米労働需給逼迫と賃金上昇の背景を探る

投稿者 曽我純, 5月29日 午前8:39, 2023年

円ドル相場は昨年末よりも9円強値下がりした。ドルユーロはほぼ同じ、ポンドとスイスフランは強含みで、円独歩安だ。日銀が金融緩和を続ける一方、米国の利上げ打ち止めが遠のく観測が強まってきているからだ。今年第1四半期まで米実質GDPは3期連続の前期比プラスであり、足元の経済指標もサービス部門は底堅く、米国経済が直ぐに腰折れすることはなさそうである。FRBは政策金利をゼロから5%まで引き上げたが、個人消費や設備投資の勢いを著しく鈍化させるには至っていない。所詮、金融政策の実体経済に及ぼす力は、たかが知れているのだ。

CPI(消費者物価指数)の上昇が個人消費を冷やすことになるが、CPIの上昇以上に賃金が増加すれば、物価の値上がりも個人消費を抑制することは難しい。物価上昇期待下では個人の購入意欲は強まるだろう。しかも車社会の米国でもっとも重視されているガソリン価格は4月、前年比12.2%も下落しており、物価に対する懸念は和らいできている。さらに、物価高と言われているが、昨年6月の前年比9.1%をピークに4月には4.9%まで低下してきた。これから持家の帰属家賃の寄与度を差し引けば、4月のCPIは2.8%に低下し、すでに米国では物価は問題ではなくなっているのだ。それでも、FRBは金利をどうするのか迷っている。あくまでも、金利が実体経済を統制できると考えているのだ。金利の変動が実体経済ではなく、金融経済を激しく動かし、それが実体経済に作用するのが金利の実像なのだが、「雇用と物価」に拘り続けているのである。「雇用と物価」を呪文のように唱えることが使命と課している。

米10年債利回りは上昇気味だが、3%台の水準では民間設備投資に影響することはない。豊富な資金を持て余している状態下、政策金利の変更程度では企業の設備投資行動は左右されない。企業の期待する収益率はそのような小幅ではないのだ。

それにしても、米個人消費は強い。4月の米個人消費支出(PCE)は前年比6.7%とPCE物価指数の4.4%を2.3%p上回った。4月の非農業部門雇用者は前年比2.6%増加しており、雇用が依然高い伸びを続けていることが、個人消費の勢いを持続させている。雇用・労働力人口比は60.4%と新型コロナ前のピーク(2020年4月の61.1%)を下回っており、雇用は引き続き伸びていくだろう。雇用の拡大が続けば、個人消費も伸び、米国経済は成長基調を維持できることになる。

新型コロナによって、米国の人口の伸びは2020年4月の前年比0.5%からその10カ月後の2021年2月には0.1%まで低下した。その後は緩やかに上昇し、2022年12月には新型コロナ以前の0.5に回復、今年4月まで0.5%増を保持している。2010年央に0.9%から0.8%に低下したが、2016年11月までの約6年間、0.8%を維持していた。だが、トランプ大統領が就任してから人口の伸び率は鈍化していった。今年4月は前年比0.5%だが、長期的にみると0.5%はかなり低い伸びなのである。人口の伸びが低いということは労働供給力が乏しいことでもある。需給がうまく一致しないだけでなく、労働需要が供給を上回る状態が続いているのだろう。だから、失業率が半世紀ぶりの3.4%まで低下しているのだ。大卒以上の高学歴者の失業率は1.9%まで低下し、米国は完全雇用下にある。人口の増加率が前年比0.5%の低い伸びにとどまるならば、労働の超過需要状態はなかなか解消せず、完全雇用の状態は続き、消費増も途切れることはなさそうだ。おそらく、今回の雇用、消費などが底堅いのは、長期の観点から捉えても、人口の増加率が低いことに起因しているのではないだろうか。これは、金融政策ではどうにも対処できない問題なのである。

4月の米個人消費支出は前年比6.7%と前月を0.5%p上回った。賃金・俸給が前年比5.6%、可処分所得は7.9%伸びるなど、消費の決め手となる所得の拡大が続いているからだ。人口の伸び悩みによって、労働需給の逼迫は解消せず、雇用と賃金の増加傾向が保たれている。米国経済の約7割は個人消費で占められており、個人消費が著しく悪化しない限り、米国経済の基調は大きく崩れることはない。4月の貯蓄率は4.1%と2022年の3.5%よりも高いけれども、新型コロナ以前の2019年(8.8%)の半分以下であり、先行きに対して消費者は楽観的なのである。

