日銀は23日~24日、金融政策決定会合を開く(FOMCは1月28-29日)。すでに昨年末から利上げ観測が強まり、10物国債利回りは1.25%まで上昇している。昨年12月20日、11月のCPIが公表されたが、生鮮食品を除くCPIは前年比2.7%と前月よりも0.4%pも高くなった。総合は2.9%、前月比0.6%p上昇したが、12月の東京都区部CPIは3.0%に上昇しており、12月の全国CPIは一段の上昇が避けられない。しかも円安の進行とWTIの上昇によってCPIは押し上げられる状況にある。
日銀の2%物価目標をCPIは今も上回っているが、先行きさらに双方の乖離幅は広がりそうである。目標を超えている現実を直視するならば、利上げに、なにの躊躇もないはずだ。生鮮食品を除くCPIは2022年4月、前年比2.1%と2%を超えてから、それ以降2年7カ月もの間2%超の状態にある。それでも日銀が重い腰を上げ、マイナス金利を解除したのは2024年3月であり、解除したとは言え0~0.1%、これでは利上げにはならない。よほど金融政策に自信がないとみえる。同7月、0.25%に引き上げ、やっと金利の世界が戻ってきたのである。
実体経済をみると昨年第3四半期の名目GDPは前年比2.9%伸びている。また、昨年11月の失業率は2.5%と低く、完全雇用状態にある(米国の失業率は昨年12月4.1%、ユーロ圏は11月6.3%)。『短観』によれば、昨年12月の雇用人員判断の不足超は1991年以来の水準であり、労働力不足は深刻さを増している。だが、政策金利は0.25%であり、国債利回りは1.2%なのである。株式配当利回りは2.29%(プライム単純平均、2024年11月)とGDPの伸びを下回っているが、政策金利を大幅に上回っており、株式が選好されやすい環境にある。株式配当利回りは金融機関の預金金利よりもはるかに高く、利息と配当との格差は拡大したままだ。
目標とする2%超の状態が常態化しているにもかかわらず、依然0.25%という利息が付くかどうか、わからないような超低金利をよくも続けられるものだと思う。優柔不断で意思決定力に欠ける政策委員会の体質が見て取れる。
『毎月勤労統計』によれば、昨年11月の現金給与総額は前年比3.0%増とプラスを維持しているが、実質では-0.3%と4カ月連続のマイナスだ。賃金が物価の伸びに追いつかないのだ。生産や販売に労働者を雇えばコストは増加する。だが、追加労働者が生み出す生産なりサービスの生産性は必ずしも高くはない。コストはかかるけれども生産物の量・質は伴わず、価格は上昇しやすい。
労働が超過不足であり、労働需要が供給を大幅に上回っていれば、競争条件下では賃金は上がるのだが、思うように上がっていない。労働需給だけでは賃金は決まらないのだ。むしろ労使の力関係が賃金を決定する最大の要因と言える。今は、労働組合が無きに等しく、経営者の独裁体制が賃上げを封殺し、利益至上主義の企業行動が賃上げを阻止してきた。だが、結局、賃金抑制によって作ったモノが売れなくなり、自分で自分の首を絞めることになり、経済の長期停滞を招くことになった。
『労働力調査』によると、昨年11月の雇用者(役員を除く)は5,827万人、そのうち正規の職員・従業員は3,675万人(割合63.1%)、非正規は2,152万人(36.9%)である。『毎月勤労統計』から一般労働者とパートタイム労働者のそれぞれの月間現金給与総額(昨年11月)をみると前者は39.2万円、後者は11.2万円である。パートタイム労働者の賃金は一般労働者の28.6%に過ぎない。一般労働者を正規、パートタイム労働者を非正規と見做せば、後者は前者の賃金総額の16.7%へとさらに少なくなる。2022年以降、パートタイム労働者が一般労働者の賃金の伸びを上回っているが、賃金総額に占めるパートタイム労働者の割合が低いためその寄与度は11月、0.5%pにとどまっている。
総雇用者の36.9%を占める非正規の賃金を大幅に引き上げなければ全体の賃金は伸びないのである。正規労働者はすでに相当な賃金を得ており、しかも非正規の低賃金で高賃金が成り立っているのだ。正規もそうだが、非正規の労働組合は貧弱であり、非正規の労働組合を作り、賃上げの運動をしなければ、現状を打開することはできない。
