米国の利下げが確実視されていることから、欧州通貨は対ドルで、昨年末比上昇している一方、円だけは安い。日銀がマイナス金利を解除しそうにないからだ。そうした日銀の姿勢を反映して、日経平均株価は昨年末比27.1%高とナスダック総合(43.2%)に次ぐ上昇となっている。だが、NYダウは過去最高値を更新し、S&P500も過去最高値に限りなく近づいている。22日の米10年債利回りは3.89%と昨年末と同じ水準まで下がり、英独は昨年末を下回っている。10月下旬以降、米政策金利のピークアウト感から、世界的に株式と債券は動意づいた。要するに、株式や債券はFRBの金融政策次第なのである。すでに来年の利下げの大半は織り込んでしまっているので、これから市場は、実体経済の動向により関心を向けるだろう。
日銀はマイナス金利を止めることに躊躇している。日本経済は長期間、マイナス金利下にあるため、マイナス金利が経済に浸み込んでおり、ゼロやプラス金利になれば、経済に大打撃を与えるかもしれない、という恐れがあるからだ。最も懸念されるのはマイナス金利で牽引されてきた株式と不動産である。金利をマイナスから引き上げることになれば、今まで経済の良かったところが崩れてしまい、日本経済は急速に悪化していくだろう。
日本経済の足取りがおぼつかないなかでも、億ションと言われる高級マンションが売れているのは、マイナス金利だからなのだ。株式もこれほどの上昇をみせたのは、やはりマイナス金利要因をおいて他にない。マイナス金利だから超高額な不動産を購入することができるのである。また、マイナス金利だから株式で僅かの鞘を抜くことができるのだ。
株式や不動産取引は、銀行預金金利や債券利回り以上の利益を期待できるから、日経平均が3万3,000円を超え、高額物件が売れる状況が持続している。マイナス金利を続けていけば、こうした株式や不動産は活況を呈するけれども、それ以外の部門は従来通りの低迷が続き、好調と不調な色分けがより鮮明になり、経済はますます歪んでいくことになる。
こうした経済の歪みを是正するには、金利をマイナスからプラスに引き上げるしかない。ケインズの言うあらゆるもののなかで「自己利子率」が最大なものが貨幣であるけれども、マイナス金利やゼロ金利は貨幣のこの貨幣たる特質を消してしまった。日銀は貨幣を株式、原油や金などと同列に位置付けてしまったのである。金利を生まない貨幣の魅力は失せ、貨幣は株式、不動産、金に向かうことになった。
貨幣の魅力を剥奪したことが、日本経済を長期低迷にしたひとつの原因であることは間違いない。例え、株式や不動産の値が崩れることになっても、マイナス金利をプラスに転換し、貨幣の機能を正常化すべきである。株式や土地は期待や思惑で変動する言わば博打の要素が強く働く。売買するとはいえ、持ち手が変わるだけで、株式に変化はなく、丁か半かの限りない繰り返しにすぎない。そうした博打経済が生活の質を高めるとは、ほとんどの人は思わないはずだ。むしろ生活が荒むことになる。政府はいまだに「貯蓄から投資」のスローガンを掲げているが、賭博経済が極地に達した1989年のバブルを忘れたのであろうか。
マイナス金利の恩恵を受けているのは、お金を借りている人である。不動産などの高額物件を購入する人にとっては、これほど条件の良いときはない。日銀の『資金循環』によれば、今年9月末、最大の資金の借手は政府(1,426兆円)で、2番目は企業(1,050兆円)、家計は(386兆円)3番目である。マイナス金利を最も歓迎しているのは政府であり、マイナス金利だからこれだけ巨額の借金が可能になるのだ。10年国債でも0.7%に満たない利回りで資金を調達することができるからだ。1,426兆円の借金をしても年10兆円の金利負担にとどまる。金利が1%であれば14.2兆円、2%だと28.5兆円の金利負担となる。これだけの借金をしていれば0.1%でも金利が上がれば1.4兆円増えるのだから、政府としては、金利は低いことにこしたことはないのである。政府は日銀に金融政策を現状維持にするように圧力を掛けているはずだ。植田総裁にも就任時にそのことは、政府から釘を刺されているのではないか。
