米債券相場はトランプの勝利を織り込んでいたが、それでも当選が確実になったときには利回りは上昇した。米債の利回り上昇は主要国にも波及し、日本も1%を少し超えた。利回りの上昇は株式にとっては向かい風となり、上値は抑えられた。当然、ドルは上昇し、対円でも156円台に上昇した。ドルが強くなれば、各国の対米輸出は増加する半面、米国の輸出は減少することになり、米国の貿易バランスは悪化する。トランプは関税率の引き上げを主張しているが、それによってますますドルは強くなり、税率引き上げの効果を弱め、思うように赤字を削減することはできないはずだ。
さらに彼は減税を唱えているが、現状、米国経済は堅調な個人消費に支えられ、理想的な成長経路を辿っており、これに減税による刺激が加われば、米国経済は過熱することになる。消費者物価指数は下がりにくくなっており、もし減税が実施されれば、物価は3%、4%の高い伸びが予想され、それにつれて債券利回りも上昇するだろう。関税率の引き上げによる需要減を減税で相殺する企てだが、世界経済をそのような経済政策で攪乱させれば、その付けは米国経済に及ぶことは必至である。
今の米国経済はかなり良い状態にあり、これに人為的な操作を加えるならば、それによって米国経済は成長経路から外れることになる。財政政策だけでなく金融政策も弄る必要はない。今年第3四半期の米名目GDPは前年比4.9%伸びており、FFレート4.5%~4.75%を上回っているからだ。過去10年間の名目GDPの伸びは年率5.12%、実質では2.42%であり、デフレーターは2.7%なのである。名目5%程度の活動的経済であれば、体温も上昇することになり、それほどの物価上昇でなければ、無理に抑えることはない。2%の物価目標には、なにの根拠もない。物価は実体経済の状態によって決まるものだから。
今年第3四半期、実質では前年比2.7%伸びており、長期の成長率を上回っている。実質で長期成長率よりも高い成長を遂げているときに、減税や関税率引き上げで経済を攪乱させるのは愚の骨頂である。
米国経済が長期成長率よりも高い成長を実現できているのは、個人消費支出(PCE)が強いからだ。過去10年間のPCEは名目年率5.24%とGDPよりも0.12%p高い。PCEが名目GDPの67.9%(今年第3四半期)を占めており、それが5%超伸びれば、自ずとGDPも高い成長となる。このPCEの伸びを支えているのは、言うまでもなく賃金・俸給(W&S)であり、可処分所得(DI)である。過去10年間の民間部門のW&Sは5.51%とPCEの伸びよりも高かった。所得税が個人所得の伸びを上回ったため、DIは5.23%とW&Sを下回ったが、GDP(5.12%)よりは高かった。
9月の民間部門のW&Sは前年比6.4%、DIは5.3%も拡大し、いずれも長期の伸び率を上回っている。今のところ、このような状態が持続するという楽観的な見通しの上に米国経済は成り立っている。これに疑問が生じることになれば、米国経済は揺らぐことになる。米株式が過去最高値を更新しているのも、強い経済力への期待からだ。この期待に陰りがどこからともなく表れてくると崩れるのは速い。トランプの気まぐれな経済政策が期待に悪影響を及ぼすことになれば、今、順調に歩んでいる米国経済に急ブレーキが掛かるかもしれない。
今年第3四半期の米実質GDPは前年比2.7%とユーロ0.9%、日本0.3%をはるかに上回っている。日本の実質GDPが前年比0.3%と3四半期ぶりのプラスに転じたのは。家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)が0.8%と昨年の第2四半期以来5四半期ぶりに前年を上回ったからだ。だが、『家計調査』(二人以上の世帯)によれば、同期間、消費支出は実質1.0%減少している。10月の日本の総人口は前年比56万人減、日本人に限れば86.7万人も減少している。それでも家計最終消費支出はプラスなのである。不思議な事である。
