企業利益と賃金の分配を変え、所得格差を是正するには税制改革をするしかない。特別なことをするのではなく、過去の税制に戻るだけでよいのだ。2023年度の所得税と法人税は21.2兆円、14.6兆円だった。所得税の過去最高は1991年度の26.7兆円、法人税は1989年度の18.9兆円であり、いずれもバブル期に当たる。すでに30年以上前のことだが、現状はこれをかなり下回っている。いくら日本経済が低迷しているとはいえ、現状と1989年度を比較して、1989年度を下回っているのはこれらの税金だけではないか。今年9月と1989年12月の消費者物価指数(CPI)を比較すると24.2%上昇している。このCPI上昇率を過去最高の所得税に適用すると36.1兆円、同様に法人税をもとめると23.4兆円となる。両者の合計は59.5兆円となり、2023年度よりも約15兆円多い。名目GDPの比較を適用し、計算しても約61兆円となり、経済規模からは所得税と法人税だけで60兆円ほどの税収が確保できるのである。
1991年度当時の所得税率は最高が70%と現状の45%よりも25%pも高い。法人税についても今は23.4%と1989年度の40%よりも16.6%pも低いのである。こうした税率の大幅な引き下げと消費税の導入によって、低中所得者層の購買力が奪われてしまった。一部の富裕層と企業優遇の税制が導入され、消費意欲を削いでしまい、日本経済を長期低迷に引きずり込んだのだ。まさに、1990年代以降の長期不況は、自民党の独裁政治が作り上げた人災であった。
所得税と法人税をこれから引き上げていけば、税収は消費税を廃止しても十分に確保できる。両税で60兆円を確保できれば、酒税、揮発油税、関税等で8兆円ほど見込め、70兆円程度の税収となるのだ。歳出では軍備費や原発関連費を削るだけで、大幅な削減が可能であり、自民党が政官財の癒着でばらまいていたお金を徹底的に調査し、無駄を排すれば、相当な歳出削減ができるだろう。
2023年度の消費税は23.4兆円、消費税率を半分の5%にすれば約12兆円、2020年にばらまいた給付金総額に等しい金額が消費者の負担ではなくなる。物価が5%下落することによって、どの程度需要が増加するだろうか。物価の上昇には消費者は敏感に反応するけれども、下落に対しては、どのような行動にでるかわからない。価格が下落したとき、売り手はその下落分を補って余りある量を販売できなければ、売上高は減少することになる。消費者は価格下落率の逆数を上回る量を購入しなければ、経済にプラス効果を及ぼすことはできないのだ。価格下落がさらなる下落を誘発するという期待が持ち上がれば、需要は控えられるだろう。
2024年第2四半期までの長期の家計最終消費支出(CH、帰属家賃を除く)と同デフレーター(CHD)の関係をみるとCHがCHDに先行している。あくまでも消費支出が物価の動きを決めるのであり、逆ではない。物価が意図的に引き下げられても、それによって消費が大きく伸びることはないだろう。物価が下がっても、食料などへの需要に大きな変化はなく、需要増は一部の高額商品などに限られ、CHが大きく伸びるほどの需要喚起にはならないかもしれない。
消費税の廃止に加えて、所得格差を縮小する政策を取る必要がある。最高税率70%に向けた所得税率引き上げや金融課税の強化によって、不均等な所得を均し、手取りを増やす確かな仕組みにし、実際に手取りを増さなければならない。
総務省の『家計調査』(二人以上の勤労者世帯)によれば、2005年から2023年までの実収入(世帯主や配偶者等の収入を合算したもの)は1.159倍に増加したけれども、世帯主収入は1.037倍と微増だった。一方、配偶者の収入は1.70倍に増加し、実収入への寄与度は48.2%と大きく、家計の収入増の柱となった。18年間で世帯主収入がこれほど抑制されていたことが、消費意欲を冷やしているのだ。実収入が増えたと言っても、18年間で1.159倍、年率0.81%と1%に届かない、増えたと実感できるような増え方ではないのだ。こうした収入の低迷が、2023年までの18年間の消費支出を3.3%減少させた。収入の伸びが低いことに、税金や社会保険料の負担増が加わったことも消費支出を控えさせたのだろう。2023年までの18年間、直接税は1.298倍、社会保険料は1.412倍と実収入の1.1593倍を大きく上回り、こうした非消費支出の増加額は実収入増加額の36.0%に当たる。実収入から非消費支出を除いた手取り、つまり可処分所得は過去18年間で1.121倍、年率0.63%しか伸びなかった。これでは消費意欲が湧くことはない。
2023年の18年後である2041年まで実収入、非消費支出が過去18年間と同じように変化するとすれば、可処分所得もほとんど伸びず、消費支出は2023年並みにとどまるだろう。可処分所得を増やすには実収入を引き上げ、非消費支出の伸びを抑えなければならない。実収入の増加には労働分配率を高め、大幅な賃上げが実現される必要がある。
財務省の『法人企業統計』から当期純利益・従業員給与(賞与を含む)比率を利益・賃金比率として求めると、2023年度は47.5%と過去最高を3年連続で更新し、賃金の半分近くが利益となっている。2013年度までの過去最高だった1969年度の26.5%が、2014年度に45年ぶりに更新されてから、2017年度39.4%、2021年度40.1%と利益分配分が著しく上昇、そして2023年度には47.5%にまで利益分配比率は引き上げられた。2023年度までの10年間に利益は2.14倍に急増したが、賃金は1.17倍しか増加しなかったからだ。20兆円や30兆円を賃金に分配していれば、過去3年の日本経済は今とは違った姿になっていたはずだ。企業の独善的経営が日本経済を狂わせている。
2023年度、企業は80.4兆円の当期純利益を上げ、その中から35.7兆円を配当、44.7兆円を内部留保にした。2023年度までの10年間に配当は2.48倍に急増した一方、賃金は1.17倍に抑制された。これほど矛盾した賃金政策が採られたことに、組合は何の抵抗もあらわさず、経営者のなすがままの姿勢にただ手をこまねいていただけなのだ。
これだけ利益が急拡大すれば、良識ある経営者であれば、従業員にもその一部を分配するのだが、長期間、従業員には目もくれず、株主と内輪だけで甘い汁を吸っている。35.7兆円も配当し、それを個人株主が受け取れば、消費になにがしかのプラス効果があらわれるはずだが、そのような形跡は見当たらない。日本取引所グループの『株式分布状況調査』によれば、2023年度の全株式のうち「個人・その他」の保有は16.9%であり、事業法人19.3%よりも少ない。最大の保有者は外人の31.8%であり、11.3兆円の配当を受け取っている(個人等は6兆円)。巨額の配当政策は外人のためのものなのである。煩い外人株主には配当で答えるけれども、おとなしい従業員には雀の涙ほどの施ししかしない。
総務省の『10月の人口推計』によれば、5歳刻みの人口をみると0~4歳と85~89歳がいずれも394万人なのだ。0~4歳は5~9歳よりも16.3%減、対10~14歳では23.9%も少ないのである。厚生労働省の『人口動態統計速報』によれば、8月までの1年間の出生数は73.1万人、前年よりも6.0%も減少している。出生数が前年比6%も減少していけば、5年後の2029年の出生数は53.7万人へと激減する。こうした人口減と超少子高齢化は消費のマイナス要因になることは間違いない。このような社会では量を増やすことは無理なのだ。消費は量ではなく高品質な商品を増やしていくことによってのみ生き延びることができるのではないだろうか。