遠のく米利下げと上昇する日本の地価・株式

投稿者 曽我純, 4月1日 午前8:17, 2024年

米国経済は好調だ。3月のミシガン大学消費者信頼感指数は2021年7月以来2年8カ月ぶりの高い水準に戻り、2月の米個人消費支出(PCE)も前年比4.9%と前月を0.4%p上回った。米国経済のエンジンであるPCEが拡大していれば、米国経済に大きな問題は生じないだろう。雇用が拡大し、それにつれて賃金が伸び、さらにPCEの増加に繋がっている。2月の耐久財受注(非軍事で航空機を除く資本財)も前年比3.0%、1月のケースシラー住宅価格指数は前年比6.59%と上昇傾向を示しており、設備投資や住宅分野も堅調である。

PCEが好調なのは、民間部門の賃金・給与が前年比5.4%も伸び、PCE物価指数の前年比2.5%を2.9%pも上回っており、「賃金と物価の好循環」の状態にあるからだ。2月のPCE物価指数は前月よりも0.1%p高くなったが、コア指数は2.8%と0。1%p低下した。傾向としては、物価は緩やかに低下しつつある。2%台の物価上昇は経済にとっては適度な体温であり、経済活動を促すような物価の伸びなのである。PCE物価指数は2.5%だが、モノの価格は前年比-0.2%と2カ月連続のマイナスであり、なかでも耐久財の価格は-2.0%と昨年の6月以降9カ月連続の前年割れのデフレ気味であり、3.8%と高止まりしているサービス価格とは対照的だ。

3月20日、FRBはFOMCで経済予測を公表したが、それによれば2024年の実質GDPは2.0~2.4%(第4四半期の前年比、前回の昨年12月の予測は1.2%~1.7%)へと引き上げた。3カ月ほどでこれほどの見直しになるとは、予測はほとんど当てにならないことを裏付けている。だが、この修正された予測は当てになるのだろうか、と問えばやはり当てにはならないとみておいた方がよい。

2月のPCE物価上昇率は今回の予測(2.3~2.7%)に収まっているが、GDPを上方修正したにもかかわらず、前回予測(2.2~2.5%)からわずかに引き上げただけである。物価についてもFOMC予測は当てにならない。金利水準にかかわりなく、物価は低下していくのである。FFレートは今回、4.6~5.1%(前回4.4%~4.9%)と予測したが、現状5.25~5.50%の水準を昨年7月以降、9カ月間続けている。が、昨年第4四半期の実質GDPは前年比3.1%と4四半期連続で伸び率は拡大した。利上げに転じたのは2022年3月であり、それからすでに2年経過したけれども、景気の勢いは増している。10年債利回りは利上げの1年8カ月前の2020年7月に底打ちして大幅に上昇しているが、実体経済にも金融経済にもほとんど影響を与えていない。

昨年第4四半期の米実質GDPは前期比0.8%成長し、2023年は2.5%と前年を0.6%p上回った。第4四半期のGDPは2023年を1.35%p上回り、今年第1四半期以降4四半期、昨年第4四半期の水準で推移しても1.35%の実質成長となる。FOMCの予測値に達するには、今年第1四半期から第4四半期まで前期比0.5%伸びればよい。0.5%は年率では約2.0%であり、新型コロナ以前の2019年までの10年間、年率2.38%成長していたことから判断すれば、FOMCの予測は低いと言える。

このように見てくると米国経済はFOMCの予測よりも高い成長を実現できそうだ。そうであれば、政策金利を予測通りに下げないのではないか。経済は持続的に成長し、物価は緩やかに下がっていく。このような経済環境では金利を変更する理由はない。10年債利回りは足元4.2%と昨年第4四半期の名目GDPの前年比伸び率5.9%を大幅に下回っており、期待収益率以下である。また、2月のCPIは前年比3.2%、債券利回りはこれより1.0%p高いだけであり、借手にとっては借りやすい水準だ。これからも10年債利回りは4%台で推移し、実質利回りは物価の低下にともなって徐々に上昇するが、景気を阻害するようなことはないだろう。

