日本は「座して死を待つ」のか

投稿者 曽我純, 11月13日 午前8:26, 2023年

円安ドル高の進行が株価を押し上げている。先週末の日経平均株価は昨年末を24.8%上回っており、主要株価指数のなかではナスダック総合(31.8%)に次ぐ高い伸びを示している。NYダウは3.4%にとどまり、S&P500は15.0%の上昇である。米国の政策金利や10年債利回りは現状がほぼピークであり、金利面でも株式を強気にしている。金利の横ばいと利下げ期待などから円安ドル高もそろそろ最終局面ではないか。

貿易赤字の縮小に伴い日本の経常収支は今年4月以降、6カ月連続で前年を上回り、9月は2.72兆円と昨年3月以来、1年半ぶりの大幅黒字である。経常黒字の拡大によって円買いドル売りの規模は拡大しているはずであり、金利差による円売りドル買いを打ち消し、反転させる力になるだろう。原油相場もバレル70ドル台に下落しており、勢いに欠ける世界経済では、原油需要は伸び悩み、弱含みの相場が続くと見る。10月末の円表示のWTIは前年比4.5%減と今年2月以降、9月を除き前年割れだ。これで為替が円高ドル安に振れることになれば、円ベースの原油価格は大幅に下落することになり、物価環境はがらりと変わるだろう。

政府の「電気・ガス価格激変緩和対策事業」によって消費者物価指数(CPI)は約1%p引き下げられている。9月のCPIは前年比3.0%だったが、この対策を講じていなければ4.0%ということになる。だが、貧富に関係なく一律に恩恵を与えることもさることながら、政府の市場介入は価格メカニズムを歪めることになる。

電気・ガスのCPI寄与度はマイナスだが、食料の寄与度は2.41%pと高く、これを除けば9月のCPIは前年比0.59%に過ぎない。激変緩和対策事業の本丸は食料なのだが、無数の食料に対しては、市場に委ねるしかないのである。食料は前年比9.0%上昇しているので、食料の消費税を撤廃すれば、上昇分を取り除くことができる。

日本のCPIに占める食料ウエイトは26.26%であり、米国13.38%、ドイツ15.43%、イギリス13.1%のウエイトに比べると1.7倍から2倍である。食料価格上昇の影響は日本のCPIにより強く現れることになる。日本のCPIを落ち着かせるには、エネルギー(ウエイト7.12%)よりも食料価格を引き下げることが不可欠なのだ。

総務省の『家計調査』(二人以上の勤労者世帯)によれば、消費支出に占める食料の割合は2000年から2014年まで21%台、22%台で推移していたが、2014年4月に消費税率を5%から8%に引き上げたことから2015年は23.57%、さらに2019年10月に8%から10%に引き上げられ、2020年の食料比率は26.0%へと前年から2.09%p跳ね上がった。新型コロナ不況によって食料支出も抑制され、2022年は25.11%と2年連続で低下した。生活に欠かせない食料は消費税率が引き上げられても買わないわけにはいかず、引き上げの度に消費支出に占める食料比率は高くなっている。

9月の『家計調査』によると、二人世帯の消費支出は前年比0.7%と低迷している。食料は5.0%伸びているが、食料価格が9.0%も上昇しているため、実質ではマイナスである。二人世帯の勤労者世帯の実収入は前年比2.4%減と5月以降5カ月連続の前年割れだ。実収入の7割超を占める世帯主収入も-0.8%と3月以降7カ月連続のマイナスであり、その中心をなす定期収入は-2.2%と6カ月連続で水面下に沈んだ状態だ。春闘で大幅な賃上げが実現できたと騒ぎ立てたが、現実は酷いことになっているのだ。当然、勤労者世帯の可処分所得はマイナスが続き、消費支出も-0.7%と3月以降7カ月連続の前年割れである。

