S&P500は初めて5,000を超えた。ナスダック総合も2021年11月19日の過去最高値を0.4%下回るところまで近づいた。米株式は絶好調と言える。米10年債利回りが株式配当利回りを大幅に上回っていながら、株式が買い進まれている。前号で取り上げたメガハイテク企業6社のうち2社は配当なし、残り4社のなかで最も高いのがマイクロソフトの0.71%という超低配当企業なのである。PER(株価収益率)の最低はアルファベッド27.68倍で最高はNVIDIAの95.24倍だ。NVIDIAの株価は昨年末比45.7%、2022年末比4.93倍と暴騰している。クラウドコンピューティングによって需要の急増が期待できると言われているが、ITバブルを彷彿させる。AI需要が拡大するとしても、利益が期待できるのであれば新規参入が起こり、利益率は均等化することになる。いつまでも超過利潤を獲得することはできないのだ。一時の利益急増で超人気化しているけれども、早晩、化けの皮が剝がれるだろう。
過去最高値更新の米株に引きつれられ、日本株も過去最高値に近づいてきた。プライムの予想PERは16.11倍であり、懸念されるような水準ではない。予想配当利回りも2.17%と10債利回りより1.45%pも高く、債券より株式が魅力的である。日本のようなマイナス金利のもとでは、2%を超える配当利回りを得られる機会はほかにない。これだけ配当利回りと債券利回りに格差があれば、債券が売られて2%前後まで利回りが上昇しない限り、株式はさらに買われても良いはずだ。
9日終値の日経平均株価は1990年2月以来34年ぶりの高値だ。余すところ2,018円である。今まで、ほとんどの人がこれから先、1989年末値(38,915.87円)を抜くことはないと考えていたのではないだろうか(筆者もその一人)。なぜ、これほどの株式の上昇を予測することができなかったのだろうか。
見逃していた重要なことは株式配当利回り(DY)と債券利回り(BY)の関係である。DYがBYよりも高ければ株式が選好され、その逆もまた真である。こうした単純な関係が株式の動向を決定付けるのだが、身近な材料ばかりに目が囚われ、基本を疎かにしていた。
DYは企業がより多くの利益を出せるかどうか、配当に比べて株価が低いか高いかで決まる。いずれにせよ、利益を持続的に生み出すことが必須であり、そうした増益基調が高配当を期待させ株価を引き上げることになる。
財務省の『法人企業統計』によれば、大企業(資本金10億円以上)の当期純利益は1989年度、8.59兆円と過去10年間で2.66倍に拡大した。その翌年度の1990年度は8.92兆円とさらに拡大したが、1991年度は14.8%の減益となった。1990年度のピークから3年連続の減益で1993年度は3.25兆円と1990年度比63.6%も減少した。その後も金融・信用危機下で当期純利益は極端に落ち込み、バブルピークの1989年度の10年後の1999年度の当期純利益は0.41兆円へと激減した。ITバブルで持ち直したものの、2001年度には赤字に転落した。だが、2004年度には14年ぶりに過去最高を更新、さらに2005年度以降、為替が円安ドル高に振れたことから2006年度の当期純利益は19.6兆円に急増した。ただし、2004年のDYは1.1%(単純平均利回り)とBYを30bp下回っていた。こうしたBYがDYを上回る状況は2007年まで続いた。
リーマンショックによってFRBがFFレートをゼロまで下げると日銀もゼロ金利に復位し、BYもそれに歩調を合わせて低下していった。こうしたBYの低下によって、2008年以降、DYがBYを上回るようになり、株式の優位性が債券を凌ぐことになったのである。
1989年末をピークに長期下降トレンドにあった株式は2009年2月に下降トレンドに終止符を打ち、長期上昇トレンドを形成して行くことになった。2012年までは東日本大震災、リーマンショックの後遺症や円高ドル安が上値を抑えていたが、2013年、日銀が異例の金融緩和策を取ったことから、円安ドル高に反転し、株式は急騰していった。すでに2012年にはDYがBYを1.3%pも上回っており、株式上昇の条件は整っていたのである。
