ドルは強い。実効相場も過去最高値圏にある。対ユーロでは2008年7月、対円は2011年10月を底にそれぞれ上昇に転じており、以降、ドルは上昇基調を維持している。ドル実効相場も2011年9月に底打ちし、下押し局面を経験しながらも、基本的には値上がり基調にある。ドルが弱くなるのは、例えばリーマンショック時のように、米国経済が不況に陥ったときに限られている。米国経済が順調に歩んでいる状態ではドルは強いのだ。何故か。答えは極めてシンプル、米国の経済成長率が他の主要国よりも高いからである。1993年から2023年までの30年間の実質GDP成長率は米国の年率2.53%に対して、日本0.77%、ドイツ1.26%、イギリス1.93%と米国が群を抜いている。これだけの成長格差があれば、当然、米国の期待収益率はより高くなるだろうし、それを反映して債券利回りも高くなるはずだ。マネーは期待収益率の低いところから高いところへ流れることから、円やユーロからドルへの資産シフトが進行しているのである。
過去30年間の米GDP成長が、向こう30年間続くのであれば、ドルはますます強くなる。果たしてそのように米国経済が推移するか、どうかはだれもわからない。ただ、ひとつ言えることは、前号で指摘したように、米株はバブル状態にあると言うことだ。もし、そのバブルが弾けることになれば、なにしろ90兆ドルを超える巨大資産であることから、例え3割下落しただけで、27兆ドル(4,050兆円、1ドル=150円)が吹き飛んでしまう。このショックは半端なものではなく、衝撃は世界中の株式、債券、為替、商品に瞬く間に伝播することは間違いない。
仮想通貨ビットコインは10万ドルを突破したと騒がれているが、ナスダック総合に連動しており、ナスダック総合がビットコインを牽引しているといえる。ナスダック総合が値上がりしすぎていることから、ビットコインに触手を伸ばしているだけだ。米株が崩壊すればビットコインはもとより仮想通貨全体が打ちのめされるだろう。
仮想通貨が次から次へと編み出されているが、このようなことがさらに普及することは賭場が増えることと同じだ。米株式が行き詰まってきていることの代替装置として繁栄しているだけなのだ。信用の裏付けがない通貨もどきのものに目がくらみ、それが暴騰するという異常な状態にある。
米株はドル資産であることから、米株の崩落はドル売りの加速となり、しかも他通貨よりもドルがより多く売られることになるため、ドルは急落するだろう。米株は暴落するけれどもその売却代金の一部は米債へ向かうはずだ。株式の崩壊は米国経済を不況へと突き落とし、期待収益率は極度に悪化することになり、米債の利回りは急低下することになる。
こうした米株暴落の事態が回避されれば、米国経済の強みは維持され、ドルはより強くなるだろう。2006年から2023年までの17年間にドル実効相場は24.1%上昇した半面、円実効相場は9%下落した。それではドル高の原因、米国経済の強みを探ることにしよう。経済の原動力は消費と設備投資である。消費が強ければ、企業はそれに応えるために設備投資に打って出るだろう。設備投資が盛んになれば、乗数効果が働き、経済はより活力を増すことになる。2023年までの30年間、米国の民間設備投資は名目4.79倍(年率5.36%)に拡大した一方、日本は1.18倍(同0.56%)にとどまった。民間設備投資にこれだけの格差があれば、経済成長率に違いが出てくるのは当然だ。過去30年間の名目米GDP成長率は年率4.76%だったが、そのうち個人消費支出4.92%、民間設備投資5.36%といずれもGDPの伸びを上回り、民間主導の成長であり、公的支出は4.21%の低い伸びであった。
日本はどうかと言えば、名目GDPは0.53%の超低成長であり、これを支えたのは公的支出の0.88%だった。消費は0.58%、民間設備投資は0.56%しか伸びておらず、民間部門は水面すれすれの状態であった。GDPに占める公的部門の割合は1993年の16.3%から2023年には26.0%へと10%p弱上昇した。因みに、米国の公的部門は19.9%から17.0%へと低下しており、1990年以降では最低である。過少消費と超過貯蓄下の日本では公的部門の拡大によって、経済を支えるしかないのだ。
過去30年間の日米の民間設備投資の伸びの著しい違いが、経済成長率にこれほどの格差をもたらした要因のひとつではないか。2023年の米民間設備投資3兆8,316億円(1ドル-150円で574.7兆円)に対して日本は100.9兆円と6倍近く離されており、量的な面では勝負にならない。こうした極端な規模の違いもあるが、質的にも大いに異なる。米国の民間設備投資は30年間で4.79倍に拡大したが、なかでもハイテク関連の知的資産投資は7.72倍(年率7.05%)へと急増している。米民間設備投資は建物・構築物、機械設備、知的資産によって構成されているが、過去30年間で知的資産の民間設備投資に占める割合は1993年の23.7%から2023年には39.7%に上昇しており、30年間で民間設備投資に対する知的資産の寄与度は43.7%と他を圧倒している。
一方、日本の総固定資本形成(1994年から2022年の28年間)は0.928倍と減少している。機械設備は1.00倍と横ばい、知的資産は1.722倍と拡大しているが、米国に比べれば極めて貧弱である。2022年の知的資産は32.2兆円だが、米国は2023年、1兆5,217億ドル(1ドル=150円で228兆円)と桁違いなのである。1兆5,217億ドルの内訳はソフトウェア6,458億ドル(日本のソフトウェアは2022年、11兆円)、研究開発7,654ドル、娯楽等1,105億ドルとなっており、ソフトウェアの伸びが最大である。過去30年間で、ソフトウェアは11.29倍、年率8.41%も伸びている。これだけの巨額の資金をソフトウェアに投入すれば、世界のどの国もソフト分野ではとても米国に太刀打ちできない。
米国経済が民間設備投資、なかでも知的資産への積極的な投資によって、これまでのような高い成長力を維持できれば、ドル実効相場は上昇トレンドを辿るだろう。他方、日本経済は、従来の経済対策の踏襲によって、1%未満のゼロに近い超低成長から抜け出すことはない。そうであれば、日米の経済規模はますます乖離し、円安ドル高は進行するだろう。
2023年までの過去30年間のGDPの伸びがこれからも続くという仮定で、10年後の名目GDPを求めると日本の624兆円に対して米国は44.1兆ドルとなる。仮に1ドル=150円で換算すると日本は4.16兆ドルとなり、米国の10分の1、20年後は米国の6.2%の規模となる。日米経済力格差拡大によって、円安ドル高がさらに進めば、経済格差は一層大きくなり、そのことが円安ドル高を引き起こすという悪循環に陥ることも予想できる。
1980年代以降の米国から押し付けられた新自由主義の下に、規制緩和と民営化を推進することによって、日本経済は解体された。とりわけ三公社、なかでも国鉄の解体は地方経済に大打撃を与え、地方の過疎化と東京への集中を一層進めたのである。交通手段がなくなれば、地方から人は出ていく、人がいなくなれば経済は成り立たなくなり、人はますます離れていく。過疎化は国鉄だけが惹き起こしたわけではないが、三公社五現業の解体をすべて考慮すれば、その影響力は決して無視できるものではない。土地と株式のバブル崩壊だけで長期不況に陥ったのではなく、1980年代、欧米の市場原理主義の導入が長期不況の下地としての役割を担っていたのだ。戦後、一貫して米国の言いなりになり、日本経済は弱体化の一途をたどっている。日本の政治家や官僚は日本のビジョンをどのように考えているのだろうか。