時代錯誤の金融政策

投稿者 曽我純, 6月26日 午前8:38, 2023年

6月のFOMCでは政策金利は5.00%~5.25%に据え置かれたけれども、年末までには5.4%~5.6%に引き上げると言う。21日の議会証言でもパウエル議長は利上げすることが「かなり正確な推測」だと発言した。だが、5月の米CPIは前年比4.0%、生産者物価指数PPIは1.1%まで低下してきており、持家の帰属家賃を除けば、CPIは2.0%となり、もはや物価は問題ではなくなったと言える。経済は拡大しているが、物価上昇率は低下しており、FRBの利上げはほとんど物価の押し下げには寄与していない。物価が上がれば、需要は落ち、下がることになる。需要と供給のメカニズムが機能しており、物価はそれに頼るほかないのだ。

今では、金利の変動の実体経済へ及ぼす効果はたかが知れている。金利が上がったからと言って、特に必需品などを削るような行動を消費者は取らず、消費を抑制するわけではない。雇用にしても採用に金利が関わることもない。人手が必要であれば、採用するし、余剰となれば首を切ることになる。そこに金利の入る余地はないのだ。

設備投資にしても、巨額の内部資金を保有している現在の企業には、利上げをしたからといって、設備投資を考え直すような行動はとらないだろう。金融政策は実体経済に、ほとんど効かないのである。FRBは、それをあたかも実体経済に有効な処方箋のように吹聴し、世間も金融政策が、それなりの効果を発揮しているのだ、と信じ込まされている。

金利の効果が表れるのは、それなりの時間を必要とするが、政策金利の利下げ期間と利上げ期間の実質GDPを比較すると、1990年代の2回の利下げ期間は、利上げ期間よりも高い経済成長を遂げたが、2000年以降については、利上げ期間が利下げ期間よりも実質経済成長率は高かった。

ITバブル後の1.0%まで下げた3年半に及ぶ利下げ期間、実質経済成長率は年率2.27%であったが、その後5.25%まで引き上げた3年3カ月に及ぶ利上げ期間では、年率2.80%伸びた。リーマンショック以前の2007年8月をピークに、2015年11月まで続けられたゼロ金利期間では、年率1.32%に過ぎなかったが、2019年6月の2.25%までの利上げ期間は2.32%であった。

金利に敏感に反応すると考えられている民間設備投資も2000年以降では利下げ期間よりも利上げ期間がより高い伸びを示した。つまり、金利を上げれば民間設備投資が増加するという具合に、民間設備投資は金利に相関しているのだ。金利が上がれば民間設備投資を減らし、経済を冷やすことはできなくなった。

利上げが、民間設備投資を抑えることができなければ、利上げで、ほかに何ができるのだろうか。個人消費支出がGDPの7割に占める消費中心の米国経済では、そもそも利上げで景気を減速させることはできない。よほど賃金の悪化や先行きが暗くなる以外に、消費は抑制されないからだ。さまざまな人種、宗教等の人が暮らしている米国では、同調して消費を抑制することなど起こらない。所得格差も大きく、利上げは富裕層の消費には全く効かないし、低所得者層はこれ以上消費を減らすことができない水準で生活しているため、この層の人たちの消費にも影響をおよぼすことはない。米国社会は金持ちと貧乏人の層に分離しており、中間層は薄くなりつつあり、低所得者の層が厚く、経常的消費の割合が高く、金利の変動によって消費は大きく変化しない。

消費を決めるのは賃金、雇用そして先行きの見通し、なのだ。米非農業部門の雇用は拡大を続け、新型コロナ以前の水準を超えているが、新型コロナ以前のピーク(2020年2月)を今年5月と比較すると3年3カ月で2.45%増である。2020年2月までの3年3カ月の伸びは4.94%であり、2020年2月から今年5月までの非農業部門雇用の伸びは、以前の同期間よりも緩やかである。

5月の労働力人口を総労働人口で割った労働参加率は62.6%、雇用・総労働人口比率は60.3%と2020年2月の63.3%、61.1%をいずれも下回っており、まだ雇用者の拡大の余地はある。あまりにも急激な解雇により、なかなか希望する職種への復帰が進んでいないのである。労働需給がうまく噛み合い、総労働人口が今のペースで増加し、雇用・総労働人口比率が2020年2月の61.1%に上昇するとの仮定では、1年後の来年5月の雇用者数は前年比約400万人増加(月33万人)することになる。4月の民間部門の賃金・俸給は前年比5.6%、一人当たりの可処分所得(DI)は7.4%も伸びている。CPIの伸び率鈍化によって、実質的なDIは増加し、消費意欲は容易に衰えないだろう。

