米非農業部門の雇用拡大は続いている。2月も前年比1.8%と伸びは鈍化しているけれどもまだまだ高い伸びだ。これから年末にかけて前月比20万人前後の雇用増が期待でき、米国経済は実質前年比2~3%程度で成長するだろう。FRBは物価をみながら政策金利を恐る恐る引き下げるのだろう。引き下げなくても、米国経済は順調に推移しているのだから、弄る必要はないのだ。この程度の金利水準であれば、実体経済は金利に制約されない。米10年債利回りは4%程度へと政策金利を大幅に下回っており、政策金利の低下を織り込んでいる。
昨年末の米株式価額は78兆ドル、2021年末以来の水準である。最近の過去最高値を更新している株価で試算すれば83兆ドルとなり、過去最高となる。政策金利を5.25%に引き上げても、米株式の勢いを止めることはできなかった。7%、8%の高水準に引き上げ、それに伴い10年債利回りもそれくらいの水準を窺うようになれば、相当なダメージを株式に与えるのだが、すでに10年債利回りは4%であり、3%台への期待が生まれているようでは、株式をまともな状態に戻すことはできない。「雇用と物価」だけを任務とするのでは、FRBは349兆ドル(FRB、2023年末)もの金融資産を適切な状態に導くことはできない。
総務省の『家計調査』(二人以上の世帯)によれば、1月の消費支出は前年比4.0%減少した。住居費等を除いても-1.9%と2カ月連続のマイナスとなり、実質では昨年3月以降11カ月連続減である。能登半島地震の影響が考えられるが、他の経済指標には、その影響を認めることはできない。
勤労者世帯の実収入は前年比0.3%と僅かだが昨年4月以来のプラスとなった。だが、消費支出は5.4%減、消費性向は76.7%と前年よりも5.1%p低下し、貯蓄は94,885円、前年比28.6%も増加した。可処分所得は前年比0.8%、2022年比でも3.0%の増加にとどまり、こうした可処分所得の伸び悩みが消費不振の根底にある。
財務省の『法人企業統計』によれば、大企業(資本金10億円以上)の売上高は昨年第4四半期、前年比4.3%増加したが、営業利益は33.6%と3四半期連続の2桁増である。なぜこれほど営業利益は伸びたのだろうか。それは売上原価を抑えたからである。売上高は前年比6.62兆円増加したが、売上原価は1.87兆円に抑制し、販管費の増加額は1.77兆円である。その結果、営業利益は2.98兆円増の11.86兆円と第4四半期としては過去最高を更新した。
昨年第4四半期の大企業製造業営業利益は前年比15.4%増加したが、製造業全般にまんべんなく利益が広がっているのではなく、一部の企業が独り占めしている。円安ドル高の恩恵を受けている自動車・同付属品が前年比増加額の大半を占めているのだ。増益とは言え、こうした歪な利益構造に依拠しているだけに、円安ドル高が反転すると、製造業の営業利益は急速に縮小してしまうことになり兼ねない。非製造業の営業利益についても電気、情報通信、卸売業などに偏っており、すみずみまで増益が行き渡っているのではない。
売上原価の伸びは前年比1.5%と売上高の伸びよりも2.8%pも低いことは、原材料、製品などの仕入れ価格を抑え、人件費も大幅に引き上げなかったからだ。売上原価を抑えることは、大企業に納入している中小企業に値下げを要請し、仕入れ価格を適正な水準以下に引き下げているからだ。
大企業の売上原価の前年比伸び率は2023年第1四半期4.9%、第2四半期1.8%、第3四半期-2.2%、第4四半期1.5%に対して、国内企業物価指数は1四半期8.3%、第2四半期5.0%、第3四半期3.0%、第4四半期0.4%と第4四半期を除き売上原価が国内企業物価指数の伸びを下回っており、大企業は適正価格を下回る価格で購入していることを裏付けている。因みに、CPIの前年比上昇率は1四半期3.6%、第2四半期3.3%、第3四半期3.2%、第4四半期2.9%であり、第1四半期と第2四半期は、売上高がCPIの伸びを上回っている。
