実体経済を歪める金融政策

投稿者 曽我純, 11月20日 午前8:33, 2023年

米10年債利回りは急低下している。10月末比では50bp低下、これに欧州の債券も追随し、軒並み債券は買われた。先月末から日本の債券利回りも20bp低下したが、水準が1%未満であるため、円ドル相場は大きく反応していない。それでも米国の物価は着実に沈静化に向かっており、ドル高はピークアウトした。

すでに何度も指摘しているように、10月の米CPIは前年比3.2%だが、住居で米CPIは引き上げられており、これを除外すれば、0.87%と極めて低い。物価は問題ではないにもかかわらず、FRB関係者は物価高をことさら強調し、FFレートを5.25%~5.50%まで引き上げ、それによって債券利回りは5%近くまで上昇したが、あきらかに行き過ぎであった。今の債券利回りは、過去20年間の米名目GDP(年率4.44%)の伸びに一致しており、当面、この水準近辺での動きとなろう。

CPIに先行する米生産者物価指数(PPI)は今年6月の前年比0.3%を底に幾分高くなっていたが、10月は前年比1.3%と再び伸びは低下している。PPIのピークは2022年3月の11.7%だが、CPIは同6月であり、PPIが3カ月先行している。また、米輸入物価指数のピークも2022年3月(13.0%)であり、今年の2月には-1.1%とマイナスになり、6月には-6.1%まで落ち込んだが、その後、マイナス幅は縮小している。輸入物価指数は最も景気に敏感であり、10月まで9カ月連続の前年割れは、世界経済の歩みが鈍化していることを表わしている。

物価の沈静化は米国だけでなく、ユーロ圏についてもそうなのだ。10月のユーロ圏HICPは年率2.9%に低下しており、前年同月の10.6%に比べれば様変わりしている。ロシアからの天然ガスが途絶えて以降、エネルギー価格の高騰により物価高に悩まされていたが、天然ガスの問題は霧散し、いまではエネルギーは-11.2%のマイナスとなり、10月のHICPを1.45%p引き下げているのだ。

日本のCPIは9月、前年比3.0%だが、食料を除けば2.01%となり、日米欧については、物価は経済を阻害する要因ではなくなってきている。むしろ、CPIがさらに低下することになれば、デフレ気味となり、経済に深刻な影響を及ぼすことになろう。ユーロ圏HICPはベルギーのマイナス1.7%からスロバキアの7.8%までの幅がある(ベルギーとスロバキアの失業率は5.6%、5.8%)。こうした物価の違いが顕著でありながら政策金利は一律なのである。先週末のベルギーとスロバキアの10年債利回りは3.19%、3.80%と極端な違いではない(今年第3四半期の実質GDPの前年比はベルギー1.5%、スロバキア1.1%)。

今年第3四半期の実質GDPは、米国の前期比1.2%に対してユーロ圏-0.1%、日本-0.5%、英国0.0%といった具合に米国を除いては不振である。経済が振るわないことは、体温が下がり気味であることからも窺える。ものの取引、商いが低調であり、生産活動も沈滞してきているから、物価の伸びが鈍化し、なかにはマイナスに落ち込んでいる製品もある。原油などの商品相場は投機の側面が強いが、景気の影響も受けやすい。WTIがバレル70ドル台に定着しつつあることは、世界経済の先行きを映しているからだろう。

米国経済は今のところ底堅いけれども、緩やかに速度は落ちていくだろう。日欧はさらに減速に向かい、世界経済の足取りが一層重くなれば、原油などの商品相場は一段の下押しとなるだろう。そうなれば、各国のCPIはさらに低下し、債券は買われ、日本の貿易収支は改善し、円高ドル安が進行することになる。

ユーロ圏のPPIは9月、前年比-12.4%と5月以降5カ月連続のマイナスであり、HICPの低下を促すだろう。9月のユーロ圏鉱工業生産指数は前年比-6.9%の大幅なマイナスとなった。新型コロナにより急激な生産減となったが、回復も早く、鉱工業生産は昨年9月頃までは緩やかに上昇していたが、その後、生産指数は低下し続けている。なかでも資本財は-9.5%と急速に落ち込んでおり、経営者のマインドは冷えている。

