実体経済から大幅に乖離する米株式

投稿者 曽我純, 12月2日 午前8:56, 2024年

米10年債利回りは前週比23bp低下し、ドルは主要通貨に対して下落した。10月の米個人消費支出(PCE)は前年比5.4%と前月の伸びを上回り、米国経済は勢いを増している。PCEを支えているのは可処分所得(DI)だが、これも前年比5.1%と前月よりも0.3%p高くなった。民間部門の賃金・報酬も前年比5.5%伸び、前月を0.4%p上回り、こうした賃金・報酬の高い伸びが消費者の購買意欲を盛り上げている。

このような強いPCEが物価の低下を阻んでいるのだ。10月のPCE物価指数は前年比2.3%と前月よりも0.2%p高くなった。食品・エネルギーを除くコアについても2.8%と前月比0.1%p高くなり、FRBの目標から遠ざかった。FRBの目標値よりも高いのであれば、FRBは金利を据え置くか引き上げなければなるまい。また、10月の米失業率は4.1%であり、これはFRBの目標よりも低く、利下げではなく利上げを促すような低い水準なのである。今年第3四半期の米GDPについても、実質前年比2.7%であり、FRBの今年第4四半期の目標1.9~2.1%を上回っている。

こうした力強い経済から言えることは、政策金利の引き下げは必要ないということだ。実質利回りは1.6%に低下してきており、すでに十分低い水準なのである。それでも利下げ観測が鎮まらないのは、トランプが大統領になるからだ。トランプはFRBなどなんとも思っておらず、徹底的に金融緩和を主張し、それをFRBに強要するだろう。物価などとは無関係に、とにかく低金利にすることを優先するのだ。

利下げ観測が持続すれば、それだけドルは安くなり、米国の輸出は伸び、輸入は抑制されることになる。米国が輸入関税率を引き上げれば、輸入品の価格は高くなり、輸入減となるが、ドル安が加われば、さらに輸入は減少することになる。米GDP統計によれば、2023年の超過輸入額は7,973億ドル、今年第1四半期から第3四半期までは9,008億ドルである。トランプ大統領の任期中は2020年を除けば5,000億ドル台であった。それが2022年には9,589億ドルに拡大、2023年には7,973億ドルに縮小したが、再び、9,000億ドル台に乗せている。トランプはこの巨額の赤字が気に食わないのである。この赤字を輸入関税率の引き上げとドル安で削減しようとしている。

今年第3四半期の超過輸入額は9,541億ドル、名目GDPの3.3%に当たる。モノだけでは1兆2,432億ドル輸入が輸出を超過しており、世界に対して米国は巨額の需要を創り出し、世界経済を牽引している。他の支出項目が変わらないとすれば、純輸出の赤字額削減はGDPを引き上げることになる。ただ、米国で作れないモノは輸入関税率が上がり、ドル安だからといっても輸入しないわけにはいかない。米製造業はGDPの10.2%(2023年)にすぎず、モノの製造能力はすでに喪失しており、輸入品に頼らなければ成り立たない経済構造になっている。だから、トランプの思惑通りに事が運ぶ可能性は低い。

だが、彼は理屈で行動する人ではなく、米国第1の達成に合致する政策であれば、なにでもやる人ではないか。そうであれば、関税とドル安は実行しやすい政策だと言える。すでに株式はそのようなトランプの政策を織り込んでおり、過去最高値を更新している。足元の経済を直視すれば、利下げすべき状況ではないが、利下げが実施されるという期待で米株式は買われており、実体経済とは掛け離れたユーフォリア状態にある。

トランプが実体経済などに目もくれず、経済になにの脈絡もない政策を連発すれば、実体経済と金融経済の乖離はますます広がり、疑念が沸き上がってくるだろう。過去の金融経済の破綻を振り返ってみれば、実体経済に適切な政策が実施されなかったことに起因している場合が多いことがわかる。身から出た錆といえる政策が金融経済をメルトダウンさせたのである。

トランプが金融経済の危機を引き起こす可能性は高い。FRBによれば、今年6月末の株式価額は85.73兆ドルだが、現状では95.81兆ドルへと急増していると予測される。第3四半期のGDPは29.67兆ドルだから、株式価額はGDPの3.23倍の規模になる。これは過去最高であり、乖離幅は異常に広がっているのだ。このような実体経済と金融経済の異常に乖離した状態が持続するとは考えにくい。いつかは金融経済の急速な収縮というかたちで修正されるはずだ。

