国債依存経済で2%の持続的物価上昇はあり得ない

投稿者 曽我純, 3月25日 午前9:01, 2024年

19日、日銀は無担保コールレートをマイナス0.1%から0~0.1%にした。日銀は「賃金と物価の好循環の強まりが確認されてきており、・・・2%の「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断した」。だが、高々0.1~0.2%ほどの引き上げである。この程度の微調整でなにが変わるのだろうか。為替は円安ドル高傾向が持続し、日本株は過去最高値を更新している。円安ドル高が続けば、物価は賃金以上に上昇し、大企業の業績は伸びるだろう。せいぜい恩恵を受けるのは大企業の従業員(法人企業統計、全規模全産業従業員の16.8%)の賃金くらいだろう。

10年債利回りは1%未満の低い水準にへばりついたままであり、2022年度の企業の支払利息等は7.16兆円、ピークの1991年度(37.92兆円)の18.9%でしかない。これからも10年債利回りは1%未満で推移し、企業の利払いは限りなく少なく、逆に家計の受け取る利息はほとんどゼロに近い。

仮に、2%の物価が実現されることになれば、賃金は2%以上に上昇しなければならないことになる。賃金が2%超も上がることが果たして可能なのだろうか。過去のデータからはこのような賃金上昇は想像もつかない。『法人企業統計』によれば、2012年度から2022年度までの10年間で全規模全産業の一人当たりの賃金(賞与を含む)は年率0.49%と1%の半分しか伸びていない。資本金10億円以上の大企業でも0.9%増にとどまっている。より長期の過去30年間ではほぼ横ばいなのだ。それほど賃金は抑えられていたのである。賃金を犠牲にすることで、同期間、当期純利益は3.1倍に急増した。

いままで0.5%しか伸びていなかった賃金が、これから先、いきなり2%から3%のような高い伸びになるとは到底考えられない。なぜこれから賃金の高い伸びが見込めるのだろうか、不思議でならない。1981年度から1991年度の10年間の従業員一人当たりの賃金は年率3.18%で増加したが、それに近いような伸びが期待できるとは信じがたい。それだけ賃金が増加することは、GDPも同じような拡大経路を辿らなければならない。今後、賃金が年率2%超で伸びるような世界は御伽噺のなかでのことであろう。

FRBやECBが想定しているから日銀も同じように2%の物価目標を掲げているが、まったくナンセンスな想定である。1970年1月から2024年2月までの約54年間のCPIは年率2.36%であり、目標よりも高い伸びであった。この間、2度の石油危機と消費税導入を経験しており、1990年までの20年間では年率5.48%であった。だが、1990年1月から2024年2月までの34年間では、CPIの伸びは年率0.57%である。この間、消費税率は3%から10%に引き上げられている。こうした明白な値上げ要因があったにもかかわらず、34年間におよぶ長期の伸びが年率0.57%と1%の半分ほどの超安定していた事実を日銀はどのように捉えているのだろうか。再び、石油危機のような突飛なことが起こるとの前提で2%を目標としているのだろうか、皆目わからない。

物価を押し上げるのは最終需要の強さである。例え、賃金が引き上げられたとしても、増加した賃金の大半を貯蓄したので物価は上がらない。これまでの家計の行動は先行きへの不安から消費性向を引き下げてきた。総務省の『家計調査』(二人以上の世帯のうち勤労者世帯)によれば、平均消費性向は2014年の75.3%をピークに低下していたが、新型コロナによって2020年には61.3%、前年比6.6%pも急低下した。2021年以降、3年連続で上昇したが、それでも2023年は64.4%であり、新型コロナ前よりも3.5%pも低い。世界経済が力強く、外需が好調なことも景気拡大の要因になるけれども、IMFの予測によれば2024年の世界経済成長率は3.1%と前年比横ばいである。

2023年までの10年間で、家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く、CH)は年率1.06%、実質では-0.3%、同デフレーターは1.37%であった。デフレーターが2%超になれば、CHは過去10年間の伸びよりも1%p超高くならなければならない。当期間、雇用者報酬は年率1.72%、実質では年率0.35%であり、この程度の報酬の伸びで、物価が2%も上昇することになれば、報酬は実質マイナスになる。

1994年から2022年までの28年間のCHの伸びは年率0.36%であり、GDPは0.32%しか伸びなかった。伸びているのか停滞しているのか、わからないような経済状態であった。このような地上に墜落しそうな超低空飛行では物価が上がることなどありえない。むしろ、物価はプラスではなくマイナスになるような弱い需要なのだ。事実、GDPデフレーターは2022年までの28年間のうち21回がマイナスであり、年率-0.4%のマイナスだった。

