大企業は売上高が伸びなくても巨額の当期純利益を手に入れているが、そのわけは売上原価の削減、営業外収益の拡大であったことを前回のレポートで指摘した。給与や他社からの購入費の削減は、取りも直さず、有効需要の不足をもたらし、結局、大企業の売上高にも悪影響を及ぼすのである。生産コストを厳しく押さえつけることは、当該企業にとってはプラスなのだが、社会全体にとってはマイナスになる。日本経済が長期停滞から抜け出せないひとつの理由が、こうした企業の独り善がりの行動なのである。
家計消費や企業の設備投資が増加することによってのみ、国内経済は自律的に成長していくことができるのだ。なかでも、GDPの半分以上を占める家計消費が緩やかにでも上向かないかぎり、経済は動かず沈滞したままである。だが、依然、家計の消費行動は慎重姿勢を崩していない。
『家計調査』(総務省)によれば、消費支出(二人以上の勤労者世帯)は昨年8月には前年比9.6%も増加していたが、その後、伸びは鈍化し、今年4月は-2.9%と2カ月連続の前年割れとなった。2年前比でも1.3%減少している。収入はどうかと言うと実収入(世帯主や配偶者の収入だけでなく財産収入、社会保障給付などを含む)、可処分所得ともにプラスで、2年前比も2.0%、2.8%それぞれ伸びているが、物価を考慮すればマイナスになる。4月の平均消費性向は73.9%と前年よりも4.9%p低下し、1月~4月の平均消費性向も前年同期よりも0.3%pの低下だ。勤労者世帯の消費は昨年央に比べて慎重になってきているようである。
4月の消費者物価指数(CPI)が前年比3.5%と前月よりも0.3%p上昇、生鮮食品・エネルギーを除くコア指数は4.1%と総合指数を上回り、上昇傾向にあることなど、物価高がなかなか収まらないことが消費の足を引っ張っている。特に、日々購入する食料が前年比8.4%も上昇しており、これが購買マインドを冷やしている。値段が上がれば、購入量を減らし、場合によっては購入を諦めるような行動を取るのだ。当然のことだろう。物価が上昇するよりも、収入の増え方が勝っていれば、消費を減らすことはないけれども、収入がほとんど増えない見通しでは節約せざるを得ない。
生鮮食品(CPIのウエイト3.96%)は前年比5.3%と緩やかに低下しているが、生鮮食品を除く食料(ウエイト22.3%)は上昇に歯止めが掛からず、9.0%も上昇しており、これがCPI上昇の最大の要因になっている。勤労者世帯の消費支出は2.9%減だが、買わざるを得ない食料は6.8%増である。6.8%も増やしているが、食料の価格が8.4%も上がっているため、実質では1.6%減となる。
今年4月の実収入を20年前の2003年4月と比較すると、1.16倍になっている。だが、消費支出は0.97倍、20年前よりも少ない。実収入の内訳をみると世帯主収入(男)の定期収入は0.98倍と消費支出とほぼ同じであり、減少している。賞与や配偶者の収入増によって、実収入は1.16倍になったのである。
実収入が20年間で1.16倍に増えたことは、年率では0.77%と1%に満たない。しかも、世帯主の定期収入は20年前を下回っているという現実に目を向けるならば、家計は財布の紐を緩めるわけにはいかないのである。
春闘で大企業は賃上げを決めたが、『法人企業統計』(財務省)によれば、大企業の給与と賞与の合計額は全規模全産業の27.9%(2021年度)にすぎない。中堅・中小の賃上げ率が従来通りであれば、大企業の賃上げ効果は薄れてしまい、消費に確たる影響を及ぼすことはないだろう。
大企業の給与・賞与も2011年度と2021年度の比較では1.046倍とほぼ横ばいであった。大企業も給与・賞与を抑えつけることで、利益が確保できる経営体質に成り下がっているのだ。過去数十年、売上が伸びない日本経済から編み出した経営戦略なのかもしれない。数年で交代するサラリーマン社長は、任期を無難にこなすことのみに専念し、課題や問題に真剣に取り組み、解決する意欲に漲った経営者は稀な存在なのだ。したがって、利益が出ようが出まいが、果敢な経営方針を打ち出す企業は少ない。豊富な資金を現預金や金融資産で遊ばせ、リスクの高い設備投資には使わないのである。目先のことや同業他社の行動しか関心がなく、自社の進むべき進路とか経営戦略の抜本的見直しには及び越しなのである。
