我が世の春を謳歌する企業

投稿者 曽我純, 10月2日 午前8:54, 2023年

ドル独歩高だ。過去1カ月ではポンドやスイスフランの値下がり率が大きく、円はそれに次ぐ。9月末の米10年債利回りが4.57%、前月比47ベイシスポイント(bp)上昇したことが、ドル買いを促した。月末ベースでは、リーマンショック以前の2007年9月末以来、16年ぶりの高い利回りである。債券価格急落によって銀行が破綻した今年3月末よりもさらに110bpも上昇したことから、再び、債券投資は厳しい状態に追い込まれている。

FFレートは5.25%~5.50%であり、上がるとしてもこの水準から25bp程度であり、政策金利はピークに近いことは間違いない。ということは、債券利回りもほぼピークに近いとみるべきだろう。過去1カ月の債券価格の急速な下落によって、向こう半年以内に巡ってきそうな債券の買い場に備えて、ドルを溜め込んでいるのだ。米債を購入するためのドル保有がドル高の主因である。米債券相場が底だと判断した時点でドルは米債へと流動性を手放すだろう。債券相場の底は利回りのピークであるから、その時が円安ドル高のピークでもある。そうした米債利回りの上昇と円安ドル高は転換点に近づきつつあり、いつまでも円安ドル高が続くわけではない。

米10年債利回りは概ね名目GDP成長率の水準近辺で推移してきている。2022年までの20年間の名目GDPは年率4.31%であり、今の利回りはこれよりも高い。2023年第2四半期の名目GDPは前年比5.9%と10年債利回りを200bp超上回っていたが、第3四半期は100bpに縮小し、来年第1四半期には名目GDPは4.0%前後に低下するはずであり、9月末の利回りよりも低くなるだろう。実体経済に照らし合わせても、米10年債利回りはこれから低下していくとみるのが理屈にかなっている。

8月の米個人消費支出(PCE)は前年比5.8%と依然伸びは高い。民間部門の賃金・俸給が堅調であり、可処分所得が7.3%も伸びているからだ。7月と8月の平均PCEを第2四半期と比較すると前期比1.4%伸びており、第2四半期の0.8%を上回っている。9月のPCEが横ばいでも第3四半期のPCEは前期比1.5%となり、7-9月期の名目GDPも前期比1.5%、前年比5.7%程度の成長になるだろう。その後、前年比の伸びは低下し、来年第1四半期には4%を下回るのではないか。

8月のPCE物価指数は前年比3.5%と前月を0.1%p上回った。2022年までの20年間のPCE物価指数は年率2.11%であり、それに比べれば高い伸びである。四半期では、2022年第2四半期の6.8%がピークであり、今年第2四半期は3.9%と4四半期連続で低下しているが、第3四半期は3.4%、第4四半期はさらに低下するだろう。可処分所得の高い伸びを背景にPCEが前年比6%程度も増加しているが、物価上昇力は弱くなってきている。

8月の米非農業部門雇用は前年比2.0%伸びているが、雇用者・人口比率は60.4%と2020年2月の61.1%を0.7%p下回っており、労働供給が逼迫しているわけではなく、雇用の伸びる余地は十分にある。非農業部門雇用の前年比伸び率は1%台に低下していくだろうが、非農業部門雇用増は途切れることはなく、雇用の側面からもPCEを支えていくだろう。雇用の拡大を利上げで阻止することはできないのである。

物価上昇が米国経済に特別なマイナス要因になってはいない。雇用は拡大し、PCEも伸びており、なにの不都合も現れていないのだ。むしろ、政策金利高によって債券相場が崩れていることくらいだろう。債券利回りの急上昇にもかかわらず株式は堅調である。債券利回りが株式配当利回りを大幅に上回っているが、先週末のNYダウは過去最高値を8%下回っているだけだ。FRBは銀行だけでなく証券会社の救済機関でもある。証券会社も何か重大事の時にはFRBが手を差し伸べてくれると信じているのだ。もし、米株式市場が動揺する事態に陥れば、政策金利をゼロにまで引き下げ、流動性を供給してくれるとの期待が、米株式の下落を防いでいるのだと思う。

今年第2四半期の米GDP物価指数は前年比3.5%であり、PCE物価指数よりも0.4%p低かった。同期の日本のGDPデフレーターも前年比3.5%と米国と同じである。日本は3期連続の上昇だが、米国は低下しつつある。GDPデフレーターは上昇しているが、家計最終消費支出デフレーターは2.9%と2期連続の低下である。GDPデフレーターが上昇したとはいえ、消費税率引き上げ後の2015年第1四半期の3.3%を僅かに上回っている程度である。