2022年の米個人所得は前年比2.3%の21.77兆ドルにとどまった。2021年の7.4%から大幅に伸びは鈍化した。原因は政府からの給付等が2021年の急拡大の反動でマイナスになったからだ。賃金・俸給は8.7%伸び、移転所得減を補って余りあった。所得税の増加で可処分所得は0.3%減少したが、消費支出は9.1%も伸びた。

米個人所得は賃金・報酬などの雇用者報酬、資産所得、移転所得などから成り、2022年の雇用者報酬は個人所得の62.3%を占める。20年前の2002年の雇用者報酬は67.0%を占めていたが、その割合は低下してきている。資産からの所得比率は変わっていないが、政府からの移転所得は2002年の14.0%から2022年には18.0%に上昇しており、変動しやすい雇用者報酬の所得依存度は低下しており、個人所得の安定度は増していると言える。

新型コロナで急速に悪化した経済を立て直すために、2020年の移転所得は前年比34.5%も増加し、雇用者報酬が1.3%に低迷しながらも個人所得は6.7%と2019年を1.6%p上回った。新型コロナによる悲観的な見方が大勢を占めるなかで、2020年の消費支出は1.9%減にとどまった。雇用者報酬の減速を移転所得によって補い、消費の落ち込みを防いだのである。ITバブル後の不況やリーマンショックの時にも、移転所得によって、景気後退の深さと期間を浅く短くした。

2022年までの10年間の個人所得の伸びを比較すると、一番伸びたのは民間部門の賃金・報酬(1.67倍)であり、次が移転所得(1.65倍)だった。2012年までの10年間は金融危機に見舞われたことから、賃金・報酬は1.38倍であったが、移転所得は1.83倍と2022年までの10年よりも伸びており、そのため個人所得は2022年までの10年間並みに拡大した。

米国経済の成長を持続させる最大の条件は、個人消費の落ち込みを防ぐことである。個人消費が冷え込まなければ、そう簡単に米国経済は不況にはならない。雇用者報酬が比較的安定していることに、いざという時には移転所得が期待できることが、個人消費のぶれを小さくしている。緩やかな景気後退であれば自律的に回復していくはずだ。

しかし、これまでに経験した深刻な不況は、その原因として政策金利の過度な引き上げ、引き下げを指摘することができる。そもそも、金融政策は個人消費や設備投資にほとんど影響せず、株式や債券など金融商品を激しく変動させるだけであり、弊害ばかり社会にまき散らしてきた。

2022年の名目GDPは25.46兆ドルだが、金融資産(FRBの『Financial Accounts Matrix』)は321.55兆ドルと名目GDPの12.6倍の規模である。2022年までの20年間で名目GDPは2.32倍拡大したが、総金融資産は3.19倍に膨れた。これだけの巨額金融資産がわずかな鞘を狙って蠢いているのである。1%の利ザヤで3.2兆ドル稼げるのだ。これにFRBは加担しているのである。

 

★G7が終わり、岸田内閣の支持率が上がった。ウクライナに戦争を継続させることがメインテーマだった。ほかに決まったことはなにもない。戦争を煽り、ただのお祭り騒ぎでしかない。これで岸田内閣支持率上昇とは、いったいなにをみているのだろうか。宮島で首脳が揃って記念写真を撮ったが、マクロン大統領だけは左手はポケット、右手は下に降ろしたままで、ほかの者がみな手を振っていたのとは対照的であった(あるフリーのジャーナリスト指摘で見直し確認)。まさにマクロン大統領は太々しい態度であった。G7後、マクロン大統領はモンゴルへ旅経った。

私もG7には腹立たしい思いしか残らなかったので、25日からはじまった「良寛の書の世界」(東京黎明アートルーム)に出掛けた。以前、新聞で紹介されていた『漢詩 青山西復東』が今回展示されていることも会場へと促した。書にはまったくの素人だが、良寛の書には大いに惹かれる。『青山西復東』の前に佇めば、自然に心が落ち着く。衒いが少しもなく、品があり、のびやかで清々しい気持ちにさせてくれる。楷書、草書、行書どの字体でも、なにの力身もない自由な筆である。良寛は書に関しては、完全な自由を会得したのだ。書を介して、人生の自由も手に入れたのだと思う。

曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数