利下げが実体経済に無力だったことを象徴しているのが日本経済だ。1990年代半ば以降、ほぼゼロ金利でありながら、実体経済は微動だにしないといってもよいほど沈滞している。1995年から2022年までの27年間の名目GDPを比較すると年率0.23%しか伸びていない。家計最終消費支出(持家の帰属家賃を除く)も0.27%とゼロ金利が消費を引き上げたなどとは言えない。民間設備投資は0.4%と家計最終消費支出を上回っているけれども、それでも経済を引き上げるまでの力は出せていない。金利をとことん下げても日本経済はこのありさまなのだ。

それでも金利の僅かな反応に寄ってたかって大騒ぎするのである。子供がはしゃぐことと変わりはない。実体経済に無益な金融政策に多くの人とカネをあてがい、政策云々を議論することに何の意義があるというのだろうか。金利の議論は、そこらの井戸端会議のようなものである。

FRBはゼロから5%まで短期間に政策金利を引き上げてきたが、実質GDPの前期比マイナスは昨年の第1、第2四半期で、第3四半期以降はプラスで推移している。昨年10月、米10年債利回りは4%を超えたが、足元3.7%台である。債券利回りは2020年7月の0.5%を底に急速に上昇し、債券相場は急落した。

政策金利の上げ下げは実体経済ではなく、金融経済を揺さぶる。今回の債券相場の急落を引き起こしたのはFRBの利上げであることは間違いない。実体経済とあまりにも掛け離れた金利操作が金融経済を上振れ下振れさせ、それが実体経済に波及するケースにしばしば遭遇してきた。米国経済で政策金利をゼロや1%まで下げることは間違った政策なのだ。

ITバブル後の名目GDPの前年比伸びは最低でも2.2%であり、政策金利が1%であった2004年第2四半期には7.1%も伸びていた。7.1%も成長しながらFFレートは1.0%、これほど実体経済と金利が乖離すれば、為替相場や商品相場が攪乱される。

2008年末、FRBはFFレートをゼロにした。このとき名目GDPは2009年第3四半期まで4四半期連続の前年割れとなったが、その後プラス成長に転じ、2010年第2四半期には4.2%まで回復し、経済は順調な足取りで推移していたが、FRBは2015年11月までゼロ金利を続けた。

2015年11月のCPIコアは前年比2.0%であり、短期金利は実質マイナス、10年債利回りは2.21%であり、実質ゼロ状態であった。2011年末から実質利回りはマイナスになり、ゼロ前後推移していた。米実質利回りがマイナスになったのは異例のことであり、しかも、2019年央以降、マイナス幅は急拡大し、2022年2月には-4.6%、今年5月でも-1.69%という異常な状態が続いている。実質利回りがマイナスに低下する過程から株式は上昇の勢いを強め、マイナス幅が拡大するとさらに急騰していった。株式が買われれば、それにつれて商品相場も上昇力を掻き立てられる。あらゆる金融資産が物色されることになり、金融バブルが発生することになる。

FRBによれば、2022年末の米金融資産は320.8兆ドル、名目GDPの12.6倍の規模である。2022年の金融資産を2002年と比較すると3.19倍に拡大している。同期間、名目GDPは2.32倍であり、金融資産の拡大が実体経済を勝っている。実体経済は金利の変化に鈍感だが、金融経済は敏感である。名目GDPの12.6倍もの金融資産が暴れだすと手が付けられなくなる。こうしたバブルの形成と崩壊は過去に何度も経験しているが、FRBはそのようなことは、なかったとでもいうような金融政策を行なっている。

米国の金融資産は規模が巨大で世界中で運用しているため、米金融政策の失敗は、金融資産の激しい目減りによって、米国内にとどまらず、世界経済に大きな打撃を与えたが、これからも最大の攪乱要因になるだろう。FRBは「雇用と物価」を政策目標に掲げているが、この目標は時代錯誤以外のなにものでもない。最も重要な金融政策は、金融経済の膨張と崩壊を防ぐことなのである。そのためには、むやみやたらに政策金利を変動させるのではなく、長期的な名目GDPの伸びに準じて設定すればよい。そうすれば、為替、株式、債券相場はこれまでよりも、より安定した値動きとなるだろう。

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