円安、国内回帰せよとの鉄槌

投稿者 曽我純, 6月2日 午後1:03, 2024年

日本の10年債利回りが上昇し続けている。米国も利下げが遠のき利回りは高止まりし、こうした債券利回りの上昇が株式の魅力を奪っている。債券安と株安で現金保有比率は上昇しているはずだ。米株の勢いが弱まれば、商品市況も元気がなくなる。株や債券を売却した資金は、どこに向かっているのだろうか。米財務省証券(TB)3カ月物は5.39%だから、当面、これで凌ぐしかないのかも。4月の米CPIは前年比3.4%であり、TB3カ月物は物価上昇率を2%pほど上回っており、満足できる利回りだ。

米10年債利回りは4.5%だが、このレベルからさらに上昇する可能性は低い。例え、上昇したとしても一時的であり、高利回りが定着するようなことはない。CPIは自然に低下していき、FFレートはそれに追随して引き下げられるだろう。遅いか早いかだけの違いだ。長期の観点からは4.5%超の利回りは、債券の購入者にとっては悪い資産選択肢ではないと思う。

4月の米PCE物価指数は前年比2.7%と前月と同じ伸びであった。今年の1月、2月の2.5%からやや上昇、コア指数は4月まで3カ月連続の2.8%であり、足踏み状態だ。だが、PCE物価指数とコアはいずれも、3月のFOMCで示された2024年予測値の範囲内に収まっており、FFレートの引き下げに舵を切ってもよい物価水準なのである。

PCE物価の低下を阻んでいるのは、PCE(個人消費支出)が4月も前年比5.3%も伸びているからだ。今年第1四半期のPCEは前年比4.9%だったが、第2四半期も5%前後伸びるのではないだろうか。PCEが高い伸びを維持していることは需要が根強いからであり、そのような経済状態のときには、物価はなかなか下がらない。FFレートを高水準にとどめていても、雇用が拡大し、賃金が伸びていれば、消費者は金利など気に掛けずに消費するのだ。

FFレートを高く据え置くことによって、CPIを低下させることはできないと見たほうが良い。両者はほとんど関係がないからだ。CPIは需要と供給の実体経済で決まり、金利で左右される現象ではないからだ。

2008年末、FFレートはゼロまで引き下げられ、巨額の債券買い入れによってマネタリーベース(MB)は急増した。しかし、CPIは一向に上昇しなかった。日本でもコールレートは1990年代半ば以降ほぼゼロであったが、日銀券(BN)の伸びは大きく変動した。BNやMBの変動幅は激しかったが、CPIには、なにの変化も起こらなかった。つまり、金利や貨幣量でCPIを引き上げたり、引き下げたりすることはできない、ということなのだ。物価は需給で決まるのだから、当然の結果と言える。貨幣量と物価の関係が成立するのは「貨幣数量説」という御伽噺の世界のなかでのみ起きることなのである。

FRBや日銀は金融政策が、物価や雇用をさも調整できるのだというが、そう言わないと立場がなくなるからだ。あるいは本当に、金融政策がそのようなことができる、と信じ切っているメンバーもいるのかもしれない。CPIに無関係の金利やBNについて会議を開き、市場関係者はその会議の決定に振り回されことを飽きもせずに繰り返している。市場の変動を引き起こし、売買を活発にすることが当局の役割だと割り切っているのであれば、それなりに理解できる。凪の状態では商売にならず、金融政策は市場攪乱要因として歓迎されているのかもしれない。

米10年債の実質利回りは1.1%だが、日本は-1.43%とマイナスである。債券利回りが1%超まで上昇しても、実質では依然大幅なマイナスであり、借り得の状態にある。こうした借り得であるマイナス実質利回りの解消には、利回りがCPIの水準まで上昇するか、CPIが利回りの水準まで低下するか、利回りが徐々に上昇しCPIは徐々に低下し両者が一致するかである。

日本のCPIは低調な需要によって低下していくことは確実である。一方、債券利回りは債券供給よりも需要が勝っていること、さらに長期の期待経済成長率が低いことなどから上昇力は弱い。本来、借り得状態であれば、債券発行は増加するはずだが、設備投資にも豊富な内部資金で都合できることから、借り得は解消されにくい。

急激な人口減と超高齢化によって日本の消費は減少し続けるだろう。すでに東京都区部のコアCPIは5月、前年比1.7%と2カ月連続で2%未満に収まっている。今年第4四半期には1%未満に到達し、債券の実質利回りはプラスに転じるだろう。

債券利回りの上昇が株式の優位性を奪いつつある。以前、200bpを超えていた株式配当利回りと債券利回りの格差は足元、113bpまで縮小してきた。債券利回りが2%まで上昇すれば格差は解消することになる。あるいは企業業績が悪くなり、大幅な減配となれば、一気に債券利回りに近づくことになる。円安ドル高傾向が企業業績を嵩上げしており、高配当の持続が期待されるが、自力で稼いだ利益でないだけに、業績の急変が起こることも想定しておくべきだ。株式はリスク資産であることから、113bpの優位性などすぐに覆される。格差が100bpを下回ることになれば、株式を利回り格差だけで買うのは危険になってくる。

円安ドル高はどこまで進行するのだろうか。円安ドル高は輸出増と輸入減によって貿易収支を改善させる。貿易黒字が増えてくれば、当然ドルの持ち高は膨れ、ドルを売って円を買うことになる。そうした円買いドル売りが増加すれば円高ドル安になる。だが、3年連続の急激な円安ドル高にもかかわらず、2023年度も5.8兆円の赤字となり、これで3年連続の赤字だ。2022年度の22.0兆円の巨額赤字からは脱却したものの2020年度の106.04円(年度平均)から2023年度の143.79円までの円安ドル高をもってしても、赤字から抜け出せないでいる。資源高や新型コロナといった要因が従来の為替と貿易収支の関係を変えたけれども、いつまでも為替変動が貿易収支に現れないことはない。貿易赤字が黒字になり、黒字が定着することになれば円安ドル高は円高ドル安になるだろう。

米10年債利回りが頭打ちとなり、日本の利回りが緩やかに上昇していることも円ドル相場の転換を示唆している。日米10年債利回り格差は昨年10月、400bpを超えていたが、直近では343bpに縮小している。PCE物価指数が緩やかにでも低下傾向を辿っていけば、FRBは利下げせざるを得ないだろう。大統領選挙をFRBは睨みながら、できれば早期に利下げしたいのではないか。一旦、利下げに踏み出すと2%程度まで、時間を掛けずに引き下げられるはずだ。当然、債券利回りも4%以下に低下し、日米の利回り格差は縮み、円高ドル安となる。

前回のレポートでは経済力の観点から為替を考えたが、今回は貿易収支や金利差といった短期の視点から為替を捉えた。それにしても日本は安くなったものだ。先週末の円ドル相場は2023年度平均に比べて9.4%も下落している。このように円安が進行すれば、GDPの世界順位もさらに下がるだろう。輸入価格はどんどん上昇することになるので、できるだけ国内でものは作らなければならない。特に、自給率の低い食料は国内生産を見直し、自給率を引き上げるべきだ。

何か事が起きれば、日本はすぐに飢え死に直面する状況にありながら、国は食料生産ではなく軍事費の拡大に走り、円安で高い米兵器を購入し、米軍需産業に貢という愚かな政策に邁進している。食べ物やエネルギーがなくて戦争ができるのか。第2次大戦の死者の多くは餓死と病死だったことを忘れてしまったのだろうか。円高で海外に飛び出してしまったが、今度は国内回帰を迫られている。円安は国内を強化せよという鉄槌かもしれない。

Author(s)