この先どうなる円ドル相場

投稿者 曽我純, 7月1日 午前8:58, 2024年

円ドル相場は160円を突破し、1986年12月以来約38年ぶりの円安ドル高だ。この先円ドル相場はどうなるのだろうか。このまま円安基調が持続するのか、それとも反転するのだろうか。為替相場は基本的には、その国の経済力によって決まる。日本の経済力が米国よりも強ければ円高になるし、逆であれば、ドル高になる。

米国の経済力が日本を引き離していることが、これまでの円安ドル高要因であり、今後さらに経済格差が拡大していくと予想されるならば、円安ドル高は止まることなく、進行していくことになるだろう。経済成長率が低い国よりも高い国のほうが、売上や利益の拡大も期待できる。だれでも期待収益率のより高いと予想できる国の通貨を選択するだろう。金利は実体経済の期待成長率が高いか低いかの結果として決まる。長期金利7%の国は7%以上の儲けが期待できるから7%の金利でも金を借りるのだ。収益率が7%に低下するまで金を借り続けるだろう。長期金利3%の国は7%の国よりも収益の機会は少なく、資金需要も弱い。長期金利は、長期期待経済成長率はどの程度になるかを睨みながら推移していく。したがって期待成長率が高い国の金利は高く、低い国の金利は低い。だから、期待成長率と金利とはほぼ同じ動きをする。

通貨は、期待成長率の低い国の通貨から期待成長率の高い国の通貨、同じことだが、期待金利の低い国の通貨から期待金利の高い国の通貨へ流れて行く。金利が低ければ借りやすく、金利の低い国で借りた通貨を金利の高い国の通貨に換え、高金利高収益を求める。例えば、2020年末に円を借り、ドルで運用すれば、値上がり益だけで50%ほど稼げ、債券などを購入していれば、さらに利息収入も加わることになる。

1990年までの10年間の実質経済成長率は、日本(年率4.50%)が米国(3.31%)を凌いでいたが、日本のバブル後の1990年から2023年までの33年間を比較すると、米国は年率2.45%であり、日本0.83%の3倍近い高い成長をしている。これだけの成長格差があれば、円の対ドル相場は弱くなるのが当たり前なのだ。名目経済成長率を比べても米国の年率4.72%に対して、日本は0.75%と6倍強の大幅な格差がある(因みに、ドイツ年率3.16%、イギリス3.87%)。

2023年の米名目GDPは27.36兆ドルであり、日本は591.7兆円、1ドル=160円で換算すると3.69兆ドルとなり、米GDPは日本の7.4倍の規模なのである。人口は米3億3655万人(2024年4月)、日本1億2389万人(2024年6月)であり、一人当たりのGDPは米国8.12万ドル、日本2.97万ドルとなり、米国は日本の2.72倍の規模である。

日米の年実質経済成長率を比較すると、日本のバブル期である1987年から1991年の5年間は日本が米国の成長率を上回っていたけれども、1992年以降2023年までは2010年を除けば、すべて米国が日本よりも成長率は高かった。これだけはっきりした経済力の違いが表れれば、円安ドル高は起こるべくして起こったといえる。ファンダメンタルズが違うのだから致し方ないのである。そのことは財務省もわかっているはずだ。だから、介入してもその効果は一時的であることから、介入をためらっている。

2021年の年平均円ドル相場は109円41銭と2021年までの過去6年間の変動幅は小幅であった。新型コロナで2020年の米国経済は実質2.2%減と2009年以来11年ぶりのマイナス成長に陥ったため、FRBは2020年3月、FFレートゼロまで引き下げた。こうしたゼロ金利政策によって、円ドル相場は100円台の円高を維持できていた。ところが2021年の米実質経済成長率は前年比5.8%も伸び、新型コロナ以前の2019年の水準を上回った。それでもまだゼロ金利は解除されず、2022年2月までゼロ金利が維持された。2022年3月にゼロから0.25%に引き上げられてからは、利上げは急ピッチとなり、1年後の2023年3月には4.75%に上昇した。こうした急速な利上げが2022年の円ドル相場を130円77銭(年平均)へと引き上げ、1991年以来31年ぶりの円安ドル高が実現した。だが、実際には、FRBの利上げよりもすでに2021年以降の急速な米景気回復が円安ドル高進行の最大の要因だった。

2021年の日米成長率落差は実質3.2%pに拡大し、1999年(5.1%p)以来22年ぶりの大幅乖離となった。2022年は0.9%p、2023年は0.7%pに縮小したが、2023年の円ドル相場(年平均)は140円17銭、2024年1月から5月までは約150円へと円安が進行している。今年第1四半期の米実質成長率は前年比2.9%、片や日本は-0.1%であり、格差は3.0%pある。これだけの格差があることは、日本よりも米国のほうがはるかに儲ける機会が多いということになり、ドル需要が高まっている。

今年第1四半期、米実質GDPは前年比2.9%と前期よりも0.2%p低下したが、新型コロナ前の2019年までの10年間の年率の伸びは2.38%であり、第1四半期はこれを上回っており、米国経済の足取りは決して弱くはない。一方、2019年までの10年間、日本は実質年率1.19%であったが、今年第1四半期はマイナスだ。2023年の実質GDPは2019年を1.1%上回っているが、家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)は1.6%、民需も1.2%それぞれ2019年を下回っている。

