米国経済は底堅い。今年第1四半期の実質GDPは前年比1.6%伸び、前期を0.7%ポイント(p)上回った。個人消費支出と設備投資が2.3%、2.7%それぞれ伸び、この両者でGDPを2.0%引き上げた。在庫が大幅に減少したため、これを除けば2.6%成長となる。GDPの70.9%を占める個人消費支出が前期よりも高い伸びをみせていることが、底堅さの最大の要因である。7割を占める個人消費支出が腰折れしなければ、米国経済は景気後退に陥ることなく成長を持続できるだろう。
FRBは5月3日のFOMCで、政策金利を0.25%p引き上げ、5.00%~5.25%とした。昨年3月にゼロから0.25%に利上げしてから1年2カ月で5%へと急ピッチで上げ、リーマンショック前の5.25~5.00%%に近づいた。これだけ金利を上げても、雇用は拡大を続け、米失業率は4月、3.4%と前月を0.1p下回り、1969年5月以来約54年ぶりの低い水準となった。米国は完全雇用状態にあると言える。3月の個人消費支出物価指数は前年比4.2%、前月よりも0.9%p低下し、FRBの予測(今年第4四半期前年比3.0%~3.8%)に近づいてきた。
FRBのゼロ金利によって、米10年債利回りは一時0.5%程度(2020年7月)に低下していたが、FFレートの上昇に伴って、利回りも4%を超えるところまで上昇した。こうした金利高が実体経済にブレーキを掛けると言われているが、これまでのところ、そうした実体経済への影響ははっきり現れてはいない。
金利が影響を及ぼす部門は、設備投資だが、これさえ金利がストレートに影響するわけではない。いくら金利が下がっても、それ以上に期待収益率が落ち込めば、設備投資は控えられ、計画は取りやめとなる。しかも企業は巨額の内部留保を保有しており、外部金融に頼らなくても、自分の資金で設備投資をすることができるのだ。だから、FRBがFFレートや国債購入で金融緩和を演出しても、企業はそのようなことに特別気にも留めない。FRBが金融緩和や引締めを実施しても、そうした行動に企業は縛られないのである。
企業の設備投資行動に働きかけることができないのであれば、金融政策は経済のどの部門に影響を及ぼすことができるのだろうか。金利が高くなったからといって、家計の消費行動が控えられることもあるまい。消費はあくまでも所得や先行きの所得に関係しており、家計は金利の上げ下げで消費を変える行動は取らない。
金融政策は消費と設備投資という経済の主力分野に影響力を持ちえないのであれば、実体経済を操作できないことになる。貯蓄と投資の動向が実体経済を左右するのだが、金利の変化で貯蓄や投資の調整を図ることはできない。日本のようにゼロ金利が長期化しているにもかかわらず、金融機関への貯蓄は増え続けている。ほとんど利息がつかなくても金融機関へ預けるのだ。預金行動は金利にまったく関係ないのである。米国でも政策金利と貯蓄率に相関関係を認めることができない。新型コロナによって2020年3月にFRBはFFレートを再びゼロまで引き下げたが、先行き不安感が募ったことから、貯蓄率は急上昇した。今回の利上げ局面でもさほど大きな変化はみられない。政策金利の変更は貯蓄と投資の変化を引き起こす要因ではないのだ。あたかも、金融政策が実体経済に、それ相当の効果を及ぼし、中央銀行は政府の財政政策と共に、重要な役割を演じているという説には賛成できない。
2000年以降の米国経済を振り返ってみると、2001年3月をピークとするITバブルによる景気後退で、FRBは政策金利を1%まで引き下げたが、こうした極端な利下げを実行したからこそ、2008年のリーマンショックを引き起こしたのだ。超低金利によって、不動産バブルだけでなく、原油の高騰も起こり、それにつれて物価も上昇した。
ITバブル崩壊による景気後退期間は8カ月という短期間で終了し、政策金利を激しく変動させることはなかった。米10年債利回りは第2次石油危機後、トレンドは一貫して右肩下がりであったことを忘れてはいけない。債券利回りと同じように、長期のGDP成長率の趨勢も低下していたのである。そうした長期トレンドを無視し、変動の大きい経済指標だけに注目して、政策金利を動かすことは「百害あって一利なし」だ。実体経済から逸脱した極端な利下げや利上げは、金融経済の変動を引き起こし、実体経済は金融経済の攪乱による悪影響を受けることになるからだ。
