バイデン大統領は1月3日、日本製鉄によるUSスチールの買収計画に禁止命令を出した。鉄鋼メーカーが海外企業に買収されれば、「安全保障上の懸念」が生じるからだと言う。同日、USスチールのブリットCEOはバイデン大統領の買収計画阻止について「恥ずべき、腐敗したものだ」と激しく批判した。事あるごとに日米同盟の強化を主張していながら、時価総額73.8億ドルの企業が日本企業の傘下に入ることは容認できないのだ。
資本主義経済を自認しながら、このような強権的な手段に訴えることに、自由で開かれた社会を目指すと口癖のように唱えていることに、矛盾を感じないのだろうか。これでは中国と変わらない。米国はその時々の都合に合わせて、資本主義と共産主義を使分ける無分別な国家と言えるだろう。
過去の歴史を振りかえれば、米国は一部の富裕層と大企業には住みやすく、その他は住みにくい社会なのである。社会の仕組みは富裕者と大企業によって作られているため、資本主義経済のルール、失敗すれば退場することが彼らには適用されず、いざという時には国家が面倒をみてくれるからだ。だが、一般大衆には資本主義の弱肉強食が適用され、這い上がれない者は裏ぶれることになる。富裕者は自らが富むような仕掛けを経済社会に組み込んでいるため彼らの富は天文学的となる。富・所得格差はべらぼうに広がり、怨念や喪失感が社会に蔓延し、社会の安定性、健全性や信頼性は失われている。
買収されると安全保障に差しさわりが生じるという屁理屈を捏ねるなら、米国の3.1兆ドル(2023年)もの巨額なモノの輸入や1.44兆ドル(2023年、imaa)ものM&Aをいかに説明するのだろうか。「安全保障上の懸念」を持ち出すならば、これほどの輸入やM&Aは容認できないはずだ。
輸入について、ひとつ言っておかねばならないことがある。それは米国の原発(商業炉)で使用される濃縮ウランのうちその購入量の27%(2023年)がロシア産(ロシアの濃縮ウラン世界シェアは44%(2022年))だと言うことである。これだけ戦争を煽り、制裁を加えながらロシアから濃縮ウランを購入しているのだ。ロシアからの濃縮ウランが途絶えれば、米国の原発の多くが稼働不能になるからだ。これこそ国家安全保障上由々しき問題ではないか。米国はこれほどの重大な問題を棚に上げ、日本製鉄のささやかな買収を阻止するという暴挙に出た。これが同盟国に取るべき態度なのだろうか。そうであれば即刻、同盟関係を解消すべきだ。バイデン大統領が最終場面で取ってきたさまざまな措置は、まさに晩節を汚すものとなった。
欧州もロシアからの濃縮ウランに依存しており、ロシアの原子力産業に今もって制裁を課せないでいる。特に、原発大国のフランスはロシアからの濃縮ウランの供給を受けているだけでなく、フランス国営電力会社(EDF)はロシア・ロスアトムと深い関係にある。また、カナダ企業「ウラニウム・ワン」はカザフスタン企業「カザトムプロム」と共同して、ウランを生産しているが、「ウラニウム・ワン」はロシア・ロスアトムの支配下にあるのだ。カザフスタンは世界最大のウラン生産国(2022年の世界シェア43%)であり、その多くがロシアに供給されているようだ。
EUは2022年4月、石炭、同12月、海上輸送による原油、2023年2月、石油製品をそれぞれ禁輸としロシア産を締め出したが、天然ガスについては全面禁輸に踏み切れていない。濃縮ウランは従来通りロシアに全面的に依存している。EUはエネルギーについてはロシアと不可分の関係にあり、完全にロシアからの輸入を断ち切ることはできないのだ。EU首脳のロシアにたいする思いは口と腹では違うのだが、それにはエネルギーが大きく関わっているからだ。
1月10日、バイデン政権はロシアの石油・天然ガス産業を締め付けるために制裁措置を発動した。石油の生産から流通に至るすべての段階で制裁を課すようだが、これまでの制裁の経緯をみれば、効果が表れるかどうかは疑問だ。これまでの制裁で欧州向けは減少したが、中国やインドへの輸出が大幅に伸びており、制裁はしり抜けになっている。石油や天然ガスはいくらでも買い手がおり、価格で譲歩すれば、容易に捌ける。バイデン大統領の最後の足掻きなのか。
WTIは70ドル台半ばまで上昇し、CRBは300を超え、2022年6月以来2年半ぶりの高値を付けるなど資源輸出国にとっては追い風が吹いている。資源大国のロシアは値引きしてもおつりが来るだろう。他方、資源輸入国にとっては、原材料価格の上昇はCPIを引き上げることになる。米国のCPIは昨年11月、前年比2.7%と9月の2.4%から2カ月連続して伸びは高くなった。11月の日本のCPIも前年比2.9%、前月よりも0.6%pも高い。WTIが高値を維持すれば、金融緩和ではなく金融引き締めに金融政策を180度変えなくてはならなくなる。米10債利回りは4%台後半まで上昇しており、株式の魅力は急速に失われてきた。
