現実経済に役に立たない金融政策

投稿者 曽我純, 11月4日 午前8:41, 2024年

裏金問題が露見したことで自民党の議席は減少したが、それでも地方では依然強く、191議席を獲得した。自民党に近い国民民主党が大幅に伸ばし、保守的な野田党首の立憲民主党も148議席を得た。国民民主党と立憲民主党が議席を増やしたのは、自力ではなく、自民党が金の問題で信用を失ったからだ。自力で議席をふやしたのは「れいわ」だけだ。たまたま敵の失点で議席を増やしたので、ほとぼりが冷めれば、元の木阿弥となるだろう。

田中角栄以降でも金の問題がしばしば表ざたになり、自民党は議席を減らしたこともあったが、それでも自民党支配は一時的に途切れただけであった。自民党とカネとは切っても切れない関係にあり、これで、きれいさっぱりカネと縁が切れるとは、とうてい考えることはできない。幾度となくカネの問題で騒がせてきたけれども、地方に行けば、封建的色彩が残っており、自民党に無条件に投票する風土は変わっていないのだ。自民党の議席が減少しても立憲民主党や国民民主党では、これまでの戦後の自民党政治を根本的に変える考えも力もない。思想的には保守、日米同盟維持、軍事増強、原発維持等基本政策はだいたい同じだからだ。

自民党政治が多少変わる程度では経済や外交は、これまでの路線の踏襲ということになり、経済の衰退と日米同盟に縛られ米国の顔色を窺いながらの外交によって、日本の地位はますます落ちていくだろう。実質GDPをみても米国は今年第3四半期、前年比2.7%、ユーロ圏は同0.9%それぞれ伸びているが、日本は第2四半期-1.0%と2四半期連続のマイナスとなり、新型コロナ以前の状態に戻ってしまった。

日本と欧米との経済成長率の相違が円を弱体化させている。経済成長率が高い国の通貨は強く、低い国の通貨は弱くなる。経済成長率が高い国の利回りが低い国よりも高くなり、利回りのそうした動きや期待により為替相場は動く。

円はドルやユーロに対してだけでなく、中国元、韓国ウォンに対しても安くなっており、対ロシアルーブルではウクライナ進行前の水準に戻っている。1990年以降の円の名目実効為替レート(日銀)はリーマンショック後の2012年3月が最高値となり、その後は右肩下がりのトレンドである。実質実効為替レートは1995年4月をピークにITバブルやリーマンショックによる変動はあったものの基本的には右肩下がりを示している。今年9月の名目実効為替レートは2012年3月のピークから37.7%減、実質実効為替レートは1995年4月から61.9%も安くなっているのだ。米国が激しい不況に陥った時には円は強くなるが、それを除けば円の値打ちは減価し続けているのである。実効円レートの動向には、はっきりと日本経済が衰退し、世界経済のなかでの地位が低下していることが表れている。

世界銀行によれば、2000年~2010年の実質世界GDPは年率3.2%だったが、日本は0.7%、2010年~2023年では世界の2.7%に対して日本は0.6%であり、世界の成長率を大きく下回っている。直近では、今年第2四半期の日米実質経済成長率格差は4%p、ユーロ圏とは1.6%pの格差がある。これからも日本が世界を下回る低経済成長率を続けていくならば、円実効相場も減価していくことになるだろう。

円ドル相場は金利差に焦点が当てられているが、為替を動かす本質は経済力なのである。4%pもの経済成長率格差があり、先行きその格差が解消しそうでないならば、円安ドル高はじわじわと進むだろう。円安ドル高が進行すれば、対米輸出は拡大し、輸入は縮小するのだが、黒字が極端に増加しているわけではない。日本の対世界輸出は今年度上期、前年比6.6%、輸入は7.0%それぞれ増加し、貿易収支は赤字だった。赤字は半期では3年半続いており、円安の効果は限定的だと言える。数量ベースの輸出は2022年、2023年と2年連続のマイナスだが、2024年も9月まで1月を除き前年を下回っている。世界のGDPは2023年、前年比2.8%伸びているにもかかわらず、日本の輸出(数量)がマイナスだということは、日本製品の品質が劣り、競争力が低下しているからなのだろうか。日本製品そのものに問題があるとすれば、円安だからといって輸出が大幅に伸びるとは期待できない。輸出入に為替調整メカニズムが機能しなくなれば、円安に歯止めが掛からなくなる。

円安が続けば、輸入品の値段が高くなり、高くなれば、需要が減少、輸入減が起こるだろう。原油、液化天然ガス、小麦、大豆等日本が輸入に依存している多くの商品価格は押しなべてロシアのウクライナ進行以前の水準に戻っており、今年9月の小麦は円表示で前年比16.9%下落、ピーク比では半分程度となっている。大豆もしかりで9月、前年比-38.7%もの急落である。

