3月の貿易赤字は4,544億円と昨年8月のピーク(24,609億円)から大幅に縮小してきた。第1次所得収支(利子、配当等)は3兆3,610億円と前年を下回ったものの、貿易赤字額をはるかに上回り、経常収支は2兆2,781億円の黒字を確保することができた。2022年度の経常収支は9兆2,256億円と前年度の半分以下となり、2014年度以来8年ぶりの低水準となったが、今年度は増勢に向かうだろう。円安ドル高と資源高によって輸入額は急増し、昨年度の貿易赤字額は18兆円を超えたけれども、第1次所得が前年度比22.6%の35.5兆円へと3年連続で増加して、経常収支の落ち込みを防いだ。10年前の第1次所得収支は14.4兆円であるから、2022年度はその2.45倍に当たる。海外から国内に流入する利子・配当が流出よりも35.5兆円も多いのだ。円ドル相場が130円台で推移すれば、貿易収支が均衡するだけで、経常収支は30兆円超の水準を維持することが可能なのである。
資源高、円安ドル高を嘆く人もいるが、このおかげで我が世の春を謳歌している人もいるのだ。2022年度の上場企業決算が発表されているが、当期純利益は前年度を凌ぐ、好決算になりそうだ。財務省の『法人企業統計』によれば、2021年度の大企業(資本金10億円以上)の当期純利益は40.9兆円と過去最高を更新した。2022年度はこれをさらに上回りそうだという。
すでに決算を公表した商社(三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、丸紅、住友商事の5社)の当期純利益は伊藤忠を除いて増益となり、三菱商事と三井物産はいずれも1兆円を超えた。最低の丸紅でも5,528億円を稼ぎ出し、5社計の当期純利益は4.42兆円と空前の規模だ。2021年度の非製造業(大企業)の当期純利益(20.66兆円)と比較するとこの5社だけで2割超を占めることになる。資源高と円安ドル高の追い風を受けた代表が商社なのであり、第1次所得増はこのことを雄弁に物語っている。
これだけ巨額の利益を稼いでいるのだが、5商社計の法人税等は1.13兆円にすぎず、税引前利益の20.4%だ。これほど税率が低いのは、「持分法による投資収益」が5社で1.91兆円にも上るからだ。5社のなかで税率が最も高いのは三菱商事で24.3%、最低は丸紅の12.1%と驚くほど低い。持分法投資収益は、三井物産が5,555億円で最大、二番目が三菱商事の5,001億円であり、トヨタの6,430億円に近い。トヨタの法人税等は1.17兆円と5商社計よりも多いのである。それでもトヨタの税率は32.0%であり、持分法投資収益で押し下げられているのだ。
『法人企業統計』によると、2021年度の非製造業大企業の法人税等は4.84兆円であり、税引前利益の19.2%であった。2001年度以降、法人税等の最高は2018年度の5.27兆円、税引前利益も過去最高の28.71兆円であり、税率は18.3%だった。次が、2007年度で法人税等は5.22兆円だが、税引前利益は13.13兆円であり、税率39.7%と2018年度の2倍超であった。
これほどの税率の違いは営業外収益が2007年度の4.19兆円から2018年度には7.24兆円、2021年度は9.27兆円へと急増している半面、営業外費用は2018年度が2007年度を下回り、経常利益を押し上げたからである。営業外収益の大半は持分法利益が占めており、これが税率を低下させているのだ。
非製造業の大企業営業利益は2001年度の10.43兆円から2021年度は20.16兆円に増加したが、同期間、経常利益は8.44兆円から25.09兆円へと営業利益の拡大を上回っている。2008年度以降、配当金が法人税等をほぼ上回り、しかも格差は極端に拡大している。2008年度には配当金が法人税等を0.6兆円超過していただけだったが、2020年度には配当金の13.03兆円に対して法人所得税等は4.49兆円と両者の差は著しく開いた。しかも、2020年度、配当金に自己株式(2.34兆円)を加えると、企業の株主優遇はこれまでにない規模に達したと言える。
大企業製造業でも同じような傾向がみられる。営業利益は2001年度の6.66兆円から2021年度には14.62兆円に拡大したが、営業外収益が3.75兆円から12.20兆円に急増、そのため経常利益は6.88兆円から24.44兆円へと営業利益をはるかに上回る伸びとなった。2001年度以降、法人税等の最高は2006年度の5.50兆円、税引前利益(16.43兆円)の33.5%であった。ところが、2021年度は税引前利益が24.72兆円に拡大したにもかかわらず、法人税等は4.37兆円に減少、税率は17.7%に低下した。2005年度以降、配当金が法人税等よりも多くなり、2021年度の配当金は9.32兆円、法人税等の2倍超になり、まさに株主資本主義と言える仕組みが確立されたのである。
2021年度の大企業全産業の法人税等は9.21兆円、税引前利益(49.93兆円)の18.4%である。バブルピークの1989年度の法人税等は8.86兆円、税引前利益(17.45兆円)の50.8%を占める。2021年度の税引前利益に1989年度の50.8%を適用すると法人税等は25兆円を超える。全規模全産業で2021年度に1989年度の税率を適用すると法人税等は約45兆円になる。これだけ税負担の軽減に対して、企業はなにか社会の期待に応えることができたのだろうか。
大企業全産業の2012年度から2021年度までの10年間の配当金総額は163.3兆円、自己株式は8.9兆円、株主還元は計172.2兆円となる。金融機関の無きに等しい利息に比べれば年平均16.3兆円の配当金の経済へのインパクトは大きいはずだ。だが、配当金が消費を刺激した様子は見当たらない。2021年度末の『株式保有状況』によると、個人・その他の株式保有比率は16.6%だが、間接保有の投資信託(9.9%)、年金信託(1.0%)、生命保険(3.0%)などを加えれば、30%程度になる。最大の株式保有者は外人(30.4%)であり、事業法人も20.0%保有している。事業法人は1990年度、30.1%も保有しており、その後のバブル崩壊によって持ち合い株式で苦しんだが、2000年度以降の保有比率はほぼ一定で推移しており、依然、巨額の株式を保有している。外人の保有比率は、長期的に見れば、1990年度の4.7%から2013年度の30.8%まで一貫して上昇し、それ以降はほぼ一定している。
企業はこれだけの配当金を出しながら、従業員給与(賞与含む)はほぼ横ばいなのだ。大企業全産業の2011年度と2021年度の給与を比較すると1.046倍しか増えていない。賞与を除けば1.013倍とさらに酷くなり、こうした給与の推移から給与の伸びが見込めないことを従業員は肌身をもって感じているのだ。だから、ベースアップの回答を出したところで、真に受けない。一時的な措置で、来年には元の木阿弥となると踏んでいるのだ。永続的に賃金が上がっていくと想定しているのであれば、3月の消費支出は前年比1.8%(実質マイナス1.9%)に低下しないはずだ。
賃金の出し惜しみ、税金もできるだけ抑える、その一方、配当金はふんだんに出す。こうした企業の株主だけを厚遇する、社会的な道理から逸脱した経営を長期間続けてきたことが、日本社会を閉塞状況に追い込んでしまった主因のひとつなのだ。政官財がもたれあい、グルになり、財界は利権によって社会からカネを巻き上げる一員に成り下がってしまった。しかも利権はグローバルな規模で蔓延り、商社のような企業には願ってもないビジネス環境が生み出されたと言える。1980年代からの新自由主義のもと、レーガンやサッチャーが推進した市場万能主義によって、所得税の累進性の緩和と法人税の引き下げが、今日の企業優位社会と所得・資産格差を作り上げた。正しく人災なのである。