過去30年間で雇用者所得は年率0.5%、これで経済の好循環始まるか

投稿者 曽我純, 2月19日 午前11:26, 2023年

米政策金利の上限がこれまでの予想よりも高くなるとの見通しが強まり、米10年債利回りは上昇した。ただ、為替相場で変化があったのは円ドルであり、ユーロなどへの影響はわずかであった。円ドル相場は前週比2円74銭、1カ月比約6円もの円安である。日銀総裁が代わっても、現状の金融政策が継続されるとみられているのだ。ゼロ金利の変更はなく、ETFの買いも少額だが継続され、国債利回りの厳重な管理体制の見直しは、直ちにではないが、いずれ見直されるといったところか。いずれにしても、これまでの金融政策の枠組みはそのままで、細部を弄る程度なのだろう。為替の変動は米金利動向だけでなく、昨年第4四半期のGDPが実質前期比0.2%と弱く、1月の貿易赤字額が3兆4,966億円に拡大したことも影響している。だから、円が独歩安になっているのだ。

昨年第4四半期の実質GDPは前年比0.6%と2四半期連続で伸びは低下した。金額では8,320億円増加しただけである。GDPの53.9%を占める民間最終消費支出は1.3%、民間企業設備も2.6%増加したが、民間住宅や純輸出がそれぞれマイナスとなり、足を引っ張った。

同四半期の米実質GDPは前年比1.0%、ドイツは1.1%であり、いずれも伸びは低下傾向を示しているが、日本よりは高い。2022年の日本の実質GDPは1.1%と前年よりも1ポイント低下し、減速している。そして、日本だけが、新型コロナ以前の2019年のGDPを超えていない。民間最終消費支出は2.1%と2年連続で増加したが、2019年の水準に未達である。2022年の米、独の実質GDPは2.1%、1.9%それぞれ伸び、日本の約2倍である。民間最終消費支出は日本の2.1%に対して、米2.8%、独3.5%といずれも日本よりも高く、消費のGDP寄与度は高い。

GDPが伸びるには、最大の支出項目である消費が伸びなければ、他の部門がいくら支出を増やしても、GDPは大きく伸びない。消費の増加は、その元となる所得増と将来の所得見通しに依存している。2022年の雇用者所得(名目)は2.1%増加し、2018年以来の高い伸びとなった。だが、2022年までの10年間の雇用者所得は年率1.59%であり、2%に満たなかった。2012年までの10年間では-0.22%とマイナスであり、2002年までは0.5%と低迷していた。2022年までの30年間では年率0.5%であり、2022年までの過去10年間の雇用者所得の伸び(1.59%)は、過去30年間では異常に高い伸びであったと言える。

2021年、2022年の雇用者所得は2年連続で2%を超えており、先行きを楽観的に捉えてもよさそうだ。しかし、こうした傾向が持続するとは期待していないのだろう。過去30年間、年率0.5%しか伸びなかったことの記憶は深く心に刻まれており、たやすくこれから所得が増加するとは思えないからだ。これから起こる人口や社会保障費などさまざまな要因を考慮すれば、なおさらそう考えざるを得ない。

雇用者所得の伸びが、経済のすべてを決定すると言っても過言ではない。所得が拡大し、それにつれて消費が伸び、さらに設備投資が動意付くことになり、経済は力強く回転していくのだ。経済の好循環が始まる起点が所得なのである。過去30年間で、雇用者所得が年率0.5%では、日本経済が悪循環に陥ったのは必然である。自民党の経済政策は、まさに自ら悪循環の装置を日本経済に組み込んだのである。

所得が年率0.5%しか伸びていなければ、金融政策ではなにもできない。事実1990年代半ば以降、27年もの長期間、政策金利はほぼゼロであった。これほど長い期間、ゼロに釘付けしても2022年までの10年間の実質GDPは年率0.53%なのである(2002年から2022年までの20年間は年率0.59%。名目GDPの20年間は年率0.29%)。雇用者所得が伸びなければ、金融政策は無力なのだ。あたかも、金利を限界まで下げ、貨幣供給量を増やせば、経済は良くなると宣伝してきた。すでに、そうした方法はこれまでの実績をみれば、破綻していることは明らかである。マイナスまで利下げし、巨額の国債購入を企てても非金融部門へ貨幣は流れないのだ。所得に明るい展望を描くことができない状況下では、金利で購買意欲を喚起することはできない。

2022年までの10年間の米雇用者所得は年率4.67%、ドイツは3.7%と日本(1.59%)よりもはるかに高い伸びだ。これくらい伸びなければ、消費する意欲は湧いてこないのだろう。雇用者所得はすべてが消費に向かうのではなく、消費されない部分は貯蓄される。日本では所得が伸びないので、先行き不安からできる限り消費を切り詰め、貯蓄しようする。そのような家計の姿勢が消費水準を押し下げているのだ。

前回、賃金を取り上げたが、『法人企業統計』を利用して、企業規模間の賃金格差を詳しく見ていこう。規模は大企業(資本金10億円以上)、中堅企業(1億円以上~10億円未満)、中小企業(1億円未満)に分類した。賃金は給与プラス賞与とし、一人当たりの年賃金(W)を比較した。

2021年度、大企業のWは587.6万円、中堅431.7万円、中小305.3万円と規模別の格差は大きい。大企業の従業員数は全体の18.0%にすぎず、中小が65.0%を占めている。このWを10年前の2011年度と比較すると、大企業でも6.1%増にとどまり、中堅では2.8%、中小にいたっては0.7%と10年間で一定という無残な結果となっている。

賃上げが叫ばれているが、過去10年でこれほど賃上げが抑制されている中小で、はたして賃上げができるのだろうか。この中小の賃上げが叶わなければ、消費の底上げは無理だ。この低賃金層の賃上げが消費の鍵を握っている。

規模別の業績をみると、格差はさらに酷く、民主主義下で強権企業が大手を振って歩いているのだ。営業利益は大企業が総額の64.2%を分捕り、中小は13.8%にすぎず、売上高営業利益率は大企業の6.4%に対して中小は1.2%である。お零れ以外の何物でもない。一方、法人税等は、大企業が中小を18.7%上回るに過ぎない。法人税等・税引前利益比率は、大企業の18.5%に対して中小は36.8%と大企業の約2倍の負担をしている。大企業の税前当期純利益は総額の59.1%だが、法人税等は42.7%と税負担は軽い。一方、中小の税前当期純利益は総額の25.0%だが、法人税等は36.0%と税負担は重い。2021年度・2011年度の当期純利益を比較すると、大企業は3.74倍に拡大したが、中小は2.9倍と利益の伸びも大企業を下回り、大企業との業績の格差は拡大している。

日本国憲法第28条(勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する)は、あってなきが如しで、空文化している。日本の労働組合はもともと大企業中心の御用組合であり、中小企業は蚊帳の外に置かれていた。いまでも欧州では、しばしばみられるストライキの光景は、日本では見かけなくなった。ストライキという示威行動がなければ、「物乞いにすぎない」のである。日本の賃金交渉は「物乞い」に体たらくしてしまっている。連合はスト抜きの「物乞い」集団なのである。

 

★次回、休みます。

曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数