売上原価を売上高の伸び以下に抑えることが営業利益拡大の最大の要因だが、すべての企業がこうした行動を取れるわけではない。5千万円以上1億円未満の企業の昨年第4四半期の売上高は2.1%の減収となり、売上原価と販管費を削減したが、31.9%の営業減益となった。さらに小規模の1千万円以上5千万円未満の企業も売上高は2.1%増加したが、販管費が6.2%も増え、営業利益は5.1%減少した。
このように中小企業は売上高の伸びが大企業よりも低く、売上原価と販管費を削っても営業利益を前年比プラスに引き上げることができないのだ。営業利益が減益の企業が給与を大幅に引き上げることはできない。先行き明るい見通しが立てられれば給与の増額も考えられるが、人口動態等、日本の構造的な問題を前提にすれば、売上高が象徴しているように、経済社会の停滞感は増していくだろう。中堅・中小企業はそのような社会状況のなかで生き延びていかなければならないのである。そうであれば、易々と給与を引き上げるわけにはいかないのだ。
大企業と中堅・中小企業との収益の格差はますます開いており、このことが賃金にもはっきり表れている。収益構造の格差が是正されない限り、日本全体の賃金を底上げすることはできない。大企業は賃上げできるが、中小企業の賃上げは雀の涙ほどであろう。日本全体を均せば来年度の賃上げも実質プラスにはならないのではないか。
当期純利益が企業規模別にいかに配分されているかを見ておこう。2022年度までの過去10年間、大企業は3.92倍、1億円以上10億円未満2.56倍、5千万円以上1億円未満1.36倍、5千万円未満2.21倍という具合にほぼ企業規模が小さくなるにしたがって、当期純利益の伸びは低下している。
企業規模が大から小に行くにしたがって、当期純利益が伸び悩むことは、大企業の当期純利益に占める割合が高くなっていることでもある。2022年度の当期純利益のうち大企業の占める比率は68.7%であり、10年前の2012年度比14.1%pも上昇する一方、1億円以上10億円未満は14.3%、3.1%pの低下、5千万円以上1億円未満は4.4%、5.8%p低下している。当期純利益は大企業に集中しており、中堅・中小はそのお零れでがまんさせられている。
当期純利益が大企業に偏っていることは、従業員の給与も同じく大企業に厚く、中小企業に薄いことでもある。資本金10億円以上の大企業と1千万円以下の中小企業では中小企業の一人当たりの給与(賞与を含む)は大企業の39.6%でしかない。10年前の2012年度は41.3%だったので、格差は拡大している。2022年度までの10年間で、大企業の給与は9.5%、中堅・中小企業はそれ以下の伸びである。大企業でも10年間で9.5%しか増加していないのだ。年間で2~3%も賃金を増やすことなど及びもつかないことである。
大企業は給与を引き上げることは可能だ。引き上げた給与の幾ばくかは価格に転嫁することもできる。だが、力の弱い中小企業にはそのようなことはできない。価格の引き上げを求めても、相手が大企業であれば、素直を受け入れてくれるとは限らない。おそらく値上げは通らない。中小企業は価格を上げることは叶わず、仕入れ価格は上がるという結果になり兼ねない。そうなれば、収益は一層悪化することになる。給与を上げて価格も上げることができるのは大企業だけなのだ。そうであれば、大企業の一人勝ちとなり、これまでのように大企業と中小企業の格差は拡大することになる。中小企業には価格の引き上げを認め、大企業には価格転嫁を認めないのであれば、大企業と中小企業の格差是正になる。こうした仕組みを導入しない限り、永久に大企業と中小企業の格差を改善することはできない。市場メカニズムは歴然とした力関係のある社会では機能不全となるのである。