売上を伸ばすことができないのは、売れるものを創り出せないからだ。売れる優れたものを生み出すことができないのは、突き詰めれば、無能な経営者がトップに居座っているからだということになる。そういった経営者の首を挿げ替えることができない企業組織の在り方が、問題だということになる。
賃上げにしろ、同業他社を横目で睨みながらで、自発的に決めているわけではない。景気が少しでも悪くなれば賃上げは元の木阿弥となるだろう。なにしろ、売上は伸びないのだから、賃金だけ上げるわけにはいかない、という考えだからだ。
おそらく、先行き賃金は上がらず、消費も従来通りの横ばい程度で推移するのだろう。すでにユーロ圏は景気後退に入り、ユーロ圏の盟主であるドイツの後退がより深い。米国経済は持ちこたえているが、製造業は低迷しており、サービス業でなんとか景気を持続させているが、5月の非製造業ISMは50.3と景気が良い・悪いの境目まで低下してきている。4月の米輸出、輸入はともに前年を下回り、米国のみならず世界的に需要が減衰してきている様子が窺える。
勤労者世帯の消費支出は景気に敏感である。景気が悪くなりそうだ、賃金・雇用不安の台頭、消費の削減という連想がはたらき、実際に消費を絞るのである。過去数十年そうしたことの繰り返しであったから消費支出は長期的に低迷し、貯蓄は2.4倍に増加した。直接税や社会保険料等の非消費支出は1.24倍と実収入1.16倍を上回り、消費不振に拍車を掛けた。急速に進行している少子高齢化が非消費支出のさらなる拡大を予想させ、消費を圧迫し続けるだろう。
過去20年間で消費支出は0.97倍だったが、食料は1.18倍のプラスだった。今年4月の食料は前年比6.8%と2015年7月以来の高い伸びである。新型コロナによるエネルギー価格上昇の影響を受けて食料価格も値上がりし、食料支出も増加していった。
食料支出の内訳をみると過去20年間で増加した品物と減少した品物がある。今年4月の勤労者世帯の食料支出(81,935円)のなかで最大の支出品目は外食15,175円であり、食料支出の18.5%を占める。第2位が調理食品11,783円で14.4%、第3位肉類8,634円(10.5%)、第4位野菜・海藻8,301円(10.1%)、第5位菓子類7,350円(9.0%)、第6位穀類6,841円(8.4%)、第7位飲料5,285円(6.5%)、第8位魚介類4,880円(6.0%)、第9位乳卵類4,156円(5.1%)、第10位油脂・調味料3,811円(4.7%)、第11位酒類3,411円(4.2%)、第12位果物2,308円(2.8%)という構成になっている。総菜物のようにすぐに食べられる調理食品への支出が第2位、肉類も増加し、菓子類が5番目で穀類よりも支出額が多い。
20年前と比較すると穀類は4位から6位に後退しているが、パンや麺類支出は増加している。だが、米は大幅に減少しており、月1,657円とパンの約半分であり、麺類をも下回る。20年前の約6割しか米を食べていないのだ。20年前比、調理食品は1.48倍、飲料1.48倍、菓子類1.43倍、肉類1.43倍とエネルギー多消費型の食料への需要が増加している。穀類よりも菓子類の消費額が多いのは驚きだ。野菜・海藻はほぼ横ばいだが、魚介類は減少、なかでも生鮮魚介は20年前比、35%も落ち込んでいる。米と生鮮魚介は本来、日本の主食と副食の中心をなしていたが、今では主役の座を完全に明け渡した。こうした食生活の変化によって、エネルギー価格や海外依存度の高い小麦や大豆等の輸入価格の変動を従来以上に受けるようになった。外国産の農産物や調理食品の消費を増やすことは、食料価格高のリスクを高め、自ら生活苦を招くことになる。自業自得なのだ。
★今週のFOMC、利上げなし
5月の非農業部門雇用者は予想以上に伸びたが、5月の製造業ISMは低下、なかでも新規受注は42.6、前月比3.1pも落ち込んだ。非製造業ISMは5月、50.3と前月比1.6p低下し、景気後退の領域に近づいてきた。米国の輸入の前年割れは続いており、内需はあきらかに弱くなってきている。このような時に利上げはしない。消費の伸びは鈍化してきており、CPIの伸びは緩やかに低下していくだろう。6月の非製造業ISMや雇用統計が悪ければ、7月25、26日のFOMCでも利上げは行われないと思う。政策金利は今以上上がらないのではないか。