日本企業は女性雇用と非正規雇用の拡大、つまり低賃金労働者の雇用でコストを抑え、利益を上げてきたのだ。2024年11月までの約12年間に正規雇用者は9.9%増だが、非正規雇用者は17.8%も増加している。一方、1967年から2023年までの男女の雇用の増加数をみると男性の1,212万人増に対して女性は1,779万人も増加している。その結果、総雇用に占める女性の割合は1967年の32.7%から2023年には46.0%に上昇した。正規雇用でも男女間の賃金格差が大きく、しかも女性は非正規が52.%(2024年11月)と高いことも賃金総額の抑制に結びついている。男性についても2024年11月までの約12年間で正規雇用は2.1%増とほとんど横ばい状態である半面、非正規は21.4%も増加しており、企業はいかに労働コストを抑えるかということに躍起になっているのである。
日本企業の生産性の低さが企業や日本経済の弱体化の原因になっているのではないか。IMFによれば、一人当たりの名目GDP(per capita,U.S.dollars)はG7のなかでは、2022年にイタリアに抜かれ最下位になり、2023年のper capitaはさらに減少した。円安ドル高の影響による減少が日本のper capita低迷の主因だが、長期的観点からとらえても、長期低迷は為替要因だけでは説明しきれない。1980年以降の統計では、1995年までは日本のper capitaは右肩上がりであったが、その後金融危機などで低迷した。2012年にかけて回復しつつあったが、第2次安倍政権と日銀による異例の金融緩和策が講じられたが、per capitaは減少していった。2023年のG7のper capitaの順位は1位米国、2位カナダ、3位ドイツ、4位イギリス、5位フランス、6位イタリア、7位日本となっており、日本は米国のper capitaの41%にすぎない。実質per capita(購買力平価、2021年international dollar)ではどうだろうか。これでみると、1980年以降のほぼ全期間、日本のper capitaはG7で最低であった。
『法人企業統計』の一人当たり売上高(資本金10億円以上の大企業)は1960年度から1990年度までは増加し続けていたが、その後はほぼ横ばいと言ってよい状態である。2023年度は増加したが、2007年度、2006年度に続く過去3番目である。製造業は2007年度まで増加していたが、非製造業は1984年度をピークに減少傾向にあり、2023年度までの2年間は回復したものの、2023年度の一人当たり売上高は1984年度の約7割といった低水準なのである。
この非製造業の超低生産性が日本経済の足を引っ張っていることは間違いない。日本は製造業のように目に見える具体的な製品作りには強いが、目に見えない抽象的な分野は弱いのである。ITやAIといった情報産業の比重がハードからソフトに移るにつれて日本は先頭集団から脱落していった。この非製造業の低生産性を改善しなければ、日本経済は浮上しないのだ。
最近、岡部伸の『消えたヤルタ密約緊急電-情報士官小野寺信の孤独な戦い』(新潮選書、2012年)を読んでいるが、近代史上最大級の「ヤルタ密約」を即入手し、本国に打電したにもかかわらず、どこかで握りつぶされてしまったという内容だが、これを読んで、日本では未だに重要情報が途中で握りつぶされトップに届かないことが、しばしば起こっているのではないか、という疑念を起こさせた。届いたとしてもトップがそれを理解することができなければその情報は死んでしまうことになる。トップの知識・見識が問われるのだが、そうした然るべき人がトップに就けばよいのだが、必ずしもすぐれた人がトップにつくとは限らない。
それにしても企業や経営者は自らに都合の良い情報には飛びつくけれども、都合の悪い情報には目もくれないのではないか。あるいは部下が情報を入手し報告したとしても、会社にとって悪い情報は削除させたり、書き直しを命じることで、情報は当たり障りのない無味乾燥な内容にしてしまう。社長の顔色を窺ったり、忖度しながら情報を伝えているようでは、そうした企業は破綻の道を進んでいることになる。トップが状況を正しく判断できる人間であり、そこに情報が常に確実に届く組織を構築することが、企業が危機を回避できる最善の方法ではないか。非製造業の低生産性は、情報の伝達が速やかに行われ、受け手がその情報の価値を正しく判断できる能力を備えているかどうか、ということも関係しているように思う。