株式価額・GDP比率の長期トレンドは金利水準と一致している。金利は第2次石油危機をピークに富士山型になっており、1981年、金利がピークに向かっていく過程では株式価額・GDP比率は低下していったが、1981年を境に金利が低下していくとそれとは逆に株式価額・GDP比率は上昇していった。当然、その過程では金利は変動したけれどもトレンドとしては右肩下がりであった。

収益が一定だとしても金利が下がれば株式の現在価値は上昇することから金利低下と低下期待は株式価値を押し上げる。この法則にしたがって株式は動いているのだが、金利はかなり意図的に操作できる。2008年の終わりには、FRBはFFレートをゼロまで引き下げた。1930年代の大恐慌のときでさえやらなかったゼロ金利を実行したのである。なぜか、金融機関救済のためにだ。経営に失敗した企業は退場するのが資本主義経済の基本原理なのだが、金融機関には資本主義経済の掟が適用されないのである。中小・個人企業にはそれが適用され、大企業には適用されない、という二重の基準で米国経済は成り立っている。

FRBは「物価と雇用」を政策目標に据えているが、そのような目標を金融政策で達成することはできないし、FRBの本来の目的は金融機関の救済なのである。2008年第4四半期の名目GDPは前年比-2.5%とマイナスに落ち込み、2009年第3四半期まで1年間水面下にあったが、2009年第4四半期にはプラスに転じた。それでも、FRBはゼロ金利を解除せず、2015年12月に0.25%に引き上げるまで長期間ゼロ金利を続けた。

2009年の名目GDPは-2.0%だったが、2010年から2015年までの6年間は年率3.97%で成長した(実質でも2.35%)。これほど成長していながらゼロ金利なのである。2015年12月の利上げは2018年12月まで連続して実施され、2019年7月に利下げに転じるまで続いた。2016年から2019年までの利上げ期間の名目GDPは年率4.16%伸び、ゼロ金利の期間を上回った。

お金の自己利子率をゼロにすることは、流動性プレミアムというお金である特質を消してしまうことである。お金と他のモノとの敷居が取り払われて、お金とモノとの違いをなくしてしまった。お金のコストがゼロになれば、お金のコストが取引の大半を占める株式や債券の売買を著しく刺激することになる。お金が金融経済に押し寄せるのだ。金利低下期待の高まりによって、今も金融経済にお金は流入している。

「マグニフィセント・セブン」の株価収益率は、テスラの94.6倍から最低はアルファベットの22.4倍であり、配当利回りは最高でもマイクロソフトの0.78%、テスラやアマゾンは無配なのである。これだけみるだけで、いかにハイテク株が異常な値上がりをしているかがわかる。長期の業績をすべて織り込んだ株価なのである。まさにマネーゲームを地で行っているのだ。期待は極めて不確実で脆いということを忘れてはならない。

トランプが大統領に就任すれば、FRBに利下げしろとの圧力を掛けるだろう。パウエル議長の任期は2026年5月までだが、従わなければ強権を発動しかねない。もしそのような圧力を掛け、政策金利の大幅な低下期待が生まれるならば、米株は一層舞い上がるだろう。

どの政治屋も株高は大歓迎なのだが、これほど株式が高騰しても実体経済を引き上げる力はないのである。特に、その影響が期待されるのが個人消費なのだが、2024年第3四半期までの10年間をみると個人消費がGDPを僅かに上回っている程度であり、株式の影響はほとんど認めることができない。米国社会は資産格差が極めて大きく、富裕層が大半の株式を保有しており、株高になっても彼らはさらに消費を増やすことはない。設備投資にしてもしかりだ。株高によって資金調達が容易になり、設備投資が盛んになると予想されるが、そのようなことは起こっていない。

博打が蔓延すれば社会が荒むのと同じように、株式が個人に広まれば広まるほど社会は不健全になる。株式の売買によってなにが生み出されるのだろうか。損得だけが決まるだけで、なにもそこからは出てこない。株式は博打と基本的には同じなのであり、最終的には胴元だけが得をし、博徒は丸裸にされ、虚しさだけが残ることになる。

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