日米の株式は活況そのものだ。NYダウに加えS&P500も約2年ぶりに過去最高値を更新した。昨年末比では日経平均株価が7.5%高と米株などに比較にならないほど値上がりしている。10年債利回りは、昨年末比、日本の5bpに対して、米国25bp、英国40bp、ドイツ32bpそれぞれ上昇しており、米国よりも欧州の上昇が目立つ。日米の10年債利回り格差拡大から円ドル相場は昨年末比、約7円の円安ドル高だ。能登地震による日本の脆弱性にもかかわらず、日本株は高騰している。地震のハイリスクを注視するならば、円安だけでなく株安も起こるはずだが、そうはならないところに不気味さを覚える。
「世界で発生する地震の約10%は日本で発生している、世界有数の地震多発国」(鎌田浩毅『地球とは何か』SBクリエイティブ、2018)という現実など投機家にとっては取るに足らないことなのだろう。その時々の株価に掛けているのだから、長期的な視点など端からないのである。このように株式は能登地震などなかったかのように高値を更新しているが、為替はそうではなく円は売られている。だが、その原因は能登地震そのものなのか、日銀の金融政策の現状維持期待が強まったことによるものなのか、定かではない。
円安ドル高を裏付ける要因がひとつある。それは消費者物価指数(CPI)だ。19日、公表された昨年12月のCPIは前年比2.6%と昨年1月のピーク(4.3%)から大幅に低下、2022年7月以来1年5カ月ぶりの低い伸びとなった。2.6%のうち食料(ウエイト26.26%)だけで1.83%pも寄与しており、これを除けば前年比0.77%の伸びなのだ。これでもまだ物価が重要な経済問題なのだろうか。食料を「生鮮食品」(ウエイト3.96%)と「生鮮食品を除く食料」(ウエイト22.3%)に分けて寄与度をみると前者0.39%p、後者1.44%pであり、生鮮食品を除く食料高が物価を引き上げていることが分かる。
昨年12月の「生鮮食品を除く食料」は前年比6.2%と昨年8月まで4カ月続いた9.2%をピークに低下しつつある。食料への志向が調理食品や菓子類などに向いており、そうした需要が食料高を引き起こした。食材を買い求めるよりも、すでに出来上がったものを求める需要への変化が、今回の物価高の一因だと考えられる。物価が上がれば、需要が減退し、物価を下押しすることになるのだが、物価高でも購入額を減らさなければ、高価格が維持されることになる。手っ取り早い、直ぐに口に入れることができるものが、パンデミックで求められ持続することにより、そうした食品の価格は高い水準を保っている。その結果、CPIはなかなか鈍化しないことになる。
日本のCPIに占める食料のウエイトは26.26%だが、米国13.38%、ドイツ15.43%、イギリス13.1%であり、日本の食料ウエイトは米国やイギリスの約2倍である。日本の食料ウエイトが米国やイギリス並みであり、他の物価が不変であるならば、それだけでCPIは2%を下回ることになろう。
米国のCPIに占める食料のウエイトは低いが、住居は34.75%と日本21.49%よりも13.26%pも高い。ドイツは17.24%と日本よりもさらに低く、住居の影響は軽い。昨年12月の米CPIは前年比3.4%、前月よりも0.3%p高くなった。ウエイトの高い住居を除けば1.22%となり、米物価高は住居高が原因だと言える。住居の変化はCPIに遅行する傾向があり、今回も住居のピークは、CPIのピーク(2022年6月、9.1%)の9カ月後の2023年3月(8.2%)である。昨年12月の住居は6.2%であり、CPIほどの低下速度でないことがCPIの低下を鈍らせている。リーマンショックにより、住居価格は前年割れとなったが、その後、持ち直し、2012年6月から2021年1月までの9年弱、住居がCPIの伸びを上回っていた。特に、2014年9月から2020年3月までは前年比3.0%を超え続け、低所得者層の生活を圧迫していた。