2022年度の当期純利益は51.1兆円と2年連続で過去最高を更新した。10年前の2012年度の3.92倍である。2012年度と2002年度の比較でも3.09倍に拡大しており、過去にない利益を企業は享受した。配当金も2022年度と2012年度では2.32倍に急増しており、2022年度には24.6兆円の配当金が支払われた。
当期純利益が拡大したのはなぜか。2022年度までの10年間で売上高は1.12倍しか増加していないが、売上原価と販管費を売上高の伸び以下に抑えたこと、さらに営業外収益や特別利益の拡大を図ったこと、さらに法人税等が税前利益の伸びを大幅に下回ったことによる。
2022年度の営業外収益は28.8兆円、2012年度比2.57倍に増加し、営業利益の1.83倍を上回り、営業外収益・営業利益比率は76.6%と2012年度よりも21.9%pも高くなった。これほど営業外収益が急増したのは、為替のお蔭なのだ。2022年度の円ドル相場(年度平均)は135円5銭だったが、2012年度は82円58銭だった。円ドル相場は2011年度の78円98銭をピークに4年連続で円安ドル高が進行し、2015年度は120円39銭と2002年度以来13年ぶりの円安ドル高となった。その後、2020年度には106円まで円高が進んだけれども、米国と日銀の金融政策の違いなどから3年連続の円安ドル高になる見通しだ。2022年度約135円だったが、2023年度は140円台へとより円安傾向を強めている。
1971年8月に1ドル=360円の固定相場は終わり、変動相場制に移行した。1978年度には201円に上昇していたが、1982年度には250円まで弱くなるなど、対米黒字は拡大し、それにたいする不満から、1985年9月プラザ合意が結ばれた。1985年度は217円だったが、3年後の1988年度には128円、1994年度は100円を突破する円高に襲われた。その後、110円台、120円台の水準で推移していたが、リーマンショック後、円高が進行し、2011年度には78円まで上昇し、高値を更新した。2022年度の円ドル相場は135円だが、これは1990年度(141円25銭)以来32年ぶりの円安ドル高なのだ。2023年度は140円超と前年度よりも約5円の円安で推移しているが、長期の円ドル相場は、2011年度の78円98銭までの円高ドル安とそれ以降の円安ドル高のトレンドが見て取れる。
為替のトレンドと同じように、当期純利益も2011年度までの緩やかな増加傾向とそれ以降の急増といった明確な違いがある。当期純利益は円ドル相場が円高に振れれば伸びは鈍化し、減益にもなるが、円安なれば増益になるという関係が顕著にあらわれている。当期純利益は為替によってほぼ決まると言って差し支えない。当期純利益を予測する場合、為替の動きを的確に捉えることが欠かせない最重要事項なのである。しかも長期のトレンドをいかに掴むかである。当期純利益が増加すると期待させることが、予想配当利回りを高め、株式を引き上げる原動力になる。奇しくも、現時点の日経平均株価と円ドル相場は、1990年の水準と同じである。
日銀は金融政策を変更してもせいぜいマイナスからゼロ金利にするくらいだろう。ほとんど変化はなく、日本から円ドル相場が大きく変わるようなことは起こらないはずだ。円ドル相場が大きく動くのは、米国の株式や金融政策によってだと思う。昨年12月の米CPIは前年比3.3%、1月の失業率は3.7%、昨年第4四半期の名目GDPは前年比5.8%である。このように、米実体経済は極めて良好であり、金融政策を変更する理由はない。10年債利回りは4.16%だから、十分に金融緩和は行われているのだ。
米国経済の問題は実体経済にあるのではなく、株式にあるのだ。実体経済は放置しておいても、とんでもない方向に走ることはないだろう。だが、株式は違う。これまで、金融緩和と株高を何度も経験してきたではないか。実体経済の約3倍に膨れた株式を2倍にすることも容易ではない。株式が破裂すれば、被害は実体経済に及ぶことは必至だ。そのためには金融緩和は不適切である。大統領選を控え、株高は大歓迎で利下げ圧力が増すだろう。そうした政治的配慮で利下げするとしっぺ返しを食らうだろう。金融政策は実体経済ではなく金融経済の安定のために操作すべきなのである。米国の総金融資産は317.5兆ドル(2022年、FRB)、名目GDPの11.6倍もの巨額なのだから。