米10年債利回りは実体経済に概ね合致しているため、これからは大幅な変動はなく、円ドル相場も1ドル=150円前後で推移し、その後、円高ドル安に向かうだろう。昨年末比、日経平均株価は28.9%もの予想外の上昇となっている。ナスダック総合は36.2%も急騰しているが、NYダウは6.8%にとどまり、FT100は0.5%とほぼ横ばいだ。日経平均株価の株価収益率は16.73倍(日経、前期基準)、配当利回りは2.14%であり、これだけ上がっても、ファンダメンタルズからみれば、株価は値上がりしすぎているわけではない。
債券利回りとの比較では、株式が有利な状態に置かれている。債券利回りの水準が長期的に1%前後であるならば、株式配当利回りが1%程度に低下するまで株式は買われてもおかしくはない。そのような、債券利回りと株式配当利回りが等しくなるには、株価はとてつもなく値上がりしなければならない。ただ、現状の配当が維持できるという仮定が必要であり、もし企業業績が大幅な減益に直面することになれば、株式配当利回りは急低下することになる。あるいは、債券利回りが急騰し、2%程度まで上昇すれば、現状の株価水準と釣り合うことになり、株安感は払拭されることになる。
株式配当利回りが2%台を維持できるかどうかは、今の好業績がこれからも持続するかどうかに掛かっている。財務省の『法人企業統計』によれば大企業(資本金10億円以上)の2022年度の税前当期純利益は61.9兆円、前年度比24.0%であった。2年連続の過去最高更新である。2022年度の円ドル相場が135.05円と2021年度(111.91円)から大幅な円安ドル高となったことが、税前当期純利益拡大の最大の要因だ。営業利益も37.6兆円、前年比8.3%増加し、それまでの最高であった2018年度(37.5兆円)を4年ぶりに更新したが、その差は極めて僅かであった。一方、営業外収益(28.8兆円)は前年度比34.3%も伸び、2021年度の過去最高を大幅に上回った。
海外で稼いだ収益、配当、利息等が円安ドル高によって嵩上げされたため営業外収益は急増している。営業外収益は2022年度・2012年度比、2.57倍に拡大し、営業利益の1.83倍を上回る。営業外収益は2012年度以降、増加傾向を辿っているけれども、2022年度の伸びは異常とも言える。今年度10月までの平均円ドル相場は約144円であり、今のところ昨年度よりも9円の円安ドル高となっており、営業外収益の一段の増益が期待できそうである。財務省の『国際収支統計』によれば、今年度上半期の第1次所得は18.3兆円、前年比3.9%と伸びは鈍化しているが、高水準を維持している。今年度の営業外収益は昨年度のような急拡大ではないが、増加傾向は続くだろう。
円ドル相場は営業外収益だけでなく、営業利益にも関係していることが、過去の両者の関係から読み取ることができる。円ドル相場が貿易収支に影響を及ぼすことは明白である。円安ドル高が輸出を伸ばし、輸入を抑制するが、円高ドル安は輸出を厳しくし、輸入を容易にするからだ。事実、円高のときには輸出は減少し、円安では輸出は増加している。2002年度以降の20年間、輸出が減少しているときには、営業利益は減益となっている(2008、2009、2011、2012、2016、2019、2020年度)。
だが、営業利益が減益になっても、その年に日経平均株価がマイナスになるとは限らない。2002年以降、日経平均株価が前年比減となったのは7回だが、減益と一致するのは3回にすぎず、減益であっても株価はプラスになる可能性が高いのである。2012年以降の10年間では株価が前年比で下落したのは2018、2022年の2回であり、8回はプラスという好成績であった。
日本株の動向を左右するのは利益よりも米株である。2002年以降、米株(NYダウ)が前年比マイナスになったのは6回だが、そのうち4回は日本株もマイナスであった。来年も日本株が上昇基調を持続できるかどうかは、米株次第である。最近の堅調な相場で、NYダウは過去最高値を1,042ドル下回るところまで戻している。利下げもかなり織り込んできているが、さらに利下げ期待が強まることになれば、一気に過去最高値を更新するだろう。だが、すでに米株は実体経済から掛け離れており、いつ正常化の動きが現れても不思議ではない。米株は投機性が強いだけに、経済や政治等の突発的な現象によって急変することもあり得る。
2022年までの10年間で日本株が8勝2敗となったのは米株の影響もあるが、ゼロ金利継続という金融政策の効果が大きい。預金金利はほぼゼロであり、金融機関に預けるよりも、リスクはあるが、資金に余裕のある人は配当を目当てに株式を購入する。配当金は2012年度の10.5兆円から2022年度には24.6兆円へと2.3倍に急増している。2022年末/2012年末の日経平均株価は2.51倍、同NYダウも2.52倍とほとんど同じ伸びであった。一方、名目GDPは同期間、日本の1.11倍に対して米国は1.58倍と日米の経済格差は広がっている。ゼロ金利をどれだけ長い期間続けても、実体経済は言うことを聞いてくれないのだ。ゼロ金利が効果を発揮するのは、株式や不動産のように資金コストが売買の決め手になる金融商品に対してである。だから、実体経済が1.11倍と低迷する半面、株式は2.51倍にも高騰する事態が生じるのだ。
日銀の『貸出先別貸出金』によれば、2023年9月末の個人向け住宅資金貸出金は143.9兆円、10年前比30.2%増である。日本不動産研究所の『不動研住宅価格指数』(東京都)によると、2023年8月までの10年間の上昇率は58.7%、年率では4.72%であり、名目GDP(年率1.07%)の4.4倍の速度で伸びている。ゼロ金利により、昔に比べれば、借入金利が低く、借りやすいことが株式や不動産の流通・販売を促していることは明らかである。
日銀はこれからもゼロ金利を続けるのだろう。麻薬中毒患者と同じように薬抜きにしては成り立たない経済になってしまった。プラス金利にすれば、ゼロ金利だから成り立っていた株式や不動産は大打撃を受けることになるだろう。所有している株式や不動産が値上がりすれば、それを担保に資金を借り、さらに購入するというバブルの道を辿ることになる。今もその過程にあり、東京の不動産はバブル化している。プラス金利への大転換で値段が上がるからさらに買い増しするプロセスは破綻することになり、今度はそれと反対の動きが加速するだろう。ババを掴まされた人たちから逆回転が作動し、下がるから売る、そして売りがさらに値段を下げることが繰り返され、バブルは崩壊することになる。
株式や不動産が値上がりしても、ほとんどの人の生活は楽になってはいない。食料価格高で生活は苦しくなっている。今年第3四半期の雇用者報酬は前年比名目マイナスと依然企業は給与を渋っている。これまで営業利益を捻出していたのは原価や販管費の伸びを売上高よりも低くしていたからだ。売上原価や販管費を抑えるために給与を出し惜しみしていた。2022年度までの10年間の大企業売上高は年率1.14%だが、売上原価は0.94%だった(20年間では売上高年率0.90%、売上原価0.84%)。売上原価比率は78.8%であり、売上原価を売上高の伸び以下に抑えることができれば、営業利益を伸ばすことができる。コストは削減できるが、これでは生産したものやサービスがすべて売れないことになる。コスト削減だけでは需要不足に陥り、経済は慢性的超低空飛行となる。企業の唯我独尊が、超低空飛行をさせている原因のひとつであることは間違いない。
超低空飛行のところへ株式や不動産の下落が加わると、日本経済は急角度で落ち込むだろう。麻薬で騙しながら生き永らえているからだでは少しの変化でも崩れてしまう。ゼロ金利という麻薬に頼らなくても生きて行けるからだを作らねばならぬ。