対ドルで円は前週比、2.4%高となり、2月10日以来の円高ドル安だ。ポンドは対ドルで1.2%上昇したが、ドルユーロは0.2%とほとんど変わらなかった。米銀の破綻や救済、欧州ではクレディスイスの行き詰まりで、円に逃避資金は流入した。欧米の10年債利回りが大幅に低下したことも、円の魅力を高めた。前号でも指摘したが、こうした事態を引き起こしたのは、FRBなのだ。インフレばかりに囚われて、利上げを急ピッチで行った結果である。短期金利を引き上げれば、その先行きを予測しながら、長期金利も上がって行くことになる。
2008年のリーマンショックを起こしたときの利上げは、2004年5月の1.0%から2006年6月の5.25%まで、期間は2年1カ月、上げ幅は4.25%ポイントであった。同期間10年債利回りは4.64%から5.14%へと50ベイシスポイント(bp)しか上昇していない。ところが、今回の利上げは2022年2月のゼロから2023年2月の4.5%へと1年で4.5%ポイント、利上げ幅はリーマンショックのときを上回っている。さらに、同期間、10年債利回りは1.82%から3.92%へと210bpも上昇しており、今回のほうが債券相場への打撃は何倍も大きいのである。短期間にこれだけ利回りが急上昇すれば、米債券相場は暴落したと言えるだろう。米債券相場は世界の債券相場の基準となり、米債利回りが上昇すれば、それにつれて欧州などの債券利回りも上昇するのである。つまり、米債券価格の値下がりだけでなく世界の主要な国の債券も下落することになり、それらの損失額は巨額となり、金融機関などのバランスシート(BS)を痛めることになる。
2022年末、日本をはじめとする海外の米金融資産保有額は41.55兆ドル(Financial Accounts of the United States)にも上る。そのうち債券類は12.72兆ドル(財務省証券7.39兆ドル、社債3.72兆ドル、住宅ローン担保証券1.30兆ドル等)、2007年末(7兆ドル)よりも81.7%増加している。なかでも財務省証券は2.37兆ドルから7.39兆ドルへと3.1倍もの拡大だ。
2022年末の米財務省証券の残高は24.59兆ドル、海外勢はその30.1%を保有しているが、国内ではFRBが5.05兆ドル、20.6%を占め、米銀は1.38兆ドル、5.6%にとどまる。リーマンショック以前の2007年12月26日時点のFRBの財務省証券保有額は0.75兆ドルにすぎなかった。今回の米債価格の急落は海外の米債保有者だけでなく、FRBのBSにも大きな打撃を加えているはずだ。
3月16日のFRBのBSによれば、借方のローンは3,181億ドルと1週間前の8日から3,029億ドル増加しており、これだけ巨額の資金を金融機関に貸し付けている。シリコンバレー銀行(SV)の総資産だけで約2,000億ドル、そのほかにも流動性が逼迫している金融機関にも資金供給しているようだ。結局、FRBの主要任務は「物価安定と雇用の最大化」ではなく、最後の貸し手として銀行を救済することなのである。
政策金利の急激な上げ下げは、実体経済よりもむしろ金融経済に利益と損失をもたらす。金融機関の扱うのは金融商品であり、これらは金利の影響を強く受けるからだ。金利が下がれば資金コストが低下し、マネーは勢いよく流れ、金融市場は活況となる。逆に、金利が上がれば資金コストが上昇し、マネーの流れは弱くなり、金融市場は閑散となる。金利の上下動に上手く対処できれば、大きな痛手を被ることは避けられるが、金利が上昇にむかったとき、金融が緩んだときの状態をそのままにしていれば、これは多額のロスを発生させ、最悪破綻にまで進行してしまう。
