莫大な金融資産をいかに活かすか

投稿者 曽我純, 7月3日 午前8:30, 2023年

FRBが目標に掲げている個人消費支出(PCE)物価指数は5月、前年比3.8%と前月よりも0.5%p低下し、FOMC予測範囲(3.0%~3.5%)に近づいてきた。エネルギー・食料を除くコア指数は前月比0.1%pの低下にとどまり、4.6%と予測(3.7%~4.2%)を0.4%p上回る。だが、この予測達成時期は今年第4四半期であり、それまでには予測範囲に収まるだろう。物価の低下が緩やかなのは、需要がなかなか落ちないからである。5月のPCEは前年比6.0%伸びたが、これを支えているのは可処分所得(DI)の前年比8.0%の高い伸びである。一人当たりのDIも7.4%増だし、民間部門の賃金・俸給も5.8%と2カ月連続で高くなっている。こうした個人の懐具合や雇用環境の良さが需要を底堅くしている。

今年第1四半期の米GDP(確定値)は実質前期比0.5%と3四半期連続のプラスである。PCEは前期比1.0%と前期の0.3%から自動車の売上増により拡大したが、在庫の大幅減により、PCEの伸びはほぼ消されてしまった。この在庫減がなければ、GDPは前期比1.2%である。在庫が大幅に減少した次の四半期では意図的な在庫の積み増しがなされ、GDPを押し上げることになる。FRBは今年第4四半期の実質GDPを前年比0.7%~1.2%と予想しているが、恐らく2%程度の成長になるだろう。今年第1四半期も前年比実質1.8%であり、この程度の経済速度を保ちそうである。

今年第1四半期の名目GDPは前年比7.2%だが、物価の伸び率低下によって、今年第4四半期には5%、2024年第4四半期には3%半ば程度に低下するだろう。米10年債利回りはそのような経済を予想しながら動いている。FRBは2024年第4四半期のFFレートを4.4%~5.1%と予測しているが、債券相場は3%台あるいはさらに低い2%台を見込んでいる。

今年第1四半期の米企業の税引後利益は3期連続の前期比減、前年比では5.1%の減益となった。減益の主因は銀行破綻に伴い金融部門が22.8%も落ち込んだからだ。非金融部門はプラスだが2.2%の微増にとどまった。

米企業業績は低迷しているけれども、ナスダック総合は6月末までの半年で31.7%も上昇し、日経平均の27.2%を上回った。NYダウは3.8%だったが、S&P500は15.9%の値上がりだ。FRBによれば、今年3月末の米株式価額は68.5兆ドルであり、株式価額・名目GDP比は2.58倍へと2期連続で上昇し、6月末には2.77倍へとさらに上昇したようだ。

新型コロナでゼロまで引き下げられた過程で、株式価額・名目GDP比は3倍を超えた。これほど株式と実体経済が乖離したことはなく、リーマンショック直前でも2倍に達していなかった。それが3.28倍(2021年第4四半期)まで上昇、利上げによって、2022年第3四半期には2.36倍へと急低下した。それがいまでは2.7倍ほどに回復している。株式価額・名目GDP比がこれほど高くなれば、株式は明らかにバブル化していると言える。

前回のレポートでも取り上げたが、2022年末の米国の金融資産は320.8兆ドル、名目GDPの12.5倍という途方もない規模である。金利の動静や期待に敏感に反応する金融資産をGDPの12.5倍も保有している経済社会でありながら、FRBの金融政策は「物価と雇用」一点張りなのである。金利の変化や期待を受けるのは、まず金融資産であり、その変動が実体経済に作用することになる。金利が最初に関わるのは実体経済ではないのだ。金融政策の最大の目標は金融資産の激しい動きを制御することなのである。金融資産が急激に変化すれば良くも悪くも実体経済を揺さぶる事になる。日本の1980年代後半のように過度に浮かれた状態やその後の金融資産暴落による未だ癒えない経済不振など枚挙にいとまはない。

