空疎なかつ経済社会を歪める金融政策

投稿者 曽我純, 9月25日 午前9:00, 2023年

FRBは21日、5.25%~5.50%に政策金利を据え置き、先行き引き上げを示唆した。一方、22日、日銀は短期金利マイナス、長期金利ゼロとする大規模金融緩和を維持すると表明した。だが、こうした金融政策が物価や雇用といった実体経済を良好な方向に誘導することができるだろうか。すでに、何度もこの問題について言及したけれども、夏季休暇後、再度取り上げることにする。

需要と供給が一致するところで物価は決まる。需要が供給を上回れば物価は上がり、需要が供給を下回れば物価は下がる。物価が上がれば、消費者は購入量を減らしたり、代替物で我慢したりする。供給者は需要が減退することになれば、極力、値上げを抑制する行動を取るだろう。しばらくすると、価格は需給メカニズムによって、安定していくはずだ。こうした需要供給価格決定の仕組みには貨幣や金利は登場しない。

今回の米国の物価高は資源価格高や賃金の上昇によって起こったが、値上がりしても、消費者は高い価格でものやサービスを購入している。日常使うものは価格が高くなっても買わないわけにはいかない。今までよりも高い価格のところに需給は移行せざるをえないのだ。贅沢品でなければ、金利が上がったから、需要を抑えるような行動は取らないのである。むしろ、金利がたかくなれば、借入依存の高い中小零細企業のコストを引き上げ、物価上昇要因になるだけだ。

金利を上げることによって、借入コストが上昇し、住宅の購入や設備投資を見直す動きが期待できるかもしれない。だが、所得がこれからも順調に伸びそうだ、あるいは期待収益率が金利の上昇をはるかに上回ると予想されるならば、金利の経済活動抑制効果は期待できないことになる。

米国のように個人消費支出(PCE)が名目GDPの68.3%(2023年第2四半期)を占めていれば、金利を引き上げても、実体経済にさしたる影響を及ぼすことはない。PCEは金利ではなく所得によって決まるからだ。失業率が上昇し、雇用や先行きの所得不安が台頭してくれば、PCEは抑制、削減されるだろう。そうした懸念が非現実的であれば、金利に関係なく、PCEは伸びていくことになる。

米民間設備投資、住宅、政府支出の対名目GDP比は13.4%、3.8%、17.5%である。金利と関係がありそうなのは民間設備投資と住宅の17.2%でしかない。それも先ほど触れたように所得や期待収益率次第なのだ。しかも、企業は潤沢な内部資金を保有しており、金融機関からの借入に頼ることなく、設備投資をすることができるのである。最も金利に敏感と言われてきた設備投資でさえ金利にほとんど左右されないのだ。

米国のように金利が引き上げられれば、資金コストは上昇することになる。資金コストの上昇は借入を抑制し、貨幣の流通速度を低下させるだろう。だが、実体経済の貨幣需要は所得や生産の規模などによって決まってくるので、金利の上昇による実体経済への影響はたかが知れている。利上げによる貨幣需要の減少が物価の低下に繋がるという貨幣数量説は御伽噺の世界なのである。

金利が影響するのは投機的貨幣需要である。金融経済といっても良いだろう。この分野は僅かな利鞘を求めて資金が駆け巡る世界であり、借入コストの低下は利益に直結する。資金コストが低下すれば低下するほど投機的需要は増大するのだ。投機的貨幣需要のみが金利によって拡大もし縮小もするのである。だから、金融機関、証券会社、生命保険などの金融に携わる企業が金融政策の最大の受益者なのだ。

連邦準備制度(FRB)に加盟している加盟銀行が連邦準備銀行の全株式を保有していることからも、FRBは民間金融機関のなかの銀行という位置づけなのだ。民間金融機関が流動性危機などに陥った場合には、最後の貸し手として救済に当たることが、連邦準備制度の最大の使命なのである。

1910年にJPモルガン所有のジョージア州ジキル島に秘密裡に集まった6人(ほぼ民間金融関係者)によって中央銀行の骨格が作成され、1913年にFRBは設立された。この秘密の会議は約20年間も隠されていた。民間金融機関の関係者によって作られた制度であることは、FRBは民間金融機関のための制度であることが明らかになることを恐れたからである。「完全雇用均衡成長法」(ハンフリー・ホーキンス法)が定められたのは1978年だが、それでも、FRBの役割は金融機関の救済機関であることに変わりはない。リーマンショックや今年3月の銀行危機などに直面したときのFRBの行動をみると、FRBは出資者の救済機関だということが今でも真実であることを裏付けている。

人体に例えれば、貨幣は血液に相当するだろう。およそ体重の1/13、5~6リットルが身体のすみずみまで巡っている。1日当たり1/120が新しい血液と入れ替わっているだけで総量に変化はない。けがや手術で体外に流出すれば危うくなり、輸血しなければならなくなるが、普通に生活していれば、新鮮な血液が少しずつ供給され、一定量の血液が循環し、生命が保たれる仕組みになっている。