日銀が過去の事実に真剣に向き合うのであれば、最大限関心を寄せなければならないことは、デフレなのだ。「2%の「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至った」というが、どこにそのような根拠があるのか。

生産年齢人口は1995年の8,726万人をピークに減少しており、今年3月1日現在では7,371万人へとピークから1,355万人減、15.5%も減少している。生産年齢人口に遅れること13年、人口も2008年の1億2,808万人をピークに今年3月1日現在では1億2,397万人である。2008年の総人口に占める生産年齢人口は64.5%だったが、2018年には59.8%と60%を下回り、現在は59.5%である(G7で60%を下回っているのは日本だけ)。

現在、20歳未満の人口1,953万人に対して75歳以上は2,039万人と後者が前者を上回る超高齢化社会だ。10年後に20~24歳の年齢階級になる人口は現在よりも15.8%減少、20年後の20~24歳年齢階級は今よりも35%も減少するのである。20歳~39歳までの年齢階層は現在2,601万人だが、例えば、この年齢層が昨年の出生数75.8万人に関わったと仮定すれば、20年後の同じ年齢層は1,953万人となり、これに単純に75.8万人・2,601万人比を適用すれば、出生数は56.9万人となる。婚姻数の減少、晩婚化等により、算出した出生数に近い結果になるのではないだろうか。この出生数が80歳まで全員生存していたとしても人口は4,552万人となる。国立社会保障・人口問題研究所の出生低位死亡低位推計によれば、84年後の2108年に4,563万人になると予測されているが、甘い数値である。その時の生産年齢人口比率は45.8%、65歳以上比率は47.7%と約半数近くが高齢者なのである。

足元の2023年でも自然減は83.1万人、10年前の3.79倍に急増しており、このような自然減と高齢化の進行でCHが伸びる、あるいは需要が堅調に推移すると想定することができるだろうか。

2022年までの28年間のCHの伸びである年率0.36%の達成もおぼつかないのではないか。GDPはCHによってだいたい決まるのでゼロ近くの伸びにとどまるだろう。名目1%に達しない経済成長を想定しているから10年債利回りも上昇しないのである。例え、利回りが1%を超えたとしても一時的で、また元の1%未満に戻るはずだ。政策金利も長期的に1%を超えるような水準に引き上げることはできない。

GDPを決めるのは投資(+輸出+政府支出)と貯蓄であり、投資>貯蓄であればGDPは拡大し、投資<貯蓄だとGDPは縮小する。至極単純な理論だが、これで経済のこれまでの動向と今後の行方をうかがい知ることができる。日銀の金融政策は投資さえも刺激することができず、ほとんど実体経済との関係はなく、関係を強めているのは株式と不動産だけである。

バブル崩壊以降、日本経済は貯蓄超過の状態にある。この貯蓄>投資のギャップを埋めるのは輸出と政府支出だが、輸出は変動が激しく常にギャップを埋めるほどの影響力はない。それに対して、政府部門は投資不足を補うために赤字国債を発行して、貯蓄=投資を可能にすることができる。

国債を発行すれば、国は国債の購入者からお金を受け取る。そのお金で国はさまざまなモノやサービスを購入し、販売者にお金は支払われ、そして日銀券も増発されるだろう。1983年度末の国債発行残高は110兆円だったが、2023年度末には1,076兆円と40年で9.78倍に増えた。2013年度末から2023年度末までの10年間で新たに332兆円の国債が発行された。均せば年33.2兆円であり、国はこれだけの需要を新たに創り出した。2023年の名目GDPの5.6%に相当する(2023年度の発行額は44.4兆円であり、GDPの7.5%を占める)。いずれにせよ、巨額の国債を発行しなければ、超過貯蓄を吸収できず、経済は収縮していくことになり、国債の発行がなければ、日本経済は直ちにデフレに陥ることになる。

コールレートは1990年代の半ば頃から超低水準で一定しているが、日銀券は大きく変動している。つまり、金利と日銀券にはなにの関係もないし、CPIと日銀券との関連も認めることはできない。ということは、金利とCPIも無関係だということになり、金利ゼロの世界では実体経済と金融との繋がりはなくなるのである。貨幣の本質を去勢した結果だと言える。

2023年末の日銀券発行高を2013年末と比較すると46.8%増加している。名目GDPの増加率は16.3%にすぎず、日銀券はなぜこれほど伸びているのだろうか。ひとつの示唆するところは、国債の増加率46.8%は日銀券の伸びとほぼ同じだという点である。国債の発行額が増加すれば日銀券に対する需要が増加するからなのだろう。

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