これから先、勤労者世帯の実収入と消費支出はどのような道筋を辿るのだろうか。2000年から2022年までの『家計調査』から予測してみたい。この22年間、実収入は年率0.42%の超低空飛行であったが、主力の世帯主収入は年率-0.09%であり、実収入にマイナスに働いた。実収入が曲がりなりにもプラスを維持できたのは配偶者収入が年率2.65%伸びたからである。配偶者収入・実収入比率は2000年の9.7%から上昇し続け、2022年には15.8%へと22年間で6.1%pも高くなり、配偶者収入がなければ、勤労者の家計は成り立たなくなってしまったと言える。これだけ配偶者が貢献しても実収入は22年間、年率0.42%という、増えているかどうかわからない程度の微かなものであった。長期間、実収入がほとんど伸びないという現実が身に染みていれば、安易に消費しようとする気持ちは起こらない。

政府の経済対策で一時的に収入が増えても、先行き常に不安なのであるから、消費にまわすようなことはしないのだ。これまで数えきれないほど、経済対策は打ち出されたけれども、実収入にはなにの貢献もしなかった。過去を顧みれば、今更、経済対策といって、だれが信用するのだろうか。経済対策は政権維持のため、そのためのみのものであり、実体経済には何の関係もないのだから。

2022年までの22年間で実収入は年率0.42%だったが、直接税と社会保険料は0.94%、1.53%とそれぞれ実収入を大幅に上回る伸びをみせたことから、実収入に占める直接税・社会保険料の割合は2000年の15.7%から2022年には18.9%へ上昇している。実収入から直接税と社会保険料を差し引いた可処分所得(DI)の伸びは年率0.24%と実収入をさらに下回り、ほぼ横ばいである。DIの伸びは辛うじてプラスになったが、この程度の伸びでは消費者心理の改善はなく、消費支出は年率-0.29%で減少していった。

長期的にみても実収入は伸び悩む半面、直接税と社会保険料の非消費支出はこれまで以上に増加するだろう。そうであればDIはもう伸びないか、マイナスになるだろう。人口減は2010年から2020年までの10年間で191万人減少したが、2030年までの10年間では795万人、2040年までの10年間は897万人それぞれ減少し、2020年までとは様相はまったく異なる(国立社会保障・人口問題研究所、出生低位・死亡高位予測)。

厚生労働省の『人口動態統計速報』によれば、今年8月までの1年間の出生数は77.8万人、死亡数は160万人で自然減は82.2万人だった。この傾向が持続すると仮定すれば10年間で822万人減少することになる。婚姻件数が50万件に減少しているため、今後、人口減はさらに加速するだろう。

2030年までの10年間で795万人の人口減に直面しているが、人口減のすべては65歳未満の若い層である。65歳以上は微増だが、構成比では30.5%に上昇する。これだけの人口減となれば、消費が伸びることは難しく、高齢化比率の上昇で非消費支出の増加を余儀なくされ、DIの伸びは期待できないのではないか。

2040年までの10年間の人口減は897万人と予測され、しかも生産年齢人口(15~64歳)が906万人減と2030年までよりも減少数は倍増する一方、65歳以上は187万人増加し、その構成比は34.7%に上昇すると予測されている。2021年度末の介護認定者数は689万人であり、2000年度末の2.7倍に急増している。高齢者が増加すれば、介護認定者数も増加することになり、医療費など社会保険料はうなぎ登りになるかもしれない。

人口推計に基づけば、これからの日本の数十年間は人口減と高齢化により、消費減に直面し、GDPを維持することもできなくなる。また、生産年齢人口・高齢者比率は2020年の2.08から2030年1.96、2040年1.62、2050年1.43へと低下していき、生産年齢人口層の負担は増加し続ける。2050年の総人口は9958万人と1億人を割り込み、65歳以上は3736万人、割合は37.5%に上昇する一方、生産年齢人口は53.9%に低下する予測だが、日本経済は、はたしてこれだけの高齢者を支えていけるだけの経済力を維持していけるのだろうか。2050年まで27年あるが、決して十分な時間ではない。目先の問題ではなく、長期の問題に取り組まなければ、日本は「座して死を待つ」ことになり兼ねない。

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