日本株も過去最高値を更新している。5月のプライムの株価収益率は17.9倍(単純)、株式配当利回りは2.12%(単純平均)と利益や債券利回りとの関係からみれば、バブルとは言えないけれども、前号で指摘したように給与抑制や税制などさまざまな要因が利益を押し上げており、見かけは好収益をだしているのだが、それは企業の真の実力ではないのである。その観点に立てば、株価収益率は17.9倍よりも高くなり、配当利回りも2%を下回ることになるのだ。
7月10日、プライムの時価総額は1,000兆円を超え、12日の売買代金は5.2兆円へと増加した。プライムにスタンダードなどを加えた市場合計の売買代金(一日平均)は、今年1月に5兆円を超え、2月,3月は6兆円を突破し、異常に膨らんでいる。今年1月から5月までの売買代金は5.65兆円、2023年比37.4%も増えている。2019年の売買代金は前年比減となったが、新型コロナにもかかわらず、その後4年連続で前年を上回り、このままの状態で推移すれば、5年連続増となり、2024年は2019年比2倍超になるだろう。
一日平均売買高が5兆円、6兆円と言ってもピンとこないが、バブルピークの1989年の1.3兆円(東証1部)と比較すれば、2013年以降の売買代金の急増は、株式の異常な姿を表していることが理解できるだろう。なぜこれだけ株式流通市場が異常な活況を呈しているのだろうか。最大の要因は日銀のゼロ、マイナス金利と株式購入政策だ。1990年末のコールレートは8%超であったが、1995年末には0.4%へと急速に引き下げられた。だが、1997年の山一証券の廃業や北海道拓殖銀行の破綻によって、ゼロ金利政策が取られ、さらに2016年1月にはマイナス金利が導入された。そうした超緩和策によって、2004年の売買代金は1.31兆円と15年ぶりに過去最高を更新した。リーマンショックで2012年まで商いは細ったが、その後はマイナス金利によって商いは一層活発となった。リーマンショックで一時中断された金利と売買代金との密接な関係は2013年以降復活し、現状ではその傾向はより強く表れている。
日銀のゼロ、マイナス金利政策は株式流通市場をテコ入れし、過去にない異様な市場に変えたばかりでなく、金融資産から得られる収入を利息から配当へと入れ替えた。金融機関への預金からの利息がほぼゼロなる半面、株式配当は急増し、株式所有者と非株式所有者との収入格差は著しく拡大した。日銀のゼロ、マイナス金利さらに株式購入は富裕者の資産と収入を増やし、所得・資産格差を強めたことは看過できない問題である。
1999年4月に有価証券取引税が廃止されたことも株式流通市場活況要因のひとつである。1988年度の有価証券取引税は過去最高の2.07兆円を記録したが、1998年度には商いが細り、1,726億円まで減少した。仮に、今の売買代金で有価証券取引税を試算すると8兆円を超える。発行市場ではなく流通市場だけが機能する、という好ましくない状態を正常にするには、有価証券取引税は再導入されるべきだ。ゼロ金利をプラスにすることができなければ、有価証券取引税の再導入で、異常に膨れ博打場と化している流通市場を普通の市場にしなければならない。
時価総額・名目GDP比率をみても2023年は146%と34年ぶりに1989年を超え、過去最高を更新した(因みに、米国の同比率は3倍を超えており、日本をはるかに上回る異常な状態が続いている)。2023年の売買代金・名目GDP比率は170%と2年連続で過去最高を更新し、1989年の78.6%とは比較にならないほど商いは膨らんでいることがわかる。売買回転率はバブル期でも100%に達したことは一度もなかったが、2004年以降は100%超が続いており、株式流通市場は明らかに実体経済とは掛け離れ、バブルの様相をみせていると言える。
売買代金は一日、5兆円を超え、株価は過去最高値を更新、時価総額は1,000兆円超と記録づくめの数値が飛び交っても、日本経済にその影響をほとんどみることはできない。株式と実体経済との関係は極めて希薄だと言える。例えば、GDP統計によれば、2023年の実質家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)は10年前の2013年を3.0%下回っている。株高の家計への効果はプラスではなくマイナスであったのだ。要するに、博打場がいくら栄えても普通の経済に良い結果をもたらさないことと同じことなのだ。むしろ、社会に悪い影響を及ぼすことになる。博打をすればほとんどの人が金を失う、そして心が荒むことになり、儲かるのは胴元やそれに関わる人たちだけである。つまり、株式でも同じで、国と証券会社や投資信託会社などが潤うだけなのだ。
寄ってたかって博打に興じれば、本業が疎かになることは必定。場は四六時中開いており、相場をスマホでチェックできるのだから、寝床まで相場は侵入し、常に気になることになる。国は頻りに投資を進め、投資を促す仕組みを導入しているが、それに乗っかって相場に引きずり込まれれば、足をすくわれるだけだ。
国が推奨したことが国民のためになった例は稀である。新型コロナワクチンにしても効くのか効かないのか十分に検証することなく、国民に接種をなかば押し付けた。株式は検証できないものであり、先のことはだれもわからない。どうなるかわからない株式を購入しなさいと国は進めているのだ。それにつられて相場にのめり込み財産の多くを失っても自己責任となり、取り戻すことはできない。これまでにも株式の暴落によって個人や法人が破綻した例は枚挙にいとまがない。
株価を決定づける利益も極めて変動が激しく、今期100億円だったものが来期には50億円になることも珍しくない。今、株価収益率は20倍弱だが、利益が半分に落ち込めば、株価収益率は(株価は同じとして)40倍近くに上昇する。債券利回りは1%ほどだが、2%に上昇すれば、利回り格差は解消し、株式の優位性は消滅する。債券利回りが1%を維持したとしても、利益が半減すれば、株式配当利回りは1%程度に低下し、株式の優位性はなくなる。利益、債券利回り、それらに影響力の強い為替相場などは、あまりにも不確実性の高い変数であり、これらを予測することはできない。金融政策や国の財政政策に限らず、トランプが撃たれたことなどの政治や自然災害などあらゆる出来事が材料として相場に降り掛かって来る。日本の人口減や超高齢化なども重要な要因として株式にじわじわ浸透していくだろう。
しばらく、株式が今の調子で最高値を更新し続けたとしても、退職や老後を迎えたときに、株式がどのようになっているかはわからない。株式はあまりにも複雑で雑多な要因に取り囲まれている。国の口車に乗って、先行き予測不可能な株式(為替も債券も同類)に手を出すのはリスクが大きすぎる。だが、ワクチン接種からわかるように、多くの国民は国の政策を素直に受け入れる傾向がある。命さえも差し出すのだから、国の株式政策に乗ることに逡巡することはないのだろう。
そもそも株式の値付けが頻繁に変わること事態が、現実離れしていることだ。流動資産でもそれほどの変化はなく、固定資産であればなおさら価値の変動は小さい。それにもかかわらず、1秒に満たない超短期で値付けがなされているのだ。それほど変化しないものに変化したかのように値決めすることは矛盾している。だから、株価が変動するのは期待とか噂による場合が多い。株式がいかに盛り上がろうと非生産的であり、なにも作り出さないのだから実体経済とは無関係である。ただ、暴落したときには先物や信用取引をしている人にとっては厄介なことになる。そのような事態が近いうちに起こらないとは限らない。株式を今のような高みへと導き、資産・所得格差拡大を招いた国と日銀の責任は重い。
★レポート、9月半ば頃まで休みます。