週末、米10年債利回りは4.8%、前週末比23bp上昇したが、S&P500とナスダック総合は前週末を上回った。これほど債券利回りが急騰しているにもかかわらず、米株式は底堅い。S&P500の配当利回りは1.6%程度であり、債券利回りを320bpも下回っている。これだけの格差が出てくれば、株式は崩れてもおかしくない。株式と債券の裁定が行われずに、株式の買われすぎと債券の売られすぎの状態が持続している。かなり異常な事態に陥っていると言わざるを得ない。本来、株式が売られ、債券が買われることで両者の利回りは接近してくるはずだ。そういう動きが現れてきていないが、なぜだろう。
それにしても米債利回りはどこまで上昇するのだろうか。政策金利が上がるから債券利回りも上がっているのだが、政策金利はほぼピークに近いはずだ。金利を上げれば物価は鈍化するという考えに基づいて引き上げているのだが、金利や貨幣で物価をコントロールすることはできない。政策金利を激しく動かすことは「百害あって一利なし」なのだ。貨幣数量説は貨幣量で物価を説明しようとするが、数量説は恒等式であり、常に成り立っていることを表わしているものにすぎず、貨幣から物価を説明することはできない理論なのである。
金利や貨幣量を操作することによって、消費支出や設備投資に影響を及ぼすことも、9月25日のレポートで指摘したように、現代経済ではほとんど不可能なことである。できないことをあたかも有効な政策と訴えることはまやかしに過ぎない。
しかも、すでに米国のCPIは前年比3.7%まで低下しており、帰属家賃を除けば1%台なのだ。物価はもはや問題ではないにもかかわらず、物価高を騒ぎ立てている。このことのほうが問題なのだ。見方が一方に偏ってしまうのは物価だけではなく、あらゆる分野でひとつの見方が社会を席捲している現象がみられる。だが、ひとつの見方に傾くことの恐ろしさを歴史から思い起こさなければならない。
9月の米非農業部門雇用者数は前月比33.6万人、今年1月以来8カ月ぶりの増加数だった。前年比では2.1%と新型コロナ以前よりも伸び率は高く、まだまだ非農業部門雇用者は増加傾向を辿るだろう。時間当たりの賃金も前年比4.2%と前月よりも0.1%p低下しただけで、新型コロナ以前の3%台を上回っており、高い伸びを維持していると言える。
雇用統計によれば、米国経済は拡大を示しており、第3四半期の成長率も前期並みを期待できそうだ。金利高に関係なく、米国経済の足取りは確かなのである。こうした米国経済の予想を上回る成長が債券利回りに影響しているように思う。2012年までの10年間の名目GDPは年率4.04%だったが、2022年までの10年間では年率4.59%に上昇している。
実質GDPでも2012年までは1.88%だったが、2022年までは2.26%と0.38%p高い。米国が高い成長を実現できたのは米国経済のエンジンである個人消費支出(PCE)が2022年までは2.58%と2012年までよりも0.63%pも高くなったからである。実質GDPに占めるPCEの割合は2012年の67.0%から2022年には69.2%に上昇している。
雇用の拡大で賃金が伸び、PCEも増加し、GDPが拡大していくというメカニズムがうまく働いているのだ。こうした成長期待が債券利回りを引き上げているのである。ただ、2022年までの10年間の名目GDPは年率4.59%であり、債券利回りはすでにこの水準を上回っている。向こう10年間の成長率が4.59%を上回ることは長期低下トレンドから判断する限り、その可能性はかなり低い。たまたま2022年までの10年間は高くなったとみるべきではないか。そのような観点からは、今の債券利回りは行き過ぎである。早晩、株式売り債券買いが活発になり、株安債券高が到来するだろう。
米株安債券高の進行は、日本の株安と円高ドル安を引き起こし、円高ドル安が日本企業の業績悪化を予想させ、日本株安を一層深刻なものにするだろう。米株安債券高は商品相場を崩し、3%台のCPIはみるみる低下し、デフレ経済に逆戻りするかもしれない。物価の低下やデフレ経済は消費や設備投資を冷やし、経済を萎縮させることになる。
経済は脆いものなのである。いつ落ちてもおかしくない綱渡りをしていることと同じなのである。地震の予知ができないのと同じように、経済の予測もできない。だから、日頃から地震対策のような経済危機対策、不況対策を講じておかねばならない。場当たり的な対策では大地震には通用しないが、岸田首相の打ち出す経済対策はまさにその場限りのものであり、本格的な不況に陥った場合には右往左往することになるだろう。
大不況に陥らぬ経済を構築することが肝心なことだが、所得・資産格差を放置し、資産運用とか株式(博打場)に注力するなど経済を脆弱にすることに熱心なようだ。福島第1のメルトダウンで原発の恐ろしさをまざまざと見せつけられたが、それでも懲りないのか原発を推進する。六ケ所村の再処理工場を睨んで、発生源を止めることもなく汚染水を放出する。CO2ゼロなどと右も左も唱えているが、再生可能エネルギーなどというエネルギーは存在しないこと、CO2ゼロに邁進すればするほど消費者のコスト負担は増すということ、これら自明のことでありながら、CO2ゼロに突き進む。企業は新たなビジネスとして、CO2ビジネスを積極的に展開しているが、これらいずれも経済原則からは逸脱しており、のめり込めばのめり込むほど、経済を破壊していくことになる。経済人は環境問題は大事だと言うが、実際の行動は短期の利益極大化を目指し、環境悪化をさらに進めているのだ。
