低賃金の流れを止めることができるか

投稿者 曽我純, 2月13日 午前9:13, 2023年

賃上げが官・民(大企業)で喧しく言われているが、大企業の従業員は18%(2021年度の『法人企業統計』、資本金10億円以上)にすぎず、多くの中小企業は大企業のお零れで糊口をしのいでおり、到底、大幅な賃上げはできない。大企業の従業員はすでに恵まれた賃金を取得しており、例え、彼らの賃金が上がったとしても、奢侈品は別としても、日常購入する商品が増加するわけではない。彼らはすでに、そうしたものを十分に消費しており、賃金が引き上げられたとしても、さらに購入に上乗せするとは考えられないからだ。

必需品の需要拡大には中小企業の従業員の賃金を上げることが不可欠だ。そうすれば、需要の裾野が広がり、少し質の良いものなどが売れるようになるだろう。だが、人口減、少子高齢化を相殺するほどの需要が創造されるかは定かではない。2020年、新型コロナで給付金を全国民に配ったが、消費には向かわず、大半が貯蓄されてしまった。こうした、事例をみると、はたして賃金の上昇が需要に結びつくのか疑問なのだ。もとより、低所得者層は賃金が上がれば、その効用は大きく、消費意欲は盛り上がるだろう。

『毎月勤労統計』によると、2022年の一般労働者の月間現金給与総額は42.9万円だが、パートタイムは10.2万円である。一般労働者でも産業間で大きな格差がり、最大の電気・ガス業(57.6万円)と最低の飲食サービス(30.9万円)とでは1.86倍の開きがある。パートタイムでも電気・ガス業の17.4万円に対して飲食サービスは7.3万円と格差は2倍を超えている。

中小企業、労働者派遣、非正規雇用が日本の賃金の上昇力を削ぎ、低賃金を持続化させている。中小企業問題は戦後一貫しているけれども、労働者派遣(1986年)は比較的新しい問題である。サッチャーやレーガンなどの市場万能主義が蔓延り、ラッファーのようなインチキ学説が世間に蔓延したことが、これまでにない非正規雇用を生みだした。すべては企業サイドに立つ考えであり、それに基づき法人税率を引き下げ、米国の企業利益(税引)は名目GDPの伸びを上回っている(2021年・1981年の名目GDPは年率5.08%だったが、利益は6.68%)。2021年度・1994年度比の日本の名目GDPは年率0.26%とほとんど横ばいであったが、大企業の当期純利益は9.36%と期間は異なるが、米国よりも格段の違いが生まれている。

『労働力調査』によれば、昨年の国内雇用者(役員を除く)は5,699万人、そのうちの36.9%、2,101万人が非正規雇用である。労働派遣法が施行された1986年の非正規比率は16.6%だったが、2000年には26.1%、それがいまではさらに10ポイントも高くなっている。

1986年から2022年までに雇用者(役員を除く)は1,643万人増加したが、その86.9%に当たる1,428万人は非正規雇用であった。36年間で非正規雇用は1.428万人増加したが、女性が949万人を占めていた。正規雇用の全増加に占める割合は13.1%で215万人にすぎなかった。日本の雇用形態の中身は完全に変わってしまったのである。雇用は増加したけれども、大半は低賃金の非正規であり、これが賃金の総額を抑えたのであり、企業にとっては労働分配分を引き下げ、利潤拡大を達成することができた。

賃金を引き上げるには、1980年代から続いてきた雇用形態を元の姿に戻す以外にはない。非正規雇用から正規雇用への転換を促すような仕組みを作らなければならない。そして、分配を利益から賃金へと大幅に変更しなければならない。そのためには、労働者の立場を強化する必要がある。先ずは、経営者の独裁色を薄めるために、労働者が経営者の選択に参加できる制度の構築が不可欠である。

総務省の『家計調査』(二人以上の勤労者世帯)によれば、2022年の世帯主収入(男)は前年比1.1%の425,991円であった。2年連続のプラスだが、過去10年間の伸びは7.8%にとどまっている。2000年から2022年までの世帯主収入の最高は446,333円(2000年)、最低は392,931円(2011年)である。2001年以降の前年比をみるとマイナスが12回あり、世帯主収入はほぼ停滞しているのだ。黒田日銀総裁が就任してからも世帯主収入は低迷しており、2013年を上回るのは5年後の2018年である。

世帯主、配偶者、他の世帯員の収入を合計したのが実収入だが、2022年は617,654円、前年比2.0%である。2011年と2022年の実収入を比較すると107,505円増加している。その間、世帯主収入の増加額は33,060円にとどまり、43,353円は配偶者の増加分であり、世帯主よりも配偶者の実収入への寄与が大きい。配偶者の収入は2000年から2011年まではほぼ横ばいであったが、2012年以降は様変わりし、2011年の54,925円から2022年には97,378円へと77.3%も伸びた。

実収入から所得税や健康保険料等の非消費支出を除いたものは可処分所得だが、2022年の非消費支出は2011年比、30.3%増加したため、可処分所得は19.1%と実収入の伸びを2ポイント下回った。さらに長期の2000年と2022年を比較すると、実収入は9.8%だったが、非消費支出が32.1%も増加したため、22年間で可処分所得は5.6%の微増である。

人口動態等を顧慮すれば、非消費支出は増加傾向を辿り、これからも可処分所得はほぼ一定ないしは減少すると予測しているのではないか。そのような見通しを抱いているのであれば、将来のためになるべく貯蓄したいと思うのは至極当然である。

貯蓄(可処分所得―消費支出)は2014年(104,786円)を底に6年連続で増加し、2020年(192,828円)は2014年比84.0%の急増となった。新型コロナという特殊要因が貯蓄に一層拍車を掛けたが、2021年(183,213円)、2022年(180,286円)の貯蓄もそれほど減少せず、高貯蓄状態が続いている。

貯蓄率は36%と主要国のなかでも飛びぬけて高い。これだけの貯蓄があれば、必要なものやサービスは購入できるはずだ。だが、実際には消費性向は低下しており、2020年には61.3%まで低下した。その後、2年連続で上昇し、2022年は64.0%に戻したものの、依然、消費性向は異常に低い水準にある。貯蓄の格差が大きく、平均に満たないわずかな貯蓄しか保有していない低所得の家計の消費性向は高いはずだが、高所得高貯蓄家計の低消費性向が全体の消費性向を引き下げているのだろうか。

可処分所得の36%が昨年、消費されずに、貯蓄等に回っているのだ。このすべてが設備投資に使われることはなく、国が貯蓄を何かに使う以外に貯蓄を活かす手立てはない。この慢性的な超過貯蓄の状態が日本経済の成長を止めてしまっているのだ。

昨年12月のCPIは前年比4.0%上昇し、物価高と言われているが、貯蓄意欲は衰えない。物価が上がれば、貨幣価値は低下し、貨幣よりもものを選好するのだが、どうもそのようには動いていない。より先をみれば、物価は自然に治まり、ゼロ近くに落ち着くだろうと達観しているのかもしれない。ましてや、今の物価上昇の原因は外部要因ということが分かっているので、じたばたすることはないと捉えているのかもしれない。貨幣価値の長期安定性に信頼を置いているのだ。

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