トランプ大統領の悪政が米株式バブル崩壊の引き金になるか

投稿者 曽我純, 1月27日 午前8:49, 2025年

バイデン大統領も酷かったが、タレント振舞いのトランプ大統領もとても大統領などの地位に就く人物ではない。大統領の人間性をみれば、米国は「黄昏期」を迎えている。不動産屋では米大統領は務まらない。オーバーなジェスチャーと下品な発言で注目を集めることだけを狙っている。中身は何もない。このような男と付き合うのは、まっぴらごめんだと思っている世界の指導者は多いはずだ。できるだけ無視し、付き合わないほうが良い。世界政治からトランプを孤立させ、米国を行き詰まる方向へもっていくのだ。

国内で生産するよりも人件費の安い海外生産への生産シフトが米国の空洞化を招いた。自ら進んで海外生産を拡大していながら、国内の労働や仕事を奪ったなどと言えたものではない。海外に進出したとき、米国企業は多くの労働者の首切りをしたではないか。ラストベルトにしたのは米国政府と米国企業なのだ。

利益の拡大を図るために中国などに、生産拠点をどんどん移した。利益至上市場経済であれば、利益だけを求めてより最適な生産拠点を選ぶが、米国企業もその法則に則って海外へ出て行った。その結果、自国での生産量は落ち、増大する需要に輸入で対応せざるを得なくなった。

関税率を引き上げ、米国での生産を促すと言うが、事はそう簡単ではない。関税率を引き上げれば、直ちに輸入品の価格は高くなる。価格が上がれば、需要は減退、景気は減速するだろう。減税によって、関税による落ち込み需要を相殺するのだというけれども、価格の上昇は金利を引き上げ、景気にマイナスに作用することになる。また、減税は税収減となるので国債の増発を余儀なくさせ、国債利回りの上昇を引き起こし、株式を揺すぶることになるかもしれない。

米国に資本投下し生産するまでには数年掛かる。しかも資本は調達できても労働力が確保できなければ生産することはできない。昨年12月の米失業率は4.1%と歴史的にもかなり低い水準にあり、ほぼ完全雇用の状態にある。特に、大学卒の学歴の高い層は2.4%に低下しており、そうした人材を確保することは難しくなっている。労働力の観点からは国内生産はすでに限界点近くに達していると言える。米国内で生産を拡大することはもはや不可能なのである。一から生産を始めることになれば、輸入品のような低価格では製造できず、しかも品質は劣り、勝負にならない。

Bureau of Economic Analysis(BEA)によれば、2023年の米国の総生産高(GO)は48.3兆ドルだった(名目GDPは27.7兆ドル)。製造業は7.2兆円、全体の14.9%にすぎない。統計を遡ることができる1997年の構成比率25.3%と比べると製造業の地位は大きく後退している。GDPとGO(GDP+中間投入物)はほぼ同じように動くので製造業の米国経済への影響力は低下し続けていることになる。

1997年から2023年までにGOは3.14倍に拡大したが、製造業は1.84倍にとどまっている。製造業のなかで耐久財は2023年までの26年間で1.63倍とGOの半分程度の伸びとなっている。そのうちコンピューター・電子製品は0.89倍と減少しているほか、自動車、機械、家具など軒並み衰退しており、そもそも製造業が拡大できる生産基盤は米国にはないのである。非耐久財もテキスタイル、アパレル、印刷物等の生産は大幅に落ち込んでおり、これらはほとんど輸入に頼っているのだ。ハイテク製品から衣料品まで輸入が途絶えることになれば、米国の生活はすぐに行き詰まってしまうことになる。

過去26年間に米国の産業構造は変わってしまった。過去26年間で伸びが高いのは専門的サービス業(法務、コンピューター・システム・デザイン等)の4.14倍、ヘルスケア4.02倍、不動産3.94倍、卸売3.8倍、金融・保険3.76倍などの業種であり、このような専門的な産業が拡大しなければ米国経済の成長は減速することになる。賃金の面からも高度な専門職ほど高収入が得られるので、そうした部門に人材は集まることになる。AIがますます幅を利かす世界では米製造業は復活するのではなく、さらに相対的に規模は縮小していくはずだ。トランプ大統領が想定している世界とは正反対のことが起こるだろう。