現状の米株式は、何かの時にはFRBが助けてくれるという期待の元で成立している相場なのだ。リーマンショックやつい最近の米国やスイスの銀行破綻でも、中央銀行が手を差し伸べたように、金融業に対しては同業のよしみから、常に甘いのである。こうした一連の、FRBの政策が、金融業を強気にし、性懲りもなくバブル相場を創り出すのである。

2011年末と2021年末の米金融資産を比較すると、2.02倍に増加しているが、その前の10年、2001年末と2011年末では1.68倍である。名目GDPは2021年までの10年間で1.49倍、2011年までの10年間でも1.47倍と実体経済はほぼ同じであり、固定資産の拡大も両期間同じであった。金利が効果を発揮したのは金融資産だけであり、実物経済を動かす力はないということが、こうした単純な比較からわかる。

翻って、日本の金融資産はどうかというと、2021年末、8,999兆円、規模では米国の約5分の一である。だが、金融資産・名目GDP比は15.6倍であり、米国の12.5倍(2022年末)を上回っている。ということは、金利の変化はまず金融資産に影響するけれども、金融資産の規模が大きいだけに、実体経済を揺さぶる力は米国より強力だということになる。

因みに、2021年末のドイツの金融資産は11.53兆ユーロ(1,810兆円)、金融資産・名目GDP比は3.20倍である。金融資産の規模は日本の約2割であり、対GDP比は日米に比べれば非常に低く、ドイツ経済は金利の影響を受けにくい実体経済主体の経済だといえる。ドイツの金融資産・総資産比率は36.7%だが、日本は72.3%である。固定資産・総資産比率はドイツの40.1%に対して日本16.7%と低い。固定資産・名目GDP比はドイツ3.49倍、日本3.62倍と大きな違いはない。

1994年から2021年までに日本の名目GDPは1.12倍とほとんど停滞していたが、金融資産は1.80倍に拡大している。金融資産のなかで最も伸びたのは債券の2.52倍、次が現預金2.30倍、株式は2倍になった。1990年代半ば以降、ほぼゼロ金利だったことから債券での長期調達が容易になり、歳入不足を補う国債の発行が著しく増加した。預金金利がゼロになっても、デフレにより、所有するだけで増価する現預金の選好が衰えることはなかった。

日本経済は総資産の7割強が金融資産、約1割が土地であり、この両者を合計すると82.6%を占める。ドイツの金融資産と土地の合計額は総資産の59.9%であり、22.7%pも日本が上回っている。2021年末の固定資産・総資産比率は16.7%と前年をわずかに上回ったが、10年前の2011年末は20.3%であった。

収益を生まない金融資産が、総資産の7割以上も占めている日本経済のバランスシートは異常である。魅力ある製品やサービスを創り出すことができなくなっていることを裏付けている。設備投資をする分野が見つからないのだ。日本人が創造力や新機軸を編み出す能力に劣るわけではないが、個人の突破力、血気に問題があるのかもしれない。集団ではそれなりの力を発揮するけれども、最後の個のところで躓いてしまう。

莫大な金融資産を現預金で寝かせて置いているのでは、日本経済の体力は衰えるばかりで、「座して死を待つ」ことになる。人口減等により、日本経済は成長しないのだから、経済の質を高め、中身の充実を図るしかない。世界で通用する高品質の製品・商品を製造するには優れた固定資産が必要である。目先の流行に捕らわれず、長期の視点から研究・開発を遂行する必要がある。それだけの金融資産が日本にはあるのだ。

長期の名目経済成長率がゼロに近いということは、長期金利も1%未満が適切な水準だと言える。長期金利が1%に満たないのであれば、短期金利は限りなくゼロに近いところに置かれるべきだ。現状、日銀は翌日物はマイナス、長期金利はゼロ近辺としているが、長期的にも金利はこのような水準から大幅に離れることはないだろう。今の金利がゼロであるだけに、僅かな上昇でも金融資産に及ぼすダメージは甚だ大きい。しかも金融資産・GDP比率が極めて高いので、実体経済に及ぼす影響も甚大となるだろう。ゼロ金利を持続することで、研究・開発投資を拡大し、高度な機能を備えた高級製品を作り出していくことに活路を見出す以外に、進むべき道はないのではないか。

 

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