昨年12月の日本のCPIは2.6%だが、米国3.4%、ドイツ3.7%、イギリス4.0%といずれも日本よりも高い。昨年12月の企業物価指数は前年比横ばいとなり、CPIはさらに低下することになるだろう。円ドル相場は円安だが、原油価格は70ドル台で落ち着いており、140円台であれば、CPIへの影響は軽微だ。主要国のなかで日本のCPIの伸びが低いことが、円安ドル高の原因だと言われているけれども、翻って、物価が安定していることは、その国の通貨価値が安定していることでもあり、物価高の国の通貨よりも評価されるべきだ。このように物価の観点から通貨を捉えれば、円は決して大幅に値下がりすることはない。経常収支も昨年11月、1兆9,256億円と前年よりも8.7%増加しており、巨額の円買ドル売が発生しているはずだ。
今回、パンデミックによる物価高で欧米の中央銀行は政策金利を急速に引き上げた。一方、日銀は政策金利を引き上げることなく、現状維持を貫いた。政策金利を引き上げなかった日本のCPIの伸びが、皮肉にも、最も低いという結果をもたらしている。つまり、時間の経過とともに、他の条件が大きく変化しなければ、物価は自然に低下、落ち着くということなのだ。金利を引き上げたからといって、需要を著しく低下させることはできないのである。設備投資についてはなおさらそうなのだ。パンデミックという経済外的要因で経済が攪乱されたところへ、政策金利を引き上げれば、さらに経済は混乱することになり、プラス効果は生じない。むしろ、政策金利を引き下げることが、混乱を鎮めるために有効な手段であった。利上げすれば物価を沈静化させることができる、という考えは幻想でしかない。経済外的要因で起こった物価高を金利で抑え込もうとする考えに普遍性はない。中央銀行は古い観念に捕らわれ、そこから抜け出すことができないのだ。
総務省の『家計調査』(二人以上の勤労者世帯)によれば、昨年11月の消費支出は前年比名目2.1%減、実質では5.2%も落ちている。しかも実質は昨年3月以降9カ月連続の大幅減であり、かなり稀な消費の冷え込みである。日経平均株価は昨年、28.2%も上昇したが、消費支出は株式と逆行している。株式がいくら騰勢を強めても、消費を刺激することはできないのである。
昨年の11月までのうち8カ月の名目消費支出が前年割れと不振を極めているが、これは消費支出が物価上昇率以下だということだ。言い換えれば、恐らく、需要が供給を下回っている状態なのだろう。勤労者世帯は物価高に対して需要を抑制している行動が読み取れる。
米国の個人消費支出(PCE)をみれば、実質でも前年比プラスを持続している。2020年のPCEは大幅に落ち込んだが、2021年3月以降はプラスで推移しており、昨年11月は2.7%と2022年3月以来1年8カ月ぶりの高い伸びだ。2022年3月、FRBはFFレ-トをゼロから0.25%に引き上げ、昨年7月には5.25%へと急ピッチの利上げを実施したけれども、実質PCEは堅調そのものであり、利上げがPCEを引き上げているとも取れる。実質PCEのプラスは物価上昇率以上にPCEが伸びていることなのだ。こうした物価上昇率を上回るPCEがCPIの鈍化を妨げているのである。昨年11月の米実質可処分所得が、前年比4.2%も増加していることに注意を払うならば、同月の実質PCEが2.7%増加することは何ら不思議な事ではない。半面、昨年11月の日本の実質可処分所得は前年比4.2%減であり、しかも2022年10月以降、14カ月連続の前年割れという酷い状態に陥っている。これでは日本の物価が欧米に比べて低下するのは当然のことと言える。
物価も雇用も金融政策で改善できるとする考えが一般化しており、みなもそう信じている。結果が、まったく両者を関連付けることができなくても、関連あると信じているのだ。事実を事実として捉えない、そうした現象は経済だけではなく、人為的地球温暖化、新型コロナワクチン、原発等現在の重要な問題にすべて当てはまる。これまで蓄えてきた知見を無視し、事実に目をつむり唯我独尊を貫く。これだけAIが発達しているけれどもデータを有効に活用しないばかりでなく、都合の悪いデータは見つけにくくする、さらには公表しないというあるまじき事態が起きている。デジタル庁が2021年9月に発足したが、膨大なデータを駆使し、国民の生活に生かさなければ、デジタル庁は税金の無駄使いに終始することになる。