出生数減を食い止めるにはお金と時間が必要

投稿者 曽我純, 3月6日 午前8:52, 2023年

岸田首相は1月23日、施政方針演説で『防衛力の抜本的強化』を力説した。『こども・子育て政策』も重要な課題と位置付けたが、具体策は提示されず、無策ぶりをさらけだした。「昨年の出生数は80万人を割り込むと見込まれ、我が国は、社会機能を維持できるかどうかの瀬戸際と呼ぶべき状況におかれています。こども・子育て政策への対応は、待ったなしの先送りの許されない課題です」と言いながら、その後段では、「具体策の検討を進めていきます」、「意見を・・・お伺いするところから始めます」、「内容を具体化します」、「考えてまいります」と実際に何をいつ始めるのか曖昧なままであり、「社会機能を維持できるかどうかの瀬戸際」とは掛け離れた、無味乾燥な言い回しに終始した。危機的な状況に追い込まれても、なお人よりもミサイルを優先するのである。米国の盾と矛になることが侵略リスクを高めているが、そうしたリスクを取り除こうとはせず、ミサイルを優先する施策の実行に奔走するあいだにも、日本は人口減という内部崩壊へと進んでいるのだ。

国力の土台となる人が急速に減少していることの重大さが、岸田首相はちっともわかっていない。昨年の出生数は前年比1.1万人減の79.9万人と80万人を下回った。死亡は前年比14.2万人増の158.2万人、出生数から死亡を差し引いた自然減は78.2万人と前年よりも15.4万人増加した。昨年の自然減は78.2万人だったが、今年は80万人超になり、さらには90万人へと減少の拡大が続けば、人口減で日本社会は衰退していくだろう。それこそ「社会機能が維持」できなくなるのだ。すでに手遅れではあるが、急速な人口減を少しでも食い止める政策を今から打ち出さなくてはならない。施政方針演説には、そうした意気込みがまったく感じられないのである。

今年の2月1日現在の日本総人口は1億2,463万人、これを5歳階級でみると、50~54歳の階級が951万人で最大、0~4歳に向かっていくにつれて、減少傾向を強め、0~4歳は420万人、50~54歳の44.2%へと激減している。恐らく数年後の0~4歳の人口は400万人を割り、85~89歳の人口を下回ることになるだろう。現在20~24歳は621万人だが、20年後には420万人へと32.4%も減少することになるのだが、その時、日本はどのような社会になっているのだろうか。

2022年を2012年と比較すると、この過去10年間の出生数は22.9%減少している。だが、すでに出生数は1973年(209.1万人)をピークに減少し続けているのだ。1982年/1972年は25.7%減と2022年/2012年の減少率を上回っている。これほどの急激な出生数減を経験していながら、なんら有効な策を打ち出すことができなかったのは、自民党が短期的な課題のみを取り上げ、長期の問題は問題としなかったからだ。

国の予算を国会で通すことは、まさに短期の視点からであり、長期を見据えて編成されるものではない。政治家の観点は常に選挙にあり、選挙で有利な情勢を作り出すための予算なのである。だから、人口問題などは、端から眼中にないのだ。岸田首相も同様の短期志向であり、ロシアのウクライナ侵攻に便乗して、侵略される危機を煽り、大幅な防衛費の増額を図ろうとしている。

2023年度一般会計予算案によれば、少子化対策は3.14兆円、2022年度当初比319億円増、補正後比では416億円減。一方、2023年度の防衛関係費は10兆1,685億円、繰入を除いても6兆7,879億円、補正後比でも9,774億円、16.8%増と大幅な増額だ。少子化対策は補正後比マイナスであり、これで「こども・子育て政策」は口先だけの、おべんちゃらだということがわかる。

出産育児一時金の42万円から50万円への引き上げ、子育て家庭への経済的支援等(10万円相当)を2023年度一般会計予算に盛り込んでいるが、この程度の支援では出生数への効果はほぼゼロだ。『民間給与実態調査』によれば、給与所得者数の88.7%が年間給与800万円以下である。100万円刻みの給与階級別の税額をみると、100万円以下でも税額109億円、300万円以下では4,913億円の税額だ。低所得層が税で吸い上げられれば、消費に影響することは必至。給与取得者数の36.2%が300万円以下、500万円以下では68.6%を占める。こうした所得層の税の軽減を図れば、消費にもプラスになるだろう。所得400万円までの税額は1兆1,315億円、ミサイル購入等に支出するのではなく、所得400万円以下の給与所得者の税負担をゼロにできるのだ。

資金面でも支援する必要があるが、高額所得家計は除外し、低所得家計に集中すべきである。お金だけの支援では結婚・出産を促すことはできず、家庭生活にゆとりが生まれなければならない。家は帰って寝るだけの生活スタイルでは、とても人間らしい生活とはいえず、ゆとりのなさは、結婚・出産に踏み切る障害になっていることは間違いない。

『雇用均等基本調査』によれば、2021年度の育児休業取得率は女性85.1%だが、男性は13.97%である。男性の取得率は上昇しているとはいえ、はなはだ低い。育児休業の取得期間は女性の64.0%が10カ月以上~18カ月未満だが、男性は2週間未満が51.5%、2週間以上~3カ月未満が37.7%であり、10カ月~18カ月未満は2.3%に過ぎない。男性は取得率が低く、その上、取得期間も超短期であり、これでは育児休業などとは言えない。

男性の低取得率と数週間の取得期間では、とうてい女性の手助けにはならない。長期間休業できたとしても、育児だけでなく家事などの複雑な仕事をこなす必要があり、男性が生まれてから家事にどれくらい関わってきたかで、育児と家事の能力が決まってくる。

ただ、これだけ育児が大変なことだと言われているわりには、男性の取得率が極めて低いのは、企業が育児休業にしぶしぶ取り組み、取りにくい雰囲気が企業内に蔓延っているからだ。それに、日本企業がいまだに長時間労働体質から抜け出していないことにも関係している。2022年の労働者1人当たりの年次有給休暇平均取得日数は10.3日、平均取得率58.3%である。平均付与日数17.6日のうち7.3日は消化していないのである。平均取得日数は1000人以上の大企業の11.7日に対して、30人~90人の中小企業は8.9日であり、大企業だからといって、特別、年次有給休暇が多いわけではない。休みを取らない、取れないのは中小だけでなく大企業もしかりなのである。

年次有給休暇や育児休業が取りにくければ、日本の核家族にゆとりはうまれず、出産・育児にまで考えをめぐらすことができなくなる。週休2日制でさえ、なかなか普及せず、働きバチの異名を付けられたが、まだまだその痕跡をとどめている(完全週休2日制適用労働者の割合は2022年、59.8%)。このように、企業まかせでは遅々として進まない休暇制度を打破するには、法律で年次有給休暇や長期育児休業を、男女とも完全に取得できるように定める以外に方法はない。だれにも気兼ねなく自由に年次有給休暇や育児休業を取得できれば、心理的な負担の多くは取り除かれるだろう。わずかばかりの支援金を配るだけでは、現状の人口・出生数減を食い止めることはできない。

Author(s)