リーマンショックによる景気後退は回復までに18カ月を要したが、なにもゼロまで金利を引き下げることはなかった(1929年のウォール街の崩壊後の大不況期でさえ1930年の公定歩合は3.0%であり、1.0%に引き下げられたのは1938年以降である)。2009年の名目GDPは前年比2.0%減少したが、2010年には3.9%伸びた。これだけの成長力を回復していながら、FRBはゼロ金利を2015年まで続けるという過ちを犯した。ゼロ金利で最も潤ったのは株式保有者であった。預金金利がほぼゼロに下がり、債券利回りが2%以下に低下すれば、株式の配当利回りが債券利回りを上回り、株式の魅力は増す。米株式が活況になれば、商品市況は舞い上がる。要するに、ゼロ金利の長期化は、マネーがより多くのマネーを求める運動を著しく強めたのである。例え、融資するにしてもゼロ金利下では利鞘は薄く、また、実際の資金需要は弱いので、資金は金融経済へと自ずと向かう。利益率の低いところから高いところへ資金は集まって行くのだ。
2020年2月をピークとする新型コロナ不況は、その2カ月後の2020年4月に底打ちした。失業率は2020年2月の3.5%から同4月には14.7%へと急上昇し、雇用環境は過去にない酷い事態に陥った。だが、2020年の名目GDPは1.5%減にとどまり、2021年には10.7%も拡大した。2020年と2021年の平均成長率は4.6%、実質でも1.6%と実体経済の落ち込みは軽微と言える。2012年から2022年までの10年間の名目GDP(年率4.6%)と変わらない成長を2020年と2021年を均せば、維持していたのである。それでも、雇用の急激な悪化と物価高騰だけに目を奪われ、再度、ゼロへと引き下げた。
マネーの自己利子率をゼロにすることの含意がわからず、金利は低ければ低いほどよいといった程度の理解でゼロ金利を導入したのである。本来、マネーの自己利子率が最も高いことが、マネーのマネーたる所以なのだが、ゼロ金利はそのマネーの最大の特質を消してしまった。ゼロ金利下のマネーは準マネーとでも呼ぶほうがよい。ゼロ金利下、マネーの取引・予備的動機としての需要は変わらないものの、投機的動機としての需要は極めて旺盛となる。ゼロ金利にしたことで、マネーが株式、金、小麦、原油等と無差別に近い商品になったからである。
昨年3月以降のFRBの急激な利上げの影響を、もろに受けたのは図らずも金融機関であった。昨年3月、米商業銀行は5.83兆ドルの債券を保有していた(総資産の25.6%)。それがFRBの利上げによって、あれよあれよという間に値崩れし、大きく毀損したのである。2023年4月26日の債券保有額は5.26兆ドル、昨年3月から0.57兆ドルの減少だ。同期間の預金は1.08兆ドル減少し、借入は0.81兆ドル増加している(出所:FRBの『Assets and Liabilities of Commercial Banks in the United States』 )。いまのところ3行の破綻だが、破綻はこの3行にとどまるだけでは済まないのではないか。FRBは、金融機関は健全だというが、健全な証拠は提示されていない。FRBの最大の使命は「物価の安定でも雇用の最大化」でもなく、「最後の貸し手」であり、金融機関を救済することなのである。
★4月末、日本橋・京橋の古美術商や画廊などが企画した東京アートアンティークに出掛けた。昨年は人影もまばらだったが、今年は新型コロナ以前よりも多いくらいの人出だった。昨年見たものの記憶はすっかり消えてしまっていたが、今回は強烈な印象をとどめたものが数点あった。志野や唐津の皿、唐津のぐい吞み、特に斑唐津は手に取ったものとしては最高のものであった。それも数点ではなく、まとまってあった。これほどのものがこれだけあるということに驚かされた(値段は百万円単位)。古美術の奥はどこまでも深く、神秘性に満ちていることを痛感した。