8月のCPIは前年比3.2%だが、生鮮食品を除く食料だけでCPIを2.08%p引き上げており、これを除けば1.12%の上昇にとどまる。調理食品、菓子類、乳卵類で0.89%p寄与しており、食生活を少し見直せば、生活への影響は軽微になるのだが。電化製品がほとんどの世帯に普及し、車もあり、パソコン、スマホも備わった社会だが、生活はゆとりがなく、調理食品など出来上がったものに手が出てしまう。食べ物の外部依存度が高くなっていることが、今回の物価上昇を招き、家計を圧迫している。『家計調査』(二人以上の世帯)によると、8月の食料支出は前年比5.8%増加しているが、実質ではマイナス2.8%である。

食料の値上がりで家計は苦しくなっているが、円安ドル高で企業は空前の利益を上げている。『法人企業統計』(財務省)によれば、2022年度の全規模全産業の営業利益は前年比16.7%増の63.2兆円、経常利益は95.2兆円と昨年度に続いて過去最高益を更新した。営業利益も過去3番目だったが、営業外収益が48.4兆円と3期連続の過去最高となり、営業外費用16.4兆円を32兆円超過したからだ。円ドル相場(年度平均)が2020年度の106.04円から2021年度111.91円、2022年度135.05円へと円安ドル高へと進んだために、海外での収益、配当、利子などが大幅に増加し、営業外収益は過去10年で2.29倍に拡大した。当期純利益は74.2兆円と2期連続の過去最高益更新、10年前比3.1倍に急増する半面、法人税等は23.5兆円、1.52倍にとどまり、税前当期純利益比では23.9%と2012年度の39.0%から大幅に低下している。また、配当金は2012年度の13.9兆円から2022年度32.5兆円、社内留保は9.8兆円から41.8兆円、自己株買いは15.8兆円から32.1兆円へとまさに企業と株主に焦点を絞った企業経営に邁進したと言える。

円安ドル高が原材料価格等を大幅に引き上げたが、原価率は74.3%、前年比0.2%pの上昇にとどまり、円安ドル高以前の2020年度比では0.3%p低下している。販管費比率は2年連続で低下しており、営業利益率は4.0%と2年連続で改善し、2020年度比では0.9%pの上昇だ。円安ドル高の弊害だけが叫ばれているが、為替や資源高の影響は原価や販管費にはほとんど現れず、企業はドル高の恩恵を十分に受けたということだ。

2022年度の全産業全規模の売上高は9.0%と前年度よりも2.7%p高くなったが、従業員給与(賞与含む)は4.4%と前年度よりも2.3%p低下し、売上高の伸びを下回り。従業員給与・売上高比率は10.4%、前年度比0.4%p低下した。原価や販管費の増加を抑えるために従業員給与を犠牲にしたといえる。企業は国内売上高の増加は期待していないのだろう。だから、従業員給与の引き上げは極力抑えているのかもしれない。海外からの収益を確保できれば、企業の存続は可能なのだというシナリオを描いている。

世界的に物価や為替が話題になっているけれども、固定価格や固定相場ではない市場経済の下で暮らしていれば、物価や為替が常に安定しているとは言えず、ときには大きくぶれることもある。しかし、時の経過によって、激しい変動もやがて落ち着くものである。今回、日本のCPIは一時4.4%まで上昇したが、消費税率の引き上げでそれに近いところまで上昇したこともある。円ドル相場は150円に近いが、かつては70円台のときもあった。変動相場制であり、加えて投機的要素が多分にあることから、どちらの方向にも行き過ぎは避けられない。経済も生き物であるから、嵐が過ぎ去るのを待つしかないのかもしれない。いちいちそうした相場の変動に気を取られていては、本当にやらなければならないことがお座なりになってしまう。そのことのほうが心配である。

目先の多少の物価上昇に政府が対策を打ち出すなど思慮が浅い。食料自給率やエネルギー問題など、無策ぶりは明らかだ。ミサイルが飛んでくることよりも原油、天然ガス、小麦、大豆等なにが止まっても、日本経済は万事休すなのだ。日本経済が成り立っている土台は極めて軟弱であると言える。物価対策などを纏める時間があるなら、日本経済の基盤を強固なものにする方策の立案に精を出すべきだ。アメリカの意向と内閣支持率の上昇だけが気掛かりな岸田首相では、何を言っても馬の耳に念仏なのだが。

Author(s)