企業のコストカットが経済の循環を阻む

投稿者 曽我純, 7月8日 午前8:35, 2024年

昨年末比、7月5日の円ドル相場は13.9%の円安ドル高となり、日経平均株価は22.3%上昇している。円ドル相場と株価との相関関係は極めて強い。これからも円安ドル高が持続すれば日本株は上伸するだろう。株式配当利回りは2%を超えており、10年債利回りを1%p以上上回っている。160円超の円安は今期企業収益を底上げするだろう。日本株の動向は為替相場に大きく依存しており、もし円安ドル高が円高ドル安に反転する兆しがみえれば、日本株は失速するだろう。

6月の米雇用統計によれば、民間部門の雇用は前年比0.1%と前年水準すれすれのところまで伸びは低下しており、7月はマイナスになるかもしれない。失業者は681万人、前年比13.6%増加し、失業率は4.1%と3カ月連続の上昇である。2023年4月、失業率は3.4%まで低下しており、この底と比較すれば6月は0.7%p高くなっている。6月のFOMCの経済予測によれば、今年第4四半期の失業率は4.0%~4.1%であり、すでに上限に達し、『雇用と物価』を最大の目標としているFRBにとっては、さらに失業率が上昇すれば、利下げしなければならなくなる。7月の雇用統計で失業率が4.2%以上になれば、FRBは一気に利下げに動くかもしれない。過去の失業率と政策金利の関係をみると失業率が上昇し始めれば直ちに利下げしている。過去の関係と比較すれば、今回の利下げは雇用統計よりも物価をより重視している姿勢が強く表れている。だが、一旦、利下げに踏み出せば、経済状態にもよるが1%~2%の低水準まで短期間で引き下げられるはずだ。次回のFOMCは7月30~31日であり、その次は9月17~18日であることから、7月の失業率が上昇することになれば、次回7月の会合で利下げに動くだろう。

FRBが利下げに踏み切れば、円安ドル高も収まるだろう。そうなれば企業の期待収益は低下し、日本株は売り込まれることになる。円安ドル高は輸出増や海外収益の嵩上げをもたらし、企業は思わぬ高収益を享受しているだけに、円高ドル安はそれらを逆回転させ、収益は大幅に縮小することになる。収益の落ち込み幅が大きいだけに、株価の下落も深刻なものになるだろう。

日本企業は2%を超える株式配当利回りを株主に与えているが、本当にこれだけの利益を自力で生み出しているのだろうか。円安ドル高だけでなく、法人税率の引き下げなどの税制や超低金利などの要因が企業利益を押し上げている。さらに従業員給与の抑制や下請け企業への値引き要請など、本来の利益創出ではない権力に基づく要因によって、利益は生み出されていることを忘れてはならない。

財務省の『法人企業統計』によれば、2022年度の大企業(資本金10億円以上)税引前当期純利益(NP)は61.9兆円、2012年度比3倍に急増している。2012年度までの10年間の約2倍よりもNPの伸びは加速し、バブルピークの1989年度(17.4兆円)の3.5倍にも膨らんだ。一方、大企業の法人税等は2022年度、10.3兆円であり、NPの僅か16.7%に過ぎない。これは法人税率が1986年の43.3%から2018年には23.3%へと20%pも引き下げられたからだ。そのため2022年度までの10年間に大企業の法人税等は43.3%増にとどまっている。2022年度の法人税等を1989年度(8.86兆円)に比べると16.5%増加しているだけであり、いかに企業の税負担が少ないのかが明白である。法人税等をNPで割った2022年度の比率16.7%は過去最低であり、税制面でのさまざまな優遇措置が企業の懐を潤している。

大企業の2022年度NPは全産業の63.0%を占めており、2006年度(63.2%)に次ぐ過去2番目に高い比率だ。大企業は全NPの63.0%を占めていながら、法人税等の総額に対する大企業の比率は43.9%にすぎないのである。10億円未満の中堅・中小企業はNPの比率が低下しながら、税総額に占める割合は10年前に比べて上昇している。中堅・中小企業のNPの分け前は少なくなっているにもかかわらず、法人税等の割合は高くなるという酷い事態となっている。だから、2022年度の当期純利益は大企業の分け前が68.7%と税引前よりも5.7%pも高くなっている。従業員数では大企業723万人(全体の16.8%)に対して、中堅・中小企業3,586万人(83.2%)であり、売上高では大企業の占める割合は38.0%にすぎない。大企業の売上高は2022年度までの10年間、年率1.14%しか伸びなかったが、NPは年率11.7%で拡大した。売上高が低迷してもNPは異常な伸びをしてきた。

2022年度の大企業の支払利息等は3.7兆円であり、2019年度の2.5兆円よりは増加しているが、過去のピーク(1991年度の13.7兆円)に比べれば10兆円も減少している。2022年度の大企業借入金利子率は1.0%であり、超低金利政策が支払利息等の負担を限りなく軽くしている。借入金利子率は第2次石油危機の9.6%(1980年度)をピークに、1989年度のバブルの頂点では5.6%、その後はバブル崩壊とともに、ゼロ金利、マイナス金利へと異常な金融政策によって、借入金利子率は低下していった。2022年度の動産・不動産賃貸料は9.3兆円と10年前とほぼ同じである。

大企業の従業員給与プラス賞与は2022年度までの10年間、年率0.84%と売上高(年率1.14%)以下に抑えられたことなどから売上高原価は年率0.94%、販管費も年率0.56%と売上高の半分以下に抑制された。このようなコストカット政策が、売上高が低迷しつつも利益を押し上げたのである。本来、利益が出るのは売上高が伸びるからであり、年率1.14%の僅かな伸びでは、利益の急増は起こらない。コストカットすることは支出を最小限にとどめることであり、他の企業にとっては売上が伸びないことになり、経済全体の有効需要不足を招くことになる。過去数十年、企業はそうしたコストカット政策を追求したことで、有効需要不足による経済停滞状態を作り出してしまった。経済が拡大再生産するためには、利益が出ている企業はそれを溜め込むのではなく、お金をなにかを購入するために使わなければならない。支払われたお金は家計や企業の所得となり、それが再び支出されることで経済は循環していくのだ。利益として溜め込んでしまえば、支出、所得、支出という関係が成立せず、経済循環は十分に機能しなくなる。バブル崩壊以降、こうした企業の支出絞り行動が日本社会を閉塞状態にしてしまった。

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