米債券利回りの急低下によって、円ドル相場は149円台に戻した。米10年債利回りの5%超えは行き過ぎだ。2023年第3四半期までの過去20年間の米名目GDPは年率4.44%であるから、10年債利回りはこの水準の近くで推移していくはずだ。今後の長期期待経済成長率が4.44%から上下にぶれると予想されれば、中心から離れることになろう。強い期待の下では5%、弱い期待下では4%に向かうことになる。
先月31日の金融政策決定会合で日銀は、短期金利はマイナス金利を維持し、長期金利はゼロ%程度を目指すとしながらも、上限は1%を目途とする方針を打ち出した。日銀の態度はいつまでも恐る恐るで、はっきりしない。市場経済でありながら株式も債券も日銀の買いで維持されている状態が常態化している。だから株価や債券利回りの妥当な水準がわからない。日銀が介入を止めたときには市場は大変なことになるだろうと一般人は考える。
いつまでもゼロ金利を続け、貨幣の自己利子率を消滅させた罪は重い。それで実体経済が好転したわけではなく、株式、債券、不動産だけが活発になる歪な経済に堕落しただけである。2022年までの過去20年間の名目GDPは年率0.3%であった。10年債利回りは放置しても1%を大幅に上回ることはないだろう。もとより行き過ぎることはあるけれども、長続きはしない。もし1%を上回る状態が持続することになれば、株式や不動産は打撃をうけることになる。特に、不動産の販売は深刻になり、経済にも悪影響を及ぼすことになるだろう。
金利をゼロにしても実体経済のたどたどしい足取りは、すこしも変わらないのに、なぜこれほどゼロ金利に拘るのだろうか。日本経済が動かないのは、政治、税制、企業統治などのより根の深い問題に起因しており、金利では歯が立たない問題なのである。貨幣の最大の特質を一日も早く復帰させることが日銀のなすべき最大の課題なのである。
FRBが金融の引き締めに転じてから2年近く経過したが、米国経済は減速ではなく勢いを増している。今年第3四半期の実質GDPは前期比1.2%と2021年第4四半期以来7四半期ぶりの高い伸びとなった。前年比でも2.9%と2022年第4四半期を底に3四半期連続で成長率は高くなっている。新型コロナ以前の2019年の実質成長率2.5%を上回っており、9月のFOMC経済予測(今年第4四半期の前年比1.9%~2.2%)よりも伸びは高い。今年第4四半期も3.0%程度伸びるだろう。ゼロから5.25%のFFレートの上昇などどこ吹く風のように。
ウイルスによって攪乱され、慌てふためいた行動による経済変動を、利上げによって制御することなどできはしない。また、前号で指摘したように、金融政策がインフレを終息させたこともない。あたかも、金融政策がインフレを制御するかのように言われているが、極端に上昇した物価はいつまでも高止まりすることはなく、いずれ落ち着くのである。
我々高熱が出ても、たいていの場合、安静にしていれば、時間の経過とともに引くことになる。薬に頼らなくても普段健康な人であれば自然に熱は下がる。むやみに薬を使用すれば、かえってその副作用で別の症状があらわれ苦しむことになる。
時間の経過とともにウイルスの活動が弱まれば、自然に経済も治癒されるのだ。いくら金融を弄ったところで実体経済を整えることはできない。過度に金融政策を進めると副作用が激しくなるだけである。すでに米国経済は正常な状態に復位しているのである。これは金利を上げたからではなく、実体経済の力でそうなったのだ。CPIの3%台の上昇に目くじらを立てることはない。数%の物価上昇は身体に例えれば平熱であり、活動しやすいのである。ものやサービスの売買に適度の刺激を与え、資産価値の上昇と負債の軽減が加わり、経済は好循環を保つことになる。
普通、金利が上昇していけば、可処分所得のうち消費を控え、貯蓄を増やすと考えられ、貯蓄率は高くなり、金利が低下すれば、貯蓄率は下がることになる。だが、1950年代以降のFFレートと貯蓄率の関係をみると金利と貯蓄率にそのような関係を認めることはできない。
1975年まで貯蓄率は緩やかに上昇していたが、そこを境に金利に関係なく、貯蓄率は長期的に低下している。第2次石油危機に伴い1981年にかけてFFレートは14%へと急激に引き上げられたが、貯蓄率はほとんど反応しなかった。貯蓄率は1975年第2四半期の15.3%をピークに2005年第3四半期の1.8%まで、途中で上下動はあったものの、ほぼ一貫して低下していった。リーマンショックにより、2008年第4四半期にFFレートは短期間で、過去に経験のないゼロまで引き下げられたけれども、貯蓄率は低下しなかった。新型コロナによる先行き不安から貯蓄率は2020年第2四半期、24.5%へと過去最高の水準に上昇した。だが、2022年第2四半期には3.0%へと2008年第1四半期以来約14年ぶりの低水準に急低下した。新型コロナによる生活不安がある程度払拭され、従来の生活を取り戻すことができるといった悲観から楽観への心理状態の大きな変化が窺える。
米個人消費支出(PCE)はGDPの67.8%(今年第3四半期、名目)を占め、米国経済はPCEによって決まると言ってよい。当比率は10年前も20年前も67%台であり極めて安定している。過去20年間の名目経済成長率は年率4.44%であったが、PCEも4.46%であり、伸はほとんど同じである。おそらく金融政策を操作してもしなくても、PCEは4%台半ばの伸びを維持できただろう。
FFレートの上げ下げは大きいが、PCEが伸びているときは、消費者心理が景気を楽観的にみているときであり、PCEが収縮しているときは景気を悲観的にみているときである。ITや不動産バブルで心理的に舞い上がり、それが弾け、一気に悲観的なったときにPCEは激しく揺れ動いている。金利を下げたからPCEが上向き、上げたからPCEが下降したのではない。消費者が先行きを良く見るか、悪く見るかでPCEは決まってくる。
PCEが年率4%台半ばの伸びを維持できているのは、民間部門の賃金・俸給以上に資産所得や移転所得の伸びが高いからである。可処分所得は年率4.38%とPCEを幾分下回るが、貯蓄が可処分所得の伸びを下回ったため、PCEを4.46%に引き上げることができた。PCEの伸びを4%台半ばに維持するには、可処分所得も同様に伸びなければならない。
可処分所得が長期的伸び続けるという期待を抱くことができなければ、PCEを持続的に伸ばすことはできない。米国ではそのような期待を持てるのだが、日本は楽観的な期待など抱けず、将来を悲観的にみている。だから、減税や給付金で懐を温めても、一時しのぎにすぎず、PCEを刺激することはないのだ。
総務省の『家計調査』(二人以上の勤労者世帯)によれば、2022年までの20年間で実収入は14.4%増加したが、可処分所得は10.4%(年率0.49%)にとどまっている。これは直接税が32.1%、社会保険料が38.1%それぞれ増加したからだ。この先も人口減と少子高齢化の進行により、実収入以上に税と社会保険料が増えることは間違いない。そうであれば、可処分所得の伸びはさらに低下することになる。所得税の累進性の緩和と消費税などが勤労者世帯の懐を寂しくし、消費意欲を削いでしまった。他方、法人税の税率引き下げが企業に巨額の内部留保や配当を可能にした。これらの税制の抜本的改革ができなければ、日本の消費は復活することはない。