ドイツの鉱工業生産指数は-4.4%と4カ月連続の前年割れとなり、ユーロ圏の最大の工業国も失速しつつある。なかでもアイルランドの生産は-27.2%と相当深刻な状態に陥っている。ユーロ圏経済は生産だけでなく、小売売上高も冴えず、9月は前年比-2.9%とマイナス幅は拡大しており、需要の側面からも景気悪化が明らかになりつつある。

ドイツ経済は名目GDPに占める製造業の割合が20.3%であり、米国(10.3%)の約2倍である。従って、製造業の生産減はドイツ経済に及ぼす影響は大きく、またユーロ圏も同じように製造業の割合が高く、生産の不振はユーロ圏経済の悪化につながりやすい。ユーロ圏は経済が停滞しているにもかかわらず、失業率は9月、6.5%と2008年以降では最低水準にある。だが、ドイツは3.0%だが、スペインは12.0%と4倍の格差がある。

ECBは2022年7月27日、政策金利をゼロから0.50%へ利上げしてからも、利上げを継続し、今年の9月20日には4.50%にした。これだけ政策金利を引き上げたが、2019年3月から2023年9月までの過去4年半の貨幣量(M3)は27.7%増加し、超低金利期間の2014年3月から2019年9月までの4年半の24.1%を上回っている。

2000年のITバブル以降、FRBは政策金利を実体経済に相応しくない水準まで引き下げてきた。2000年末には6.50%だったFFレートは2003年6月には1.00%まで大幅に引き下げられた。2003年6月のCPIと失業率は前年比2.1%、6.4%であった。2003年第3四半期までの10年間の名目GDPは年率5.44%、2003年第3四半期のGDPは名目前年比5.3%、実質3.2%であり、政策金利を1.00%まで引き下げなければならない理由はなかった。引き下げたのはITバブル後、株式が急落し、その足取りがはかばかしくなかったからである。

リーマンショック後、FRBはゼロ金利と債券買いによってマネタリーベースを極端に増やしたが、CPIはまったく反応せず、ゼロ金利最後の2015年11月のCPIは前年比0.5%と上がることはなかった。FRBは金融政策を総動員させ資金供給を企てたけれども、CPIの伸びをFRBの目標水準に近づけることはできなかった。結局、CPIの伸びが上昇したのは、実体経済が回復してからのことである。実体経済の活動が活発にならないことには体温は上がらないという常識が、中央銀行には通用しないのである。

FRBは「物価安定と雇用の最大化」を目指すと言うが、本心は株式などの金融をいかに守り、いざという時は金融機関を救済することが本務と心得ているのだ。連邦準備銀行の全株式は加盟銀行によって保有されており、日銀のように政府は出資していないことからも、連邦準備銀行は金融機関のための機関であり、金融機関のために働くことは至極当然なことなのである。

FRBが極端な利下げに踏み切るときは、たいてい株式が急落もしくは急落しそうなときである。そうした、金融救済に主眼が置かれているため、実体経済とは掛け離れた金利操作がたびたび繰り返されてきた。実体経済と遊離した金融政策を進めることは、実体経済を正常な軌道に乗せるのではなく、むしろ、本来の道から逸脱させることになる。まだインフレが終息したとは言えないなどと、5%を超えるFFレートを据え置くことも間違った政策なのである。

日銀の政策はもっと酷い。30年近く金利をほぼゼロに据え置くという過ちを犯している。これだけ長期間、ゼロ金利を続けても、実体経済が変わらないのであれば、ゼロ金利の効果はゼロであることは明らかだ。それにもかかわらず、同じことを延々と続ける、まさに戦前の軍国主義と同じ考えである。続ける理由など何もないのだが、日銀には、いまでも国体が息づいているようである。

翌日物金利をプラスにし、10年債利回りは市場に任せればよいのだ。10年債利回りが1%を超えたとしても、影響がでるのは株式と不動産だけではないか。預金金利はプラスとなり、家計は僅かだが利息を得ることができる。これまで資金供給者の家計は利息をほとんど得られず、資金需要者の企業は超低金利の恩恵を享受してきた(2022年度の支払利息等は7.1兆円、1991年度は37.9兆円、財務省『法人企業統計』)。おまけに法人税率も引き下げられ、こうした特恵で企業は巨額の利益を懐にしている。家計は痩せ、企業は太る、このような改悪に日銀は加担しているのである。

 

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