そうした波を読み間違えた無能な経営者が経営していた金融機関は、潰れてしかるべきなのだ。2008年以降、金融機関がカオス状態に陥った時も潰さないし、経営者も巨額の退職金を懐にしたのである。FRBはそうした極めて杜撰な政策を遂行してきたが、今回もやはり資本主義経済に反する同じ手口で対応している。なにのために預金保険制度があるのだろうか。全額保証するのでは、預金保険制度は要らないことになる。
FRBの金融政策の軸足はインフレよりも金融機関の救済に移っている。FOMCが21日、22日に開催されるが、CMEによると17日時点では0.25%の利上げが62%、現状維持(4.50-4.75%)が38%となっている。1週間前の10日には現状維持はゼロだった。
米銀が倒産するなかで利上げをすれば、貸出は伸びず、債券価格などは下落する可能性もあり、金融機関が不安定な状態での利上げは避けるのが普通だ。おそらく、FRBは利上げには踏み切れないだろう。金融機関が正常化するにはある程度の時間を要し、その間、政策金利を引き上げることはできず、FFレートは現状水準がピークになるのではないだろうか。
SVが破綻する3日前の3月7日、パウエルFRB議長は上院の銀行委員会で、「最新の経済データは予想以上に強く、最終的な金利水準が従来の予想よりも高くなる可能性が高いことを示唆している」と証言した。この発言によって、2年債の利回りは7日、前日比13bp上昇し、5.01%、翌8日には5.07%へとさらに高くなった。だが、SV破綻によって、17日には3.84%に急低下した。なんとお粗末なFRBの金融機関監視体制なのだろうか。本当に注視すべきところは金融機関の鼓動であって、その次が経済指標なのだが、FRBは銀行に聴診器さえ当てていなかった。パウエル議長の証言は虚言であった。
15日に公表された米CPIは前年比6.0%と前月よりも0.4ポイント低下した。エネルギーは前年比5.2%に低下したが、食品は9.5%と昨年8月(11.4%)のピークからの低下は緩やかである。食品・エネルギーを除くコア指数は5.5%、前月より0.1ポイントの低下にとどまった。輸送サービスの前月比の伸びが3カ月連続して高くなり、前年比では14.6%も上昇したことが、コアの低下を小幅にした。2月のPPIも総合は前年比4.6%と前月よりも1.1ポイントも低下したが、コアは4.4%と横ばいであった。
だが、先週末のWTIは66.74ドルと週間で13.0%の急落となり、2021年12月以来の安値を付けた。昨年6月には120ドルを超えていたが、今ではその半値近くまで下落している。早晩、WTIの急落はCPIの低下につながることは間違いない。CRBにしろ、このまま推移すれば、3月末の前年比は14%ほど低下することになる。エネルギーの動向から判断すれば、米国のインフレは収束に向かいつつあり、いまさら利上げを続行すれば、景気後退を速めるだけである。緩やかな経済成長を持続させるためには、利上げは打ち止めにしなければならない。
信用不安が持続することになれば、2008年以降のように需要は萎縮し、CPIは見る見る間に低下していくことも考えられる。そのようなリスクがあることを頭に入れておく必要がある。米CPIコアは2008年8月の前年比2.6%をピークに1年後の2009年8月1.4%、2年後の2010年8月には0.9%へと低下した。日本では2008年8月の1.0%から1年後-0.7%、2年後-1.6%となり、デフレが深刻化した。
昨年6月の米CPIは前年比9.1%と第2次石油危機以来の高い伸びとなった。ただ、1914年以降の長期のCPIをみると、急騰と急落はいずれも歴史的な出来事から起こっていることがわかる。今回も新型コロナとロシアのウクライナ侵攻がCPIを引き上げた。だが、新型コロナは下火になり、激しい戦闘状態がいつまでも続くわけではなく、いずれ収まることになる。「山高ければ谷深し」の諺を噛みしめることになるかもしれない。歴史的な出来事に挑むように、政策金利を激しく動かしても、しょせん金利では、たいした効果を期待することはできないのである。