FRBの蒔いた種

投稿者 曽我純, 3月13日 午前8:38, 2023年

物価は思うように低下せず、景気も意外に底堅いなどで、米10年債利回りは今月2日、4%を超えたが、先週末の10日には3.70%に低下した。2月の非農業部門雇用者数は前月比31.1万人増と予想を上回り、賃金は前年比4.6%と前月の伸びを上回った。この雇用統計の結果を受ければ、10年債利回りは上昇してもおかしくないのだが、総資産2,090億ドル(昨年末)全米16位のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻によって、国債に資金は向かい、利回りは大幅に低下した。次回FOMCでの利上げ幅が50ベイシスポイント(bp)ではなく25bpにとどまるとの見方が優勢になった。

米10年債利回りは昨年10月、4%を超えたが、これは2008年7月以来約14年ぶりであった。今年1月末には3.51%まで低下したが、2月末3.92%まで上昇し、高止まっていた。米国債の利回りがこれだけ上昇していることは他の債券はもっと上昇し、価格は下落している。FRBの『Financial Accounts of the United States』 によれば、昨年末の米国内金融部門の総金融資産は127.1兆ドル、そのうち財務省証券や住宅ローン担保証券、社債などの証券類を33.2兆ドル(4,482兆円)保有していた。

米10年債利回りは2020年7月の0.53%を底に2022年10月には4.22%へと、2年3カ月ほどの短い期間で、369bpも上昇するという過去にない急激な上昇であった。FRBの急ピッチな利上げによって、先行き債券価格の下落による損失を避けるために、債券から現金への資金の移し替えが起こった。だが、なかには逃げ遅れた個人や法人もいるはずだ。そうした処置を果たせなかったところは、巨額の損失を抱えている。そのひとつがSVBであったのだ。バランスシートの借方の債券類が毀損し、売却すれば債務超過となり、預金の返済に応じることもできないのだ。国内金融部門は33.2兆ドルもの証券類を保有していたのだが、おそらく数兆ドルの損失を被っているのだろう。だから、米金融株が売り込まれているのだ。

国内金融部門が爆弾を抱えているとなると、FRBも利上げに慎重にならざるを得ない。これからの利上げ幅、最終金利水準、いつがピークになるのかなどによって、10年債利回りも決まってくる。現在、米国経済は減速しており、さらに先をみても、過去10年間のような成長は期待できないだろう。2012年までの10年間の名目GDPは年率4.04%だったが、2022年までの10年間は4.59%と2012年までを上回った。これからの10年間は4%にとどかないのではないか。そうであれば、米10年債利回りも高くて4%ということになる。4%前後の米10年債は流動性を手放し、購入する時ではないか。

新型コロナによって、FRBは熟慮することもなく、政策金利を闇雲に引き下げた。その前のリーマンショックのときも同じような行動に出た。1930年代の大恐慌のときでさえ採らなかったゼロ金利を、なにの逡巡もなく採用したのである。リーマンショック後の2012年央、米10年債利回りは1.5%前後に下がったが、2012年までの10年間の名目GDPは年率4.04%であった。4.04%と比較すると10年債の1.5%はあまりにも低すぎ、債券相場はバブル化していたと言える。

新型コロナ期、FRBは政策金利を再びゼロとし、それに連れて、10年債利回りの下げ方はリーマンショックをはるかに上回っていた。2020年までの10年間の名目GDPは年率3.41%であり、新型コロナでいくら経済が悪くなったとしても、10年先の10年移動平均成長率が3%を下回ることはないだろう。米国債相場は10年先ではなく足元を眺めていただけなのだ。

FRBはあまりにも目先の現象に惑わされ、超短期の視点で金融政策を運営している。そのことが、実体経済に悪影響を及ぼしていることが分かっていない。米国の国内金融資産は2022年、280兆ドル、前年比では5.7%減少したが、2020年比は4.2%増である。10年前の2012年比では1.73倍に拡大しており、年率では5.67%と名目GDPよりも1.08ポイント高い。2022年の金融資産・名目GDP比は11倍である。2020年の過去最高12.7倍よりは低下しているが、趨勢は上昇傾向を示している。金融資産は名目GDPの11倍の規模であり、これが、わずかな鞘をもとめて四六時中虎視眈々と獲物を狙っているのだ。特に、FRBの金融政策の変更は相場が激しく変動する切っ掛けとなり、巨額の金融資産がホットマネーとなって蠢くことになる。

2022年末の米株式価額は64.5兆ドル、総金融資産の20.1%を占めており、債券の53.9兆ドルを上回り、最大の米金融資産である。米株式価額の2022年までの10年間の伸びは年率9.57%と名目GDPの4.59%を大幅に上回る。2012年までの10年間(年率7.63%)や2002年までの10年間(年率8.61%)をいずれも上回る高い伸びとなった。昨年末の株式価額・名目GDP比は2.46倍と2021年末の3.28倍に比べれば低下しているが、依然高いことに変わりはない。S&P500はピークから約17%下落しているが、過去の下げに比べれば、なお下値を模索するだろう。1%台半ばの株式配当利回りに対して、10年国債利回りが3%台では株式の魅力は薄れる。

これほど株式を持ち上げたのは、FRBのゼロ金利である。10年債利回りの1%割れは、株式の魅力を高め、株式に資金は流入、そして株高となり、そのことがさらに株式への資金流入を促すという好循環を、FRBは演出したのだ。

株式価額・名目GDP比とFFレートの長期の関係をみれば、FFレートが高ければ、株式価額・名目GDP比は低下し、その逆もまたしかりなのである。第1次石油危機から1981年に至る金利の高騰と2000年以降の金利の低下が株式の動きの大半を説明できる。だが、金融政策で株式を操作することはできるが、実体経済はそうはいかない。短期金利が低下すれば長期金利も低下するけれども、期待収益率がそれ以上に低下する場合には、設備投資は動意付かない。しかも、現在の大企業の内部留保は厚く、外部金融に頼らなくても、内部資金で自由に設備投資を行うことができることから、金融政策で設備投資を刺激することはできない。ということは、名目GDPにも金融政策は無力だということになる。

2008年末にFRBはゼロ金利にしたが、2009年から2022年までの13年間の名目GDPは1.75倍に拡大した。が、1995年と2008年までの13年間の1.93倍を下回っている。設備投資も2022年までの13年間が低く、ゼロ金利によって実体経済の勢いを増すことはできなかったのである。

日本の政策金利は1990年代半ば以降、ほぼゼロかゼロに引き下げられており、米国よりも約13年も前から異例の超低金利政策が続けられていた。だが、実体経済にその効果はまったく現れてこなかった。効果がはっきり現れたのは債券と株式であり、10年債利回りは1990年代から低下し続けており、株式は2013年以降、急速に値を戻していった。1994年から2022年までの28年間の名目GDPは年率0.32%だったが、日経平均株価(年平均)は年率1.09%と経済成長率よりも3倍も高い伸びだった。株式の拡大で実体経済の停滞をカモフラージュしているのだ。

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数