企業にとっても1,050兆円の借金を抱えているので、マイナス金利は大歓迎ということになる。財務省の『法人企業統計』によれば、バブルピークの1989年度の企業の長短借入金は428.4兆円、10年前の1979年度比2.5倍に拡大、その時の支払利息等は26.0兆円だった。バブル後も借入金は膨らみ、1995年度には584.3兆円、1989年度比1.36倍に拡大した。借金は増加したが、支払利息等は23.2兆円に減少した。支払利息等のピークは1991年度の37.9兆円、これが2022年度までの過去最高なのである。支払利息等を長短借入金で割った利子率は1991年度、7.6%だった。長短借入金の最高は1995年度であり、その後、減少していくが、2007年度の408.9兆円を底に増加傾向を辿り、2021年度は1995年度の過去最高を26年ぶりに更新し、2022年度は594.6兆円へとさらに借入金は増加した。だが、2022年度の支払利息等は7.1兆円にすぎず、利子率は1.2%である。かつては37.9兆円も支払っていた支払利息等はいまでは7.1兆円にまで減少しているのだ。2022年度までの過去4年の利子率は1.1%~1.2%であった。欧米並みの3~4%の利子率であれば10~17兆円の追加負担が生じることになる。支払利息等の負担減が経常利益を押し上げてきたのである。
他方、今年9月末、家計は1,113兆円の現預金を保有している。この現預金は金融機関を経由して日銀の国債購入資金や民間企業へ貸し出されている。利息は微々たるもので、普通預金の平均年利率は0.001%、定期預金でも0.003%という酷い有り様なのだ。100万円預けても年10円の利息しかもらえない。預金するよりも借金をすることが理にかなった行動であると言える。家計は犠牲になり政府と企業はその犠牲の上に成り立っているのだ。家計を痛めつけて、政府と企業はその甘い汁を吸う、江戸時代の年貢取り立てを再現しているようにもみえる。
これだけの現預金がほとんど利息を生まないことも、家計消費が伸びない理由かもしれない。2022年度の雇用者報酬は296.3兆円であり、もし3%の利率であれば、家計は33.3兆円(1113兆円×0.03)の利息が得られ、これは雇用者報酬の11.2%に相当する。さらに23兆円(2022年度)の消費税が家計を圧迫しており、マイナス金利と消費税負担が家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く、HC)を抑制している。2022年度のHCは259.4兆円、前年比7.4%伸びたが、これは物価が上昇したからだ。過去10年の年率の伸びは1.07%だが、過去2年間の物価高の期間を除けば、ほぼ横ばいなのである。
ゼロ金利やマイナス金利によって、家計が本来得る利息が企業の支払い利息減となり、利息の分配は様変わりしたと言える。30年近くこのような家計から企業への所得移転が続いており、その額は1995年度の支払利息等を基準にして、過去27年間の総額を求めると360兆円にもなる。
『資金循環』の家計の預貯金額に、3%の利率を適用した1996年度から2022年度までの27年間の利息額を求めると総額691兆円になる。3%利率だと年平均25.6兆円が家計に入っていたのだ。691兆円が利息を支払う側の政府と企業を潤したのである。
日銀が来年以降もマイナス金利を続けていくならば、家計は利息を得られず、政府・企業は利息の支払いを優遇され、家計の犠牲の上に政府・企業が成り立つ歪な経済構造が存続、強化されていくことになる。過去30年ほど続けてきた金融政策が、日本経済にほとんど効かなかったのは、こうした利息に起因する経済構造の歪みが、その一因であることは確かである。過去を反省することなく、目前の些細な問題だけに取り組む姿勢から脱却し、金融政策は何をなすべきか、という根本のところを掘り下げてみる必要がある。
★次号は来年1月15日からとします。
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