価格の攪乱は突然起こるのだが、徐々に落ち着くことは過去の暴騰後の経緯をみれば明らかであり、いつまでも高価格が続くわけではない。価格が高騰すれば需要は減り、供給側はより多く供給するという双方の行動が価格を低下させることになる。海外の市場価格が日本の輸入価格に反映されれば、パンや豆腐の価格は2022年2月以前の水準に戻るはずだ。無闇に、政府が市場価格に介入することは、価格の正常化を歪め、遅らせることになる。一時的な支援ではなく、所得税の累進性を高めるような恒久的な施策でなければ、経済にインパクトを与えることはできない。

それにしても物価高が未だに叫ばれているが、10月の東京都区部の消費者物価指数(CPI)は前年比1.8%である。政府支援を除けば2.31%に上昇するが、これで物価高といえるだろうか。食料価格が前年比3.5%と高く、これだけでCPIを0.96%p引き上げており、食料品が高いことが、消費者意識に悪い影響を及ぼしている。

日本経済の需要は弱いので物価を放置しておいても自然に低下していくはずだ。日本の長期CPI、1970年から2023年までの53年間の年率の伸びは2.34%である。これを1970年~1990年と1990年~2023年との期間にわけてそれぞれの年率を調べてみると、前者の5.46%に対して後者は0.49%と雲泥の差がある。因みに、米国(期間1990年~2023年)2.59%、ドイツ(1991年~2023年)2.00%、イギリス(1990年~2023年)2.55%といずれも2%を超えており、日本の物価がいかに低く、世界の物価史のなかで極めて稀なことなのかがわかる。

ほぼ同じ期間(1990年~2023年)の名目GDPの年率の伸びを比較すると日本は年率0.51%とG7のなかでは最低である。日本以外の6カ国の最低はフランス3.05%であり、最高は米国4.76%である。日本は最低のフランスに比べても2.54%p低いのである。経済成長率が低いことは経済活動が沈滞しており、経済の体温が低いことでもある。経済の体温が高いことは経済取引が活発なことであり、それがCPIに現れるのだ。日本は経済の動きが鈍いからCPIはほとんど上がってこなかった。

2023年までの29年間、日本の名目GDPは年率0.51%だったが、今後、経済活動が飛躍的に力強さを増すとは考えられない。むしろ経済の低迷に拍車がかかる可能性のほうが高い。そうであれば、向こう数十年のCPIは、2023年までの33年間のCPIの伸び(年率0.49%)よりも低くなるかもしれない。10月の東京都区部CPIは1.8%だったが、来年には1%を割ることになるのではないか。物価高ではなくデフレの足音が近づくことになるだろう。

血管を流れる血液の量(お金)は少なくなっている。今年9月の日銀券発行高(BN)は前年比-1.1%と昨年12月以降10カ月連続の前年割れだ。しかも、6月の-1.6%は1991年4月以来約33年ぶりのマイナス幅なのだ。CPIがプラスで推移していながら、BNがマイナスになる奇妙なことが起きている。全国CPIは9月、前年比2.5%伸びていながらBNは-1.1%であるということは、消費者はお金の使用を相当減らしており、経済は深刻な状態にあるということだ。BNが減少していることは、今後、CPIはかなり急速に低下していくことを示唆している。

長期のGDPの伸びをみれば、日本経済の体温は低温状態にあると言える。そのような特異な日本経済を前提にすれば、中央銀行の目指す物価目標も自ずと異なるはずだ。それをFRBやECBと同じ2%の物価目標を掲げ、それを見直すこともしない。日銀は実体経済から完全に目をそらし、現実離れした金融政策を遂行しているといえる。

日銀が意図的にBNをマイナスにしているのではなく、自然にそうなっているのだ。BNでさえも日銀は操作できないのだ。BNは経済の体格や体力に規定され、BNの量はそれ以下でもそれ以上でもなく、無理やりBNを経済に注入することはできない。それでも、1990年から2023年までのBNの伸びは年率3.85%とCPI(0.49%)や名目GDP(0.51%)とは比べ物にならないほど伸びた。BNの増加がCPIを上昇させ、名目GDPを拡大させることはできなかった。これから言えることは、BNとCPI、名目GDPとの関係はほとんどないということだ。また、政策金利がゼロ、マイナスといった異常な水準に設定され続けていたが、BNは激しく変動しており、政策金利との相関性を認めることはできなかった。金利やお金の量を操作して目標とする経済を目指す金融政策の有効性を見出すことはできない。金融政策が機能するのは現実経済ではなく御伽噺の世界でのことなのである。

 

★次号は休みます。

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