2023年の米製造業GOは7.21兆ドル、同年の米国のモノ輸入額は3.1兆ドルであり、そのうち消費財7,577億ドル、これに自動車4,581億ドルを加えると1.21兆ドルになる。モノ輸入額は製造業GOの43%、消費財+自動車だけでも16.8%を占める。米国の自動車等のGOは7,771億ドルであり自国生産の半分以上を輸入に頼っているのだ。消費財と自動車の輸入額に20%の関税を課すと年2,420億ドルの負担が生じることになる。非農業部門雇用者一人当たりでは年1,516ドルの負担だ。消費税のように貧困層にも富裕層にも万遍に負担が生じるため貧困層には打撃となる。トランプ大統領の基本政策は弱肉強食であり、所得・資産格差をさらに拡大させることなのだ。関税で低所得者層の消費意欲を削ぎ、規制緩和と減税で企業収益を引き上げ、企業経営者の報酬増を目論んでいる。

2024年第3四半期までの過去10年間の米名目GDPは年率5.13%であった。2014年第3四半期までの10年間は3.76%であり、直近10年の米国経済はかなり好調であったと言える。実質についても直近の10年間は2.42%、その前の10年間1.72%を0.7%pも上回っており、歴史的にみても直近10年間はすばらしい時代であったと言えるだろう。

これほどの好景気を持続しているにもかかわらず、トランプ大統領は米国経済を成長経路から逸脱させるような政策を進めようとしている。関税は米国経済の主力エンジンである個人消費を傷つけ、減税は企業を太らせるだけだ。直近10年間の成長を主導したのは個人消費支出(PCE)だった。PCEは名目GDPよりも高い伸びとなり、高い経済成長を実現できたのである。このPCEを可能にしたのは言うまでもなく可処分所得であり、これも名目GDPを上回る伸びであった。賃金が伸び、可処分所得が増加することによってのみ、米国経済は高い成長を遂げることができるのだ。所得格差が大きいのだが、賃金の伸びが高いことが、全体の消費意欲を高め底上げしているのだろう。

米株式はS&P500が過去最高値を更新するなど高値圏にある。FRBによれば、昨年9月末の米株式価額は91.7兆ドル、過去10年間で2.58倍になり、名目GDPの1.64倍を大幅に上回った。2014年9月末までの10年間の1.77倍を大きく上回り、直近10年間の株式価額の伸びは異常だった。昨年9月の株式価額・名目GDP比は3.12倍と2022年3月以来2年半ぶりの3倍超えとなった。1951年からの統計で3倍超は2022年3月までの5四半期でみられるだけであり、極めて稀な現象なのである。株式が実体経済からいかに乖離しているかをはっきり表している。

第2次石油危機をピークに米10年債利回りは長期低下基調にあり、これが株式を高みへと持ち上げた。2020年6月、10年債利回りは過去にない0.65%まで低下した。直近10年間の名目GDPが年率5.13%で成長していながら1%を大幅に下回る利回りは異常としか言えない。これはFRBが新型コロナに惑わされ、実体経済を無視したゼロ金利の継続によって引き起こされた。だが、今の10年債利回りは4.62%であり、正常な水準にほぼ戻ってきている。長期の名目経済成長率が5%程度の水準を維持できるという見通しであれば、10年債利回りも5%前後で推移するだろう。現状、S&P500の株式配当利回りは1.24%だが、10年債利回り4.62%であり、国債が3.38%p上回っている。これだけ格差が生じていれば、国債が選好されるだろう。

国債利回りが株式配当利回りを大幅に上回っているにもかかわらず、株式が過去最高値を更新することは、米株はバブルだということだ。米名目GDPの世界GDPに占める割合は26.2%だが、米株式価額の世界に占める割合は約7割であり、これからも米株が異常な値を付けていることが分かる。

米株式価額91.7兆ドルが弾けることになれば、何が起きるかわからない。実体経済ではなく期待で動いているため、予測はつかない。株式が暴落することになれば、27.5兆ドルの米国債も無傷のままではいられない。計119.2兆ドルもの米金融資産の変動は計り知れない衝撃を金融市場だけでなく世界経済にも与えるだろう。トランプ大統領の悪政が株式バブル崩壊の引き金になる可能性は大きい。

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