こうした成長格差が持続することになれば、円ドル相場は200円を目指すことになろう。日本の2019年までの10年間の実質経済成長率は年率1.19%だったが、これからの10年間はこれを下回るだろう。出生数は著しく減少しており、人口減と超高齢化によって消費は伸びないだろう。消費が伸びなければ、設備投資の分野は限られてくる。住宅もゼロ金利の効果が出尽くしており、日本人人口が前年比84.1万人も減少(今年1月1日現在)していることから推測すれば、年42万戸の住宅が空家状態になっている。今後、人口減はさらに拡大し、毎年想像を絶する家屋が放置されることになるだろう。

経済が停滞から抜け出せないのは、自民党政治が目先と企業重視の政策、ワシントンと赤坂の意向を窺う米従属を貫いているからだ。今の経済社会状態にしたのは紛れもなく自民党政治である。国民のことは適当にあしらい、大局観と長期視点を欠いた政策の連発では、停滞感は増すばかりだろう。

日本人の現状維持、事なかれ主義は変わらず、明らかに経済が悪化しているにもかかわらず、お茶を濁す程度のことしかしない。民間部門は停滞ではなく、落ち込んでいるのだ。おそらく、今後、民間部門はさらに縮小していくだろう。徹底的に打ちのめされるまで、この事態は放置されることになり、第2次大戦の結末と同じ轍を踏むことになる。そして肝心要の人が責任を取らない無責任体制が続くことになる。

6月21日、政府が閣議決定した『骨太方針2024』では「賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現」と謳われているが、過去数十年間できなかったことが、さらに厳しい社会環境のなかで実現可能なのだろうか。「賃上げと投資」は「消費と投資」に等しく、これが拡大すれば経済の拡大再生産が可能だが、すでに繰り返し言われてきたことだ。けれども、GDP統計によれば、2023年までの過去20年間に家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)は名目年率0.57%、民間企業設備は1.20%であった。民間企業設備は家計最終消費支出よりも伸びているが、過去最高は1991年であり、2023年の民間企業設備は1991年を4.3%下回っている。これだけ消費が不振であったため、名目GDPも年率0.61%の超低成長であった。所得分配や税制の抜本的改革が行われることなく、現状の制度的枠組みのなかで民間部門の成長などできるわけがない。これまでの経済不振を作り出してきた原因を突き止め、そのことがわかれば徹底的に膿を出し、変えていかねばならない。今にも倒れそうな政権にそのような大それた改革は、できはしない。そうであれば、日本経済の成長速度はほとんど止まり、米国との成長格差はますます開いていくだろう。成長格差が拡大すればするほど、円安ドル高に向かうことになる。

もし、円高ドル安が起こるとすれば、米国経済が本格的な景気後退に陥った時だ。それが顕著に現れたのはリーマンショックであり、2012年の年平均円ドル相場は79円55銭(年平均最高値)の円高となった。過去最高値圏にあり、バブル化している米株式が崩壊するようなことになれば、円は急速に戻すだろう。エヌビディアに代表される半導体関連株は明らかに行き過ぎであり、バブルだ。株価収益率は高いし、配当利回りがほぼゼロという異常な状態が是正される場面を迎えることになれば、米国経済は収縮を余儀なくされるだろう。

あるいはトランプが返り咲くことになれば、今の円安ドル高は行き過ぎだとドル安誘導発言が飛び出すかもしれない。米国第1に考える人物だから、輸出増、輸入減を目指すさまざまな方法を打ち出すのではないか。2023年の米経常収支は9,053億ドルの赤字だった。2022年の1兆120億ドルより減少したが、トランプ在任の2019年4,417億ドルや2020年6,012億ドルに比べれば大幅に赤字額は増加しており、トランプにとっては面白くないはずだ。

1776年の米独立宣言によれば、米国民は「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」のだが、今では海外での代理戦争と武器輸出に精を出し、所得・資産格差は民主主義を金で蹂躙し、都市のスラム化は酷くなるばかりだ。

81歳の大統領がまだ大統領を目指し、対立候補も78歳という事態は米国が黄昏をすでに過ぎ、夜が更けている状況を暗示している。老人では米国の原動力である「フロンティアスピリット」を鼓舞する力はなく、日本と同じように表面を糊塗するだけの政治に終始し、米国が抱えている所得・資産格差等の問題はさらに大きくなる。いつの時代もそうだが、こうした貧富の拡大は社会にストレスを溜め、対立や暴動の原因となる。これまで海外でのでっち上げ戦争や仮想敵国をこしらえ米国の立場を正当化していたが、こうした方法は通用しなくなってきている。世界からも、米国に厳しい目が向けられており、以前のような権勢は失われてしまった。

為替相場は経済要因だけでなくあらゆる問題を織り込んでいく。特に、依然ドルが世界で一番通用する通貨であるため、米国の政治経済の変化には敏感に反応する。バイデンは降ろされるのかどうか、だれが大統領になるのか、これが当面の最大の為替変動要因になるのではないか。

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