9月の勤労者世帯(二人以上の世帯)の実収入(名目)は前年比1.3%と7月の8.9%から急減速し、DIも1.0%へと縮小したことから、消費支出はマイナス1.1%と今年1月以来8カ月ぶりの前年割れとなった。これら実収入、DI、消費支出は2年前と比べても減少しており、賃上げはやはり掛け声倒れに終わりそうだ。実収入が1.3%しか増えないのであれば、消費が振るわないのは至極当然のことだ。実収入やDIの一時的な伸びはあだ花に終わってしまう。これから長期にわたり拡大する見通しが強まらない限り、消費者センチメントは改善しない。
消費税が導入された1989年度から2023年度までの34年間に、所得税は1.031倍の微増、法人税は0.835倍へと減少したが、消費税は6.383倍へと急増し、2023年度の消費税は所得税の1.047倍、法人税の1.455倍となり、これら3税の中で消費税が最大となった。消費税の導入によって、最も恩恵を受けたのは企業である。消費税は最終需要者である家計が大半払うので、所得税に消費税を加えた額(TT)が家計の負担になり消費意欲に水を差すことになる。1989年度のTTは前年度比39.2%の急増となり、家計最終消費支出は1990年度の前年度比8.0%をピークに急速に低下し、3%から5%に消費税率を引き上げた1997年度にはマイナスに転落した。こうした消費の超低迷にはバブル崩壊、それに伴う巨額の不良資産等も影響したけれども、こうした不況期に消費を冷やす消費税の引き上げが、消費低迷に追い打ちを掛けたのである。
所得税に個人住民税と消費税を加えた家計負担(HT)は1985年度、22.03兆円、法人税プラス地方法人2税(ET)は18.22兆円であり、ET・HT比率は0.827だった。それが、2023年度にはHTは58.74兆円、1985年度比2.666倍へと大幅に増加した一方、ETは23.36兆円、同1.282倍の伸びにとどまり、ET・HT比率は0.397へと低下した。国と地方の税収に占める家計と企業の負担には著しい格差が生まれたのである。家計には重く、企業には軽いという経済にとっては致命的といえる酷い税制が消費活動を冷やしてしまった。
財務省の『法人企業統計』によれば、全規模全産業の売上高は1985年度から2023年度までに1.542倍に増加したが、当期純利益は9.363倍へと異常な増え方をした。これには人件費の抑制などに法人税率の引き下げによる法人税の売上高を下回る低い伸びが寄与したのである。さらに日銀のゼロ、マイナス金利政策により、支払利息等は1985年度の22.95兆円から2023年度には8.21兆円へと激減している。これだけで14.74兆円の経費節減となった。家計には利息収入がほぼゼロとなり、家計から企業に所得が移転したのである。
『家計調査』の「年間収入十分位階級別」調査(十分位1の年収は204万円(2023年)、最高の10は1,372万円)によれば、2007年から2023年の期間、実収入の増加率が最大だったのは十分位10であった。それでも16年間で1.129倍であり、最低の伸びは十分位2の1.033倍である。税金や社会保険料などの非消費支出が増加したトップの階級は、最も収入の低い十分位1であり、高収入の9,10ではない。3,4,6の伸びも9,10を上回っており、負担が収入に応じる仕組みになっていないのだ。これからも社会保険料が値上がりし続けば、DIは実収入の伸びを下回り続け、消費がプラスに転じることはないだろう。
2023年の勤労者世帯(二人以上の世帯)の非消費支出は113,514円、そのうち直接税は46,545円、社会保険料が66,896円であり、後者が非消費支出の58.9%を占めている。しかも2023年までの23年間で社会保険料は1.393倍、直接税は1.158倍と伸びも違う。所得税の累進性を引き上げることも大事だが、社会保険料も所得に応じて負担を引き上げなければ、低中所得者層のDI増は難しい。社会保険料の杜撰な制度設計が、低中所得層のDIの先行きを不安にしている。