貨幣量も経済規模に応じて決まり、無闇に増やすことはできない。ゼロ金利にしたからといって貨幣量が急増するわけではない。もし実体経済が必要とする貨幣量を超えて増加するのであれば、そうした貨幣需要は投機的な部門で発生したものなのだ。本当に、貨幣需要が拡大するのは消費や設備投資が活発になり、そのような分野で貨幣需要が起こることが正常な姿なのである。

実体経済が活動的になっていくと貨幣需要は増加し、さらに貨幣の流通速度は増していくだろう。ものやサービスの売買は頻繁になり、貨幣は次から次へと持ち手を変え、動きは激しくなっていき、信用創造機能も十分に働くようになる。

2002年から2022年までの20年間の米名目GDPは年率4.31%、通貨(ドル紙幣)はそれを上回る年率6.59%成長した。同期間、日本の名目GDPは年率0.3%、通貨(日銀券)は2.55%であった。日本の実体経済はほぼ停滞しているにもかかわらず、通貨だけは伸びていた。これをみても実体経済と通貨との相関性はないことがわかる。通貨が実体経済になんらかの影響を及ぼすとは言えない。また、日本の消費者物価指数(CPI)は同期間、総合年率0.32%、エネルギーと生鮮食品を除くコア指数は0.09%であった。ゼロ金利により通貨が増加してもCPIにその影響をほとんど認めることはできない。

実体経済が滞っているのは最終消費が伸びないからだ。ゼロ金利で貨幣供給増を試みても最終消費はびくともしない。新型コロナ発生後、国は約12兆円超(10万円/一人)を給付したが、大半は貯蓄に回った。これをみても、最終消費はお金だけの問題ではないことがわかる。国が国民に現金を給付しても最終消費を刺激することができないのであれば、金利の効用に期待するほうがおかしい。

今年4月1日現在、日本人人口は前年比81.1万人減、総人口は51.7万人減。総人口のうち15歳未満が30.3万人減、率では-2.07%なのである。生産年齢人口と65歳以上も前年割れだが、75歳以上は75.4万人、3.97%も増加している。このような人口減と人口構成の高度化が続けば、最終消費の落ち込みは避けられないだろう。

5年前の2018年の日本人自然減は前年比43.3万人、それが今年4月は81.1万人減なのである。『人口動態統計速報』(厚生労働省)によれば、今年の自然減は85万人を超えるだろう。婚姻数も減少していることから、自然減はさらに増加し、そして高齢化もさらに進む。これで最終消費が伸び、GDPが増加するというのは幻想でしかない。

ゼロ金利の効果は株式や不動産に顕著に現れた。同じ20年間の伸びを調べてみると、日経平均株価は年率5.72%、東京住宅価格指数(日本不動産研究所)は年率2.07%といずれもGDPを上回る高い伸びである。日銀によれば、金融機関の住宅貸付は年率2.94%と貸出の0.64%を上回り、配当(法人企業統計)に至っては2002年度の6.5兆円から2022年度32.5兆円、年率8.38%へと急増している。NYダウは年率7.16%、住宅価格指数(FHFA)は年率4.38%と米国でもそれらはGDPよりも高く、実体経済を上回る通貨の伸びが株式や不動産市場に流れた様が窺える。

ゼロ金利政策は金利生活者を安楽死させるのではなく、さらに太らせたのである。東京の住宅価格は年率2.07%だが、隣の千葉県は年率0.43%と愕然とするほどの格差がある。地方に行けばさらに低いか、マイナスのところもあるだろう。株式保有者も東京が圧倒的に多いはずだ。ゼロ金利は東京在住の富裕者の資産拡大をもたらし、東京にますます資産を集積させているのだ。

末端まで血液が行き届かなければ、その部分は機能しなくなる。脳であれば身体に障害が現れたり、死に至るケースもある。東京から離れた地方には貨幣が流れにくくなっており、さまざまな不都合がでてきている。こうした流れを加速させているのがゼロ金利政策なのである。

過去20年間を振り返ってみるだけで、金融政策がいかに中身のない空疎なものであるかがわかったと思う。金融政策は我々の生活を豊かにしてくれると今でも考えている人は多いだろう。だが、実態は銀行の救済であり、富裕者へ富を集中させ、東京の一極化に加勢し、地方を疲弊させる原因になっているのだ。

目先のバラマキ政策では日本経済の本質はなにも変わらない。ただ徒に時間が過ぎて行くだけだ。高累進所得課税、法人税率の引き上げ、資産所得の総合課税などへと税の根幹を変え、所得・資産の分配を公平にしなければ、定常経済状態の下では、住みやすい社会にはならないだろう。富者はますます富み、貧者はますます貧す社会からの脱却をなさねばならない。

Author(s)