FRBは予測以上に堅調な経済に直面しており、現状の金利水準を維持したいと思案しているのではないだろうか。為替相場は円安ドル高傾向にあるが、利下げが遠のくことによって、この傾向を強めるかもしれない。日本企業にとっては、円安ドル高は利益の源泉である。150円から160円の円安になれば2024年度の利益は嵩上げされるだろう。一方、原油を始めとする輸入物価の上昇によって、国内物価は引き上げられることになる。FRBが政策金利を変更しなければ、日本の物価へ上昇圧力が掛かり続け、CPIは2%台からなかなか下がらないかもしれない。CPIが下がらなければ実質賃金のプラス転換は難しく、「賃金と物価の好循環」は画餅に帰す。

経済産業省の『商業動態統計』によれば、2013年から2023年までの小売業の売上高は年率1.61%伸びたが、そのうち0.57%pは医薬品・化粧品小売業の寄与であり、小売業の牽引車である。第2位は飲食料小売業の0.25%p、第3位は自動車小売業の0.13%pと続く。過去10年間で小売りに貢献したのは医薬品・化粧品小売業であり、小売業の売上増加額の約三分の一を占めた。医薬品・化粧品小売業を除けばほぼ年率1.0%前後の低い伸びであり、医薬品・化粧品小売業以外の需要は極めて低調であり、なかにはマイナスの小売業もある。

経済産業省の『第3次産業活動指数』をみても、2013年から2023年までの10年間、第3次産業はほぼ横ばいだった。伸びの最大は医療・福祉であり、以下、金融・保険業、情報通信業の順である。超高齢化、マイナス金利、IT・AIの進展といった要因により、多様な第3次産業にも伸びる産業が決まってきている。以上の要因がこれからも作用し続けるのであれば、同様の産業が成長し、それ以外は廃れていくことになる。

マイナス金利からプラス金利にはなったけれども、ほぼゼロ金利状態であり、金融はその恩恵を受け続けることになろう。地価は値上がりしているが、過去10年間でみると不動産業はほぼ横ばいである。その中で伸びているのは、新築戸建住宅販売、戸建住宅販売仲介である。

国土交通省の『地価公示』によれば、2024年1月1日時点の全国全用途平均地価は前年比2.3%と3年連続で上昇した。東京圏は4.0%だが、地方圏は1.3%にとどまり、格差は大きい。例えば、2014年=100とすると、2024年の東京都の住宅地は121.81だが、全国では104.66であり、商業地については東京都の146.66に対して全国は115.50であり、東京都との格差ははなはだ大きい。東京都の住宅地は2024年までの10年間で21.8%、商業地は46.66%も上昇しているのだ。その間、CPIは11.7%の上昇にとどまっていたので、東京都の土地を保有、購入していれば、実質的に増価したことになる。日経平均株式の同期間、2.05倍に比べれば、半分ほどだが、日銀のマイナス金利が地価上昇の原動力となったことは間違いない。日銀は物価については拘るのだが、地価や株式については野放しなのだ。地価や株式はいくら上昇しても問題はないとのスタンスなのである。ETCを買うのだから値上がりしなければ困るわけだ。ゼロ金利は物価にはまったく効かなかったが、金利が購入コストの大半を占める不動産や株式には極めて効果的であった。ゼロ金利は不動産と株式のための政策であったと言える。

2023年末の国内銀行の個人向け住宅資金貸出金は145.28兆円、2013年末の111.28兆円から30.6%も増加した。同期間、信用金庫は15.40兆円から17.79兆円に増やしている。金利が低いからこれだけ住宅向けの貸出が伸びたのである。このような不動産向け融資が腰折れしないように、日銀は金利をゼロに近い水準に維持するだろう。

過去10年間、名目GDPは16.3%増にとどまっているが、東京の商業地は44.66%、株式は約2倍とGDPを大幅に上回っていることは到底正常な動きとは言えない。マイナス金利という常軌を逸脱した金融環境が生み出した高騰なのである。東京の地価上昇期待が住宅の購入を促し、根強い購入意欲がさらに地価を上げるという期待による値上がりが起こっている。地価の上昇が東京の経済を活発にし、人・金・モノが流入し、さらに地価を引き上げるというバブル的過程とも取れる。そこになにかの切っ掛けで、地価か株式の値上りが逆に動き出せば、1990年代に似たような経済収縮が起こらないとはいえない。地価や株式が実体経済から掛け離れれば離れるほど、経済収縮のリスクが高まることは、これまでの歴史が証明している。

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