ナスダック総合指数とS&P500は過去最高値を更新するなど米株式は舞い上がっている。ナスダック総合指数の昨年末からの上昇率は3割を超えた。2023年の年間上昇率43.3%には及ばないけれども、予想外の値上がりであり、前号で指摘したように米株は実体経済から大幅に乖離したバブルなのだ。このような米株の暴騰に引きずられて主要国の株式も続伸し、危険な領域に入った。トランプ政権の閣僚人事が公表されているが、そうした閣僚への期待が値上がりに拍車を掛けている。トランプは株式バブルに酔いしれて、なにも分からなくなっているのだ。
「アメリカ人は平均的意見が平均的意見は如何なるものであると信ずるかを発見することに不当な関心を寄せる傾向がある。……アメリカ人は…、資本騰貴の望みのないかぎり投資物をおいそれとは買おうとしない」。1936年、ケインズはアメリカ人をこのように特徴付けているが、今でもアメリカ人はこの性格を引き継いでおり、アメリカ人はまさに投機業者なのである。
アメリカ人の投機没入癖が日本や欧州に伝播しており、投機は世界的な規模で行われている。資金調達をするための装置である株式が資金調達など目もくれず、流通市場だけに熱を入れており、株式市場は博打場に成り下がってしまった。今の株式は丁か、半かの世界そのものである。
現在から将来に起こりそうな、経済から政治、地政学、科学までのあらゆることを材料にすることで株価は時々刻々変動する。相場は凪の状態ではなく、激しく値動きすることで投機心が煽られる。経済統計などは恰好の材料であり、それをことさら重大な影響を相場にもたらすかのように取り上げる。それに対して丁か、半かの賭けを頻繁に繰り返すのだ。博打で勝てばその者は潤い、負ければ一文無しとなることもある。博打とはただそれだけのことなのであり、なにも新たな価値を生み出すことではない。日本に限らず世界中で無数の人がこうした賭けに夢中になっているのだ。アメリカ流の博打を倣うことで、本業の実体経済が疎かになることが、日本経済にも表れている。
売買するときのコストである株式手数料は極端に安くなり、有価証券取引税も廃止され、しかもパソコンやスマホでいつでも気軽に取引できるという好環境が、庶民層まで博打にのめり込ませている。国がこうした株式博打に打ち込める仕組みを整え、「貯蓄から投資」の標語を繰り返し、株式流通市場への参入を促す。日銀までが株式を購入するという異例の状態が続いており、賭博に国を挙げての熱の入れようだ。
株価が上昇すれば、金利低下と同じように、企業は資金調達が容易になる。だが、企業は自社株買いが増資を上回っており、純増資はマイナスなのである。『法人企業統計』によれば、2023年度の増資は-3兆5,548億円であり、すでに増資で資金調達する役割は終わっているのだ。2023年度の企業の資金調達額は138.8兆円だったが、外部調達は10.5兆円と全体の7.6%でしかない。残りの92.4%は内部調達(内部留保85.7兆円と減価償却42.6兆円)なのである。新型コロナ禍の2020年度の外部調達比率は41.8%に上昇したが、2021年度と2022年度は9.5%、13.6%へと低下している。借入金についても、2023年度は8.6兆円、資金調達額の6.3%にすぎず、金融機関の役割も低下しており、余剰資金を持て余しているのだ。
株式は資金調達という本来の機能を果たせず、流通市場だけが超活況という本末転倒の状態に陥っている。それにもかかわらず、国がさらに株式売買への参入を促すとは狂気の沙汰ではないか。アメリカに追随して株式を普及させ、日本社会も株式至上主義に引き込まれれば、資産・所得の著しい格差を生む酷く醜い国に落ちぶれることになるだろう。
『World Inequality Database』によれば、2022年のアメリカ資産の上位1%の保有額は全体の34.9%であり、1978年の21.8%から大幅に上昇している。2022年の上位10%の所有比率は70.7%だ。所得については、上位1%のシェアは1928年の22.3%をピークに1978年には10.3%まで下げ、その後、再びシェアを高め、2023年は20.7%である。下位50%は上位1%と対称をなし、1934年の13.2%を底とし、1969年には21.2%までシェアを上げた。だが、ここからシェアは低下基調を辿り、2023年時点では13.4%と大恐慌のときの水準まで低下している。
1929年の株式大暴落に端を発した恐慌は所得格差がピークに達していたときと重なる。上位1%に所得が集中するような所得格差社会であれば、消費が伸び悩み、貯蓄が増加するが、貯蓄の増大に伴って設備投資はなかなか伸びず、経済は不況となる。所得の不平等が拡大すれば、社会は不安定になり、そのことがさらに消費を控える行動に繋がるのである。
下位50%の所得シェアが拡大期にあった1934年から1969年までの実質GDPは年率4.96%という高い伸びであった。一方、1969年から2023年までのシェア低下期間では年率2.72%であり、シェア拡大期よりも2%p超も実質成長率は低下した。このように所得格差は、経済成長率を左右する要因のひとつだと言えるだろう。
日本の株式は過去10年以上の上昇過程にあるが、実体経済にプラスの影響を与えてきた形跡はみえない。株価が上昇しているときは、バランスシートの純資産は増加することになるが、反対に株価が下落すれば純資産で補填することになり、バランスシートの自己資本は減少することになる。株式が急落することになれば、損失額を埋め合わせることが難しくなり、場合によっては債務超過に陥ることにもなり兼ねない。1990年代の日本のバブル崩壊は土地と株式の大幅な下落によって、企業や金融機関のバランスシートは著しく傷つき、修復不能となった。
米国発の株式暴落が起これば、たちまち日本に飛び火し、日本株は激しく動揺することになろう。『株式分布状況調査』によれば、2023年度末の事業法人の株式保有額は194.1兆円、個人等は170.4兆円である。
『法人企業統計』によれば、大企業(資本金10億円以上)の保有株式は2023年度、308.3兆円、1989年度の27.5兆円の実に11.2倍にも拡大している。バブル崩壊で塗炭の苦しみを経験したにもかかわらず、株式購入に邁進したのである。1989年度の総資産に占める株式比率は6.0%だったが、2023年度には26.5%へと跳ね上がっている。これだけの資産をより高収益が得られる分野に積極的に投資するのが企業の姿なのだが、低収益運用(プライムの株式配当利回り2.27%)に甘んじているのだ。要するに、日本企業は稼ぐ能力がないことを打ち明けているようなものだ。
そして、米株のバブルが崩壊することになれば、たちどころに株式は半値になってしまうかもしれないのである。そのような低収益でハイリスク資産を308兆円も保有するくらいなら、従業員へ気前よく振りまくほうが、よほど日本経済に資するのではないだろうか。