経済の土台を強化しなければならないのだが、そうではなく土台を弱くし、経済の弱体化政策を連発しているのが岸田政権なのである。パンよりも大砲で軍事力を強化する政策も安全保障を損なう政策だ。米国追随の政策では米国の道ずれになるということだ。軍事力を拡大すれば、攻撃されるのは米国ではなく日本だということを肝に銘じるべきである。
米国の可処分所得は8月、前年比7.3%、PCEは5.8%それぞれ伸びた。一方、『家計調査』(総務省)によれば、8月の日本の勤労者世帯(二人以上の世帯)の可処分所得は-1.9%と4カ月連続の前年割れである。実収入(世帯主や配偶者の収入の合計額)は3.5%減だが、そのうち世帯主収入は-2.8%と3月以降6カ月連続のマイナス、配偶者収入は9.3%も減少した。世帯主収入のうち定期収入が3.0%減と4月以降5カ月連続で前年を下回っている。
『毎月勤労統計』(厚生労働省)の現金給与総額は8月、前年比1.1%と前月と同じ低い伸びであった。『毎月勤労統計』は事業所規模5人以上であり、『家計調査』よりも高い伸びとなっているが、それでもCPIの伸びを下回り、実質では2.5%減である。
いずれにせよ、2023年春闘の賃上げ率は3.6%と1993年の3.89%以来30年ぶりの高い伸びだと話題になったが、実際の賃金の伸びはあきれるほど低い。それもそのはず、算出対象企業は資本金10億円以上、従業員1,000人以上の大企業364社であるからだ。日本全体と掛け離れた賃上げ率が独り歩きしている。岸田政権、経団連、連合がぐるになり、あたかも労働者の側に寄り装ったかの印象を与えたが、連合はもはや労働組合でもなんでもなく、政権に組み込まれてしまった。
従業員5人未満の零細企業を含んだ『家計調査』の世帯主収入が実態を一番よく表している。世帯主定期収入が前年割れしている状態で消費を拡大する行動など、普通に考えればあり得ない。CPIのうち生鮮食品を除く食料は前年比9.2%も上昇している。10大費目ではこの伸びが最も高く、家計の懐を直撃している。食料の自給率が低く、海外依存度が高いことが、食料高を引き起こしているのだ。食料供給国の作物の出来不出来、輸出入の障害、内紛、戦争等なんらかの輸出障害が発生すれば、たちどころに日本はその影響を受け、食料価格が高騰することになる。そのような食料供給の脆弱な仕組みは、直ちに本腰を入れて改善しなければならない大問題なのである。今の食料高は食料自給率の低下を放置してきた人災と言える。
世帯主の収入は減少しているが、食料の値段は10%近く値上がりしている。食料の購入はそう減らせるものではないので、高くなっても買わざるを得ない。収入が減少していることから、帳尻を合わせるためには、食料以外への支出を削減しなければならなくなる。おそらくそういったやり繰りに、家計は頭を痛めているのではあるまいか。
実収入の減少、消費支出の抑制となれば、経済は停滞するしかない。企業は過去最高益を出し、利益を溜め込んでいるが、家計はその恩恵に浴していない。企業はますます太り、家計はますます痩せる「からくり」が日本社会に組み込まれてしまった。自民党支配の戦後の政策が仕組んだ仕組みなのである。最たるものは法人税率の引き下げと累進所得税の緩和、資本課税の優遇策である。これらを変えない限り、日本の太る企業と痩せる家計の現状変更は不可能である。
米株安債券高に転じれば、日本経済は動揺するだろう。リーマンショックのときも震源地の米国よりも日本がより深刻な不況に陥った。米国の名目GDPは2009年に前年比2.0%減とマイナスは単年で終了したが、日本は2008年に2.1%減、2009年には6.2%もの大幅なマイナスとなった。消費支出構成比が米国に比べて低く、設備投資や輸出の依存度が高いことが、日本経済の収縮幅を米国よりも大きくした
米国の株式相場が崩れれば、急速に円高ドル安が起こるだろう。輸出で稼いでいる企業業績は一気に悪化することになる。海外からの利子や配当の受取額も減少することになり、利益減は加速することになるだろう。
米株式債券相場の影響をできる限り被らないようにしておくことも政治の役目である。だが、政治だけでなく経済や株式相場まで米国の写真相場と言われているほど密接に関係している。しかも博打場としては日本の株式が米国よりも勝っている。それだけ、日本の株式はなにかのときには暴落しやすい。
明日の宿題を適当にこなすだけでは政治とは言えまい。岸田首相や側近たちは日本社会の中身が見えていないのだ。マスコミも表面しか見えず、岸田政権と変わりはない。経済社会をすこしでも掘り下げてより真相に近づく姿勢は過去のものになってしまったのかもしれない。スマホと四六時中共にするスマホ奴隷の時代では、その表面を撫で、ちらっと眺めるだけであり、そうした習性が根付いているから深く思索をめぐらす機会はなくなりつつあるのではないか。デジタル社会の負の側面にも目を向けなければならない。デジタル社会に浮かれてはいけないのである。