CRBは新型コロナで急落したが、直ぐに反発し、景気の回復に伴い商品市況の勢いは持続していた。そこへロシアのウクライナ侵攻が加わり、CRBはさらに上昇、一旦ピークを付けたもののガザ紛争によって再び上昇している。両戦争によって商品市況は高値を維持し、ロシアの懐を潤しているのだ。ウクライナとイスラエルの行方は後ろ盾米国の胸ひとつで決まる。米国は兵器等を供給するだけで痛くもかゆくもなく、戦争が持続すれば、それだけ軍需産業が潤い、延いては米国経済の拡大にもつながる。事実、実質GDPは2022年第2四半期以降、高い伸びを続けているが、それには戦争による特需の発生が寄与しているからだ。米国は戦争によって漁夫の利を得ていることから、本音は戦争の早期終結ではなく、だらだらと続くことを望んでいるのではないだろうか。
昨年5月、バイデン大統領はやっとロシア産ウラン輸入禁止法に署名、ロシア産濃縮ウランの輸入禁止に踏み切った。が、2028年1月1日まではエネルギー省が免除手続きをすれば、輸入可能なのであり、今でも輸入しているのだ。ウクライナに巨額の武器を供給し、代理戦争をさせながら、濃縮ウランをロシアから調達するという米国、あまりにも矛盾した行動ではないか(ロイターによれば、米国のロシア産濃縮ウランの輸入禁止に対して、昨年11月、ロシアは米国への報復として濃縮ウランの輸出を禁止した)。
このような国と同盟関係を強くすれば、米国のおもちゃにされるだけである。日本をまともな国にするには米国との同盟関係を強くするのではなく、限りなく弱くし、最終的には同盟関係を断たなければならない。その時に初めて、日本は独自の路線を作り上げていくことができるのである。
戦後、繊維、自動車、半導体と米国から難癖をつけられ輸出規制等を余儀なくされてきたが、非関税障壁でねじ込まれ、米国の言いなりに規制緩和をしてきた。3公社5現業の解体ではまず日本電信電話公社民営化が1985年、国鉄分割民営化が1987年に行われた。労働者派遣法が1985年に制定され、1990年代に非正規労働者が急増することになる。民営化、自由化すれば経済は上手くいくというリバタリアンの主張に乗ってこれらは解体されてしまった。
1990年以降の日本経済の不振はバブル崩壊によるとの見方が大半を占めるけれども1980年代半ばに成し遂げられた規制緩和の旗印の下で推進された一連の民営化、自由化が下地になっていたことを忘れてはいけない。
日本社会とは異質な米国流の民営化、自由化の導入が日本の終身雇用、年功序列といった長年にわたって培われた制度の否定となり、その混乱・弊害はいまだに解消されていない。民営化、自由化がなかなか日本社会に馴染まないことが仕事にも悪影響しているのではないだろうか。規制緩和による弊害を抜きにして、日本経済のこれほどの不振は説明できない。
IMFのドルベースによる日本の名目GDPを対世界GDP比でみると驚くほど日本の世界シェアは低下している。1994年の世界シェア17.8%を最高にその後は低下の一途をたどり、2023年は4.0%へと世界経済のなかでの存在感は薄れてしまった。こうした日本経済の極端な地位低下はバブル崩壊だけではとても説明しきれない。因みに、G7の世界シェアも低下し続けている。1986年の68.2%を最高に、2023年には44.8%へと低下しており、それだけG7の発言力も低下しているのだ。
欧米の個人主義とは異なる集団主義を重んじる日本では、終身雇用と年功序列賃金が会社への帰属意識を強め、仕事が円滑に進んでいく礎だった。それが、欧米流に実力主義、能力に応じてとなるとうまく機能しなくなり、ぎすぎすした雰囲気になるのは至極当然である。実力・能力主義は人間の能力を正当に測ることができるという前提で成り立つのだが、とうてい正確に測定できるものではない。そうであれば日本流の終身雇用、年功序列は人事に金と時間を取られることのない優れた制度ではないだろうか。
米国によって弱体化された日本を復位させるには、まずは米国の要求には応じないことだ。戦争を嗾けておきながら戦略物資である濃縮ウランを敵から購入するという行為を平然と行う国との同盟は危険が大きすぎる。
再登場するトランプは有罪評決を受けながら就任する初の大統領だ。言うなれば、「ならず者」が大統領になるということなのだ。閣僚にはリバタリアンが多く、富裕層や大企業がさらに富を築くことができる社会になり、富・所得格差は一層拡大するだろう。無能な政治家たちによって、日本もそうした路線に引きずり込まれているが、このままいけば「ウクライナ」の二の舞になり兼ねない。石破政権はトランプの圧力にどこまで耐えられるだろうか。
参考文献 高橋雅英「世界への影響力を保つロシアの原子力産業:なぜ欧州は制裁できないのか?」2023年5月、「制裁下におけるロシア産エネルギーの行方」2024年2月、笹川平和財団