年第4四半期の名目GDPは前年比5.0%、実質2.5%それぞれ伸びており、米国経済は順調に拡大経路を歩んでいる。政策金利のFFレートはピークの5.25%-5.50%から1%p低下しているが、政策金利の高さとは関係なく米国は高い成長を続けており、金利を引き下げる要因はどこにも見当たらない。
今、米10年債の利回りはFFレートとだいたい同じレベルであり、リーマンショック以前の2006年、2007年あたりの水準に戻っている。その時も利回りはFFレートと同じくらいであった。FFレートの低下余地があまりないのであれば、10年債利回りも今のレベルからそれほど下がりはしない。
2024年までの10年間の名目GDPは年率5.18%、2014年までの10年間3.72%を大幅に上回った。これは新型コロナウイルスによる経済の急激な収縮拡大でインフレが加速したからである。2024年までの過去30年間では年率4.73%であり、突発的な景気攪乱要因が発生しなければ、米国経済はこの程度の成長は可能なのだ。債券利回りは、こうした長期経済成長率を中心に動くはずだ。
過去30年間の米CPIは年率2.51%であり、PCE物価指数は2.09%とCPIを下回り、FRBは後者を目標にしている。だが、金融政策で物価を制御することはできない。物価の変動は金融の変化によって起こっていないからだ。長期のCPIの変動を観察すると第1次、第2次の2回の世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、大恐慌、2度の石油危機、金融危機、新型コロナ等戦争や原油価格の急騰によってのみ高騰しただけであり、それ以外のときにはCPIは安定していた。
経済の拡大によって著しくCPIが上昇したことはないのだ。こうした非金融的現象で上昇した物価を金融操作で制御することはできない。政策金利はCPIの動きに従って上げ下げしているだけで、そうした操作があたかも物価を抑制したかのようにみられているが、金融政策はCPIに追随しているだけなのだ。
貨幣需要が増加するのは実体経済が活発になるときである。そうでない日本のようにほとんど停滞している経済では、貨幣需要は生まれてこない。金利をゼロにしても貨幣需要は起こらなかったし、経済も物価も無反応であった。貨幣は血液に例えられるが、身体の成長に伴って血液も増加するけれども成人になれば、血液の量は一定になる。身体を運動等によって激しく使うときには血液の循環が速くなる。同様に、貨幣も経済活動が活発になれば、その循環は速度を増すだろう。貨幣を経済社会に注入することは通常できない。大怪我をし出血がひどいときには輸血が必要だが、経済も同じような状態になれば輸血しなければならない。そのような事態が起こることはめったにない。
FRBは金融操作によって、貨幣量を増やしたり減らしたりすることができるのだと想定しているのだ。現代社会では家計も企業も金利によって行動を大きく変えない。変えなくても対応できるからだ。変わるのは株式などの金融部門と不動産だけである。こうした部門は金利に敏感に動くが、株式などは商いが盛んになったからといって実体経済に影響するのではない。株式という一部門での出来事に過ぎないのである。米株は過去最高値を更新する活況だが、はたして実体経済にどれほどのプラス効果が生まれているのか、はなはだ疑問である。博打場が孤立しているのと同様に、株式も社会から孤立しているところなのだ。
昨年第4四半期の米名目GDPは前年比5.0%増加し、前期と同じ伸び率だった。だが、PCEは5.7%と前期より伸びは拡大し、成長を牽引した。PCEが堅調なのは賃金・報酬のほかに不動産収入や「政府から家計への移転所得」などによって個人所得が伸びたからだ。
2024年までの10年間の個人所得は年率5.26%の伸びだが、雇用者報酬は4.98%にとどまっている。雇用者報酬の個人所得に占める割合は1980年には約70%だったが、2021年には58.6%に低下、2024年は60.9%へとやや高くなっているが、傾向としては低下しつつある。個人所得には雇用者報酬のほか不動産収入、個人事業収入、金融収入、「政府から家計への移転所得」から成り立っている。なかでも個人所得の18.4%を占める「政府から家計への移転所得」は伸びが高く、過去10年間、年率5.97%で拡大した。「政府から家計への移転所得」の割合は1980年の12.0%から新型コロナにより支出が急増した2021年には21.7%に上昇した。2024年には18.4%へと低下しているが、それでも1980年よりも6.4%pも高い。
2024年の金融資産からの所得(利子・配当)は3.94兆ドル、個人所得の16.0%を占めている。だが、この割合のピークは1989年の20.8%であり、2010年には13.9%まで低下した。その後は幾分割合を高めているが、1980年代に比べれば低いままだ。1980年代の株価は大幅に上昇しているが、2024年までの過去30年間の伸びも高く、個人所得に占める金融所得の割合は高くなってもよさそうに思う。
それにしても過去10年、個人所得の伸びを引き上げていたのは、雇用者報酬以外の所得だったこと、なかでも雇用者報酬の次の18.4%を占める「政府から家計への移転所得」の個人所得への寄与が大きい点は意外である。PCEが高い伸びを持続可能にしたのは「政府から家計への移転所得」の存在が大きい。
米個人所得に占める個人所得税の比率は1980年12.9%だったが、2024年は12.3%とほぼ同じだ。その間、2000年の14.3%から2009年には9.6%へと低下しているが、これは景気変動によるものだ。また1980年の消費性向は86.5%だったが、2005年には94.0%まで上昇した。金融危機により消費者心理は悪化し、2012年は89.0%に低下し、その後は回復したものの、新型コロナで急速に購買意欲は落ち込み、2020年には81.9%に急低下し、2024年は91.5%である。それでも消費性向が90%を超え、経済の発展に伴い消費性向が低下しないことが、米国経済の成長を持続させている。
米国は消費社会である。1947年以降のGDP統計によれば、PCE・GDP比率は1967年の58.9%を最低に2011年の68.6%まで上昇し続けた。新型コロナで2020年66.6%まで低下したが、2024年は67.9%である。民間設備投資・GDP比率は1981年の14.7%まで上昇していたが、不況時には低下したものの、2012年以降は13%台を維持しており、2024年は13.8%である。2024年のPCEに民間設備投資を加えた割合は81.7%であり、米国経済は民間部門が強いことから、政府支出・GDP比率は長期的に低下傾向を示している。1947年以降の統計では1947年の15.9%が最低だが、1953年には24.9%へと急激に上昇し、その後は低下し続け、2023年17.0%、2024年17.1%といったように政府部門の縮小が起こっている。
資本主義経済が発達すれば、消費性向が低下、需要不足が生じ、経済が行き詰まると言われている。だが、米国経済にはそのような考えは通用しない。経済が拡大しても消費が旺盛であり、需要不足が起こらないからだ。
消費需要を牽引しているのはモノではなくサービスだ。家計は所得の増加に伴いモノよりもサービス関連により多く注ぎ込んでいる。本来、家計で行うことを企業が手掛け、その規模は拡大の一途をたどっている。食事、掃除、子供やペットの世話、介護等々のサービスを企業に任せた。女性の社会進出に伴いそのようなサービスは飛躍的に拡大し、今も企業は新たな家庭向けサービスを掘り起こしているのだ。モノよりもサービスへの支出拡大によって、米国の消費は高い伸びを持続し、消費性向を高い